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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
山脈が隠す記憶

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第48話 古代の工房

入口の先は、闇だった。


 ベルタが松明を掲げた。火の光が石の壁を照らす。天井は高く、声を出せば反響する。人工的に掘削された通路。壁面に等間隔で術式灯の台座がある。灯りは消えているが、台座の術式紋様はまだ残っていた。


 リーゼが台座に触れた。


「術式灯の機構は生きています。起動できるかもしれない」


「千年前の灯りを点けるのか」


「燃料は不要です。術式が空気中の精髄灰を吸収して発光する仕組みです。この谷に精髄灰が充満しているのは、この灯りの燃料でもあったんです」


 リーゼが台座の紋様に指先で触れ、微量の精髄属性を流した。鑑定眼の力を逆方向に使う。読むのではなく、与える。


 台座が光った。青白い光が通路を照らし出す。一つが点くと、連鎖的に奥の台座も反応し、次々と灯りが灯っていく。百メートル先まで、通路が光に満たされた。


「おお」


 ベルタが松明を下ろした。


「千年前の灯りが、今点いた」


 全員が息を呑んでいた。通路の壁面に、古代文字と紋様がびっしりと刻まれている。青白い光に照らされた文字が、まるで今書かれたばかりのように鮮明だった。


 通路を進む。五十歩ほどで、広い空間に出た。


 メインホール。


 天井の高い円形の空間。直径は二十メートルほど。石の柱が円周に沿って並び、天井のドームを支えている。柱の一本一本に術式紋様が刻まれている。


 そしてホールの中央と周囲に、錬金術の器具が残されていた。


 石の作業台。金属の坩堝。ガラスの蒸留器。ただし現代のものよりも形状が異なる。より有機的な曲線。より複雑な接合部。千年前の錬金術師の技術が、ここに凍結されている。


「これは」


 ユーリが作業台の一つに近づいた。金属の坩堝を手に取る。


「この坩堝の鍛造技術。現代よりも高い。合金の配合が見たことのないパターンだ」


「鑑定してもいいですか」


「ああ。頼む」


 リーゼは坩堝に触れた。増幅器を通して、深く読む。


 金属の組成。加工方法。使用履歴。千年前の錬金術師の手が、この坩堝を何百回と使った。精髄属性の実験に。坩堝の内壁に、実験の記録が物質の記憶として刻まれている。


「読めます。千年前の実験記録が、この坩堝に残っている」


「物質に、実験の記録が?」


「金属は記憶します。特に精髄属性の術式は、使用された器具に強い残留を残す。この坩堝が覚えている。千年前に何が行われたか」


 リーゼは目を閉じた。坩堝の記憶に集中する。


 映像ではない。感覚の束。温度の変化。物質の流れ。術式の波動。坩堝の中で何が起きたかが、時系列で指先から伝わってくる。


「第一段階。通常の鉱物精製。鉄、銅、銀、金。これは現代と同じ手法です」


「第二段階。精髄属性の注入。鉱物の結晶構造を、精髄の力で書き換えている。原子レベルでの物質変換」


「第三段階——」


 リーゼの眉が寄った。


「ここで手法が変わります。精髄属性の流れを直接制御するのではなく、『読み取りながら調整する』手法に切り替えている。力で押すのではなく、物質の声を聞いて、対話するように」


「鑑定と同じじゃないか」


 カイが言った。


「はい。千年前の錬金術師は、私の鑑定眼と同じ原理で精髄属性を制御していた」


 リーゼは隣の作業台に移り、別の器具に触れた。ガラスの蒸留器。この器具にも同じ手法の記録が残っている。そしてもう一つの情報が読める。


「この器具を使っていた錬金術師の手の痕跡が読めます。三人。少なくとも三人の異なる術者が、この工房で研究していた」


「三人」


「うち一人は、精髄属性の感知力が極めて高い。器具の扱い方に特徴がある。物質に触れる前に、距離を置いて感知してから触れている。受動感知の技法です。私と同じやり方」


 千年前にも、リーゼと同じ力を持つ者がいた。同じ手法で研究し、同じ問いに挑んでいた。


 マティアスが作業台の前で立ち尽くしていた。


「これがヘルマンが探していたものじゃ。精髄属性の制御法。力で抑え込むのではなく、読んで調整する。鑑定の力で」


* * *


 同じ頃。王都。


 ヴァルター伯爵の裁判が始まっていた。法廷に引き出された伯爵は、金のボタンの衣服を没収され、簡素な囚人服を着せられていた。傍聴席にエルヴィラがいる。


「あの辺境の鑑定士に、ここまで——」


 伯爵の呟きが、法廷の書記官に記録された。


* * *


 ホールの壁面に刻まれた古代文字を、マティアスが解読していった。リーゼが壁に触れ、文字の下に隠された術式の構造を読む。二人の作業は意外なほど噛み合った。マティアスが文字を読み、リーゼが物質の記憶を読む。師と弟子のように。いや、実際にそうだったのかもしれない。


 壁面の記録は膨大だった。千年分の研究の蓄積。だが全体を通読する時間はない。マティアスが重要な箇所を拾い読みした。


「この工房は、錬金術院の前身組織が運営していた。初代院長アウレリウスが率いた研究チーム。目的は——」


「賢者の石」


「ああ。千年前から、人は同じ夢を見ておった」


 ホールの奥に、もう一つの通路がある。その先に封印された扉。この封印は、入口のものよりも遥かに古い。千年前のもの。


「この先に何があるか。壁の記録に書いてある」


 マティアスが該当箇所を指した。


「『我々は成功した。賢者の石は完成した。しかし——』」


 文字が途切れていた。風化ではない。意図的に削り取られている。


「それは、おかしい」


 リーゼが呟いた。成功したのに、記録を消す。成功したのに、遺跡を放棄する。


「続きが消されている」


「消されたのではなく、持ち出されています」


 リーゼが壁面の削り取られた箇所に触れた。


「最近です。半年以内。金属の工具で削り取っている。工具に残る油脂の成分は、宮廷の標準品です」


 カイの目が鋭くなった。


「宰相の調査チームが、ここに来ていた。そして記録の核心部分を持ち出した」


「はい。『成功した。しかし——』の続きが、持ち出されている。賢者の石が完成した後に何が起きたか。それが宰相の手に渡っている」


 封印された扉の前で、五人は立ち止まった。


「この先に何がある」


「壁の記録から推測すると、賢者の石の完成品。あるいはその残骸です」


 ベルタが腕を組んだ。


「嬢ちゃん。千年前に賢者の石が完成したなら、なぜこの場所は放棄されている? 成功したんだろう?」


 リーゼは答えられなかった。成功したのに放棄された。その理由が、削り取られた壁の向こうにある。宰相が持ち去った記録の中にある。


 そしておそらく、この扉の先にも。


「開けます」


「開けられるのか」


「千年前の封印です。マティアスさんの封印とは設計が違う。でも同じ系統の術式です。読めます」


 リーゼは扉に両手を当てた。千年前の封印を、鑑定眼で読み解いていく。

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