第35話 もう一人の証人
再検証報告書が完成した翌日、予想外の展開があった。
ディーターが証言を申し出た。
前回の面会は宰相府の命令で打ち切られ、以後の面会も禁じられていた。だがディーター自身が「調査機関の正式な証人聴取」という法的手続きを申請したのだ。囚人にも証言する権利はある。法的権利としての証言申請は、宰相府でも簡単には拒否できない。
「あの男、頭がいい」
カイが苦笑した。
「宰相府の命令で面会を禁じられたから、法的手続きに切り替えた。証人としての権利を行使すれば、調査機関には聴取する義務がある。宰相府が止めるには、正式な法的手続きで異議を申し立てなければならないが、それは時間がかかる。その隙を突いた」
「ディーターさんは元・宮廷の秘密工作部門の人間です。法的手続きにも精通しているのでしょう」
「ああ。敵に回すと厄介だが、味方につけば心強い」
二度目の面会。前回より広い部屋。今度は護衛ではなく、調査機関の書記官が同席している。正式な証言聴取。記録は法的に有効な証拠として扱われる。
ディーターの顔色は前回より良かった。穏やかな笑顔が戻っている。だが目の奥に、以前とは違うものがあった。信念を失った後の、静かな誠実さ。
「証言する理由を聞いていいですか」
「国のためだと信じていた。辺境の汚染も、必要な犠牲だと。鑑定結果の改竄も、計画を守るためなら仕方がないと。だが宝冠のルビーの件を聞いて、考えが変わった」
「宝冠の件が」
「国民を守るための計画が、王家の宝物を偽造するところまで来ている。宝冠のルビーを盗み出して研究素材にし、偽造品を王冠に据えた。計画の目的は農地の再生だったはずだ。それがいつの間にか、利権になった。伯爵の利益と、宰相の権力維持のための道具になった。これはもはや国のためではない」
ディーターの声は穏やかだったが、そこにかつての「国家のため」という確信はなかった。代わりに、自分の過ちを認めた人間の重みがあった。
証言が始まった。
改竄の命令系統。宰相府の側近が鑑定部門の個別の鑑定士に接触し、「鑑定結果の調整」を求める。拒否した鑑定士は異動か左遷。従った鑑定士は昇進や手当を受ける。リーゼの追放もこの構造の一部だった。
資金の流れ。伯爵からの「研究協力金」が宰相府を経由して錬金術院の特別会計に入り、そこから地下工房の運営費に充てられる。表の帳簿と裏の帳簿が二重に存在する。
カイが全てを書記官に記録させた。ディーターの言葉が一語一語、羊皮紙に書き取られていく。法的に有効な証言記録。
「もう一つ。黄金律計画の第二段階について」
リーゼが身を乗り出した。前回、核心の手前で打ち切られた問い。
「第一段階は土壌浄化の基礎研究。グリュンタールで行われた実験です。精髄属性の力で大地の組成を変換する技術の確立」
「それは知っています」
「第二段階は、浄化済みの土壌を媒介にして、精髄属性の術式を都市基盤に組み込む。具体的には、王都の地下に賢者の石の生成に必要な術式の基盤を敷設する。それが第二段階です」
リーゼの手が机の下で手袋を外していた。面会室の石の壁に指先を当てる。留置施設の壁。王都の他の建物と同じように、石の裏側に精髄灰の残留が走っている。ディーターの証言と、リーゼの鑑定眼が読み取った証拠が一致する。
「グリュンタールの汚染は——」
「予行演習です。辺境で技術を確立し、王都に応用する。辺境の犠牲の上に、王都の繁栄を築く。それが計画の全容です」
リーゼの手が膝の上で握りしめられた。
グリュンタールの畑を枯らし、家畜を病ませ、修道女を倒した実験。ハンスの畑。井戸水の汚染。リーゼが一区画ずつ浄化した大地。あの全てが、王都のための「準備」だった。辺境の人々は、実験台にされていた。
面会室を出たカイが言った。
「証拠は揃った。改竄の証拠、帳簿の矛盾、ディーターの証言。だがこれを誰に報告する。宰相が黒幕なら宰相に出しても握りつぶされる。国王に直訴する権限は俺たちにない」
「即位記念式典」
「何?」
「式典で国王が宝冠を戴く。その場に『祝福の鑑定』という慣例行事がある。鑑定士が公開の場で宝冠を検証し結果を報告する。数百人の前で。握りつぶせない場所で」
「公開の場で。真実を」
「はい。そこで真実を示す。正しく」
カイが長い息を吐いた。
「覚悟は固いんだな」
「覚悟の問題ではありません。方法の問題です。正しく語る方法を、今度は間違えない」




