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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第34話 伯爵の手袋

即位記念式典の準備が進む中、ヴァルター伯爵が主催する晩餐会にリーゼが招かれた。


「罠だろう」


 カイは即座に言った。


「でしょうね。でも行きます。伯爵に直接触れる機会です」


「直接触れる、ね。文字通りの意味で言ってるのが怖いよ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 大宴会場。シャンデリアの灯り。百人ほどの貴族たちが歓談している。リーゼの地味な鑑定士の白いローブは場違いだった。


「これはこれは、噂の鑑定士殿か」


 ヴァルター伯爵。恰幅のいい体格。金のボタンの豪華な衣服。人懐こい笑顔。声は温かく、振る舞いは紳士的だった。表面上は。


「辺境で大地を浄化したそうだな。大したものだ。お若いのに」


「ありがとうございます。伯爵」


「わしは才能ある若者を応援したいのだ。少し柔軟に考えれば、互いに良い関係を築けると思わないかね」


 周囲の貴族たちが聞いている。伯爵は公衆の面前で「味方になれ」と言っている。断れば敵対を宣言することになる。受ければ共犯になる。


「宝冠のルビーの件も、式典の後で静かに対処する方が皆のためだ。騒ぎ立てても誰も得をしない」


「事実は事実です」


 伯爵の笑顔が一瞬固まった。すぐに戻る。


「ヴェーバー殿。頭のいい人間は、もう少し世渡りも上手であるべきだ」


「世渡りは下手です。自覚はあります」


 周囲の貴族たちの表情が変わった。追放された鑑定士が伯爵の懐柔を正面から蹴った。ひそひそ声が広がる。


 伯爵が右手を差し出した。握手。革の手袋をしている。リーゼも手袋のまま握った。


 一瞬で十分だった。


 手袋の繊維に残る精髄灰。グリュンタールの地下工房と同じ組成。伯爵は研究素材に直接触れている。「出資者」ではなく「実行者」だ。


「伯爵。その手袋、どちらでお作りに? 素材の品質が良い」


 伯爵の表情が一瞬固まった。リーゼの質問の意味を計っている。顔がこわばったのは一瞬。すぐに笑顔に戻る。だが手を引く速度が速かった。


「気に入ったのかね。良い仕立て屋を紹介しようか」


「お気遣いなく」


 晩餐会の後半。壁際に立って観察していたリーゼは、宰相が広間の隅で伯爵と接触するのを見た。宰相の手から伯爵の手へ、紙片が渡される。鑑定室の書式の紙。


 リーゼの検証結果を、宰相がすでに伯爵に漏らしている。


* * *


 翌朝。宰相府から公式通達が届いた。


「検証に使用された鑑定器具が王立錬金術院の認定品でないため、検証結果の有効性について再審査が必要と判断する」


 ユーリの器具。一晩かけて鍛造した特注品。精密で、優秀で、リーゼの手に馴染む逸品。だが宮廷の認定を通していない。


「形式で潰してきた」


 カイが舌打ちした。


「証拠の内容ではなく手続きの不備を突く。俺が左遷されたときと同じ手口だ」


 辺境では「事実です」で通じた。汚染された土に触れれば誰でも分かった。宮廷では通じない。事実の正しさよりも手続きの正しさが優先される。正しい結果を正しい手順で出さなければ、結果そのものが無効にされる。


「認定品の器具で、もう一度やり直します。同じ結果が出ます。今度は手続きに不備がない」


「認定品の器具は、鑑定部門の備品を使うことになる。貸し出しには主席鑑定士の承認が必要だ」


「エルヴィラさん」


 エルヴィラに頼るしかない。だがエルヴィラは宰相府から圧力を受けている。正面から協力すれば追放される。


 その日の夕方。エルヴィラから公式文書が届いた。すでに署名がしてある。


「鑑定部門所管の認定器具一式を、リーゼ・ヴェーバー殿の検証業務のために貸し出す。鑑定部門の業務上の判断に基づく措置であり、宰相府の追加承認は不要」


 文書に私信が添えられていた。


「式典で真実を語りなさい。ただし、正しく語って。あなたにはそれができる。今のあなたなら」


 リーゼは私信に手袋を外して触れた。エルヴィラの筆跡。筆圧は安定していた。昨日の東庭園で、「今度こそ」と言った女の覚悟がこの文書に込められている。迷いのない署名。手が震えていない。


「今度こそ」の意味が、ようやく分かった。


 追放の日から半年間。エルヴィラは組織の中で孤独に耐え、この瞬間を待っていた。内側から援護射撃を放てる、この瞬間を。


* * *


 認定器具での再検証。結果は同じだった。七件の改竄。宝冠のルビーの偽造。今度は手続きに不備はない。


 伯爵が仕掛けた懐柔は失敗した。宰相が仕掛けた手続き攻撃は跳ね返された。


 だが伯爵の目が変わっていた。晩餐会で見せた人懐こい笑顔は消え、宿の方角を睨むような視線があった。


 手続きで潰せないなら。次は別の手が来る。

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