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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第33話 二通の手紙

宿に戻ると手紙が二通届いていた。


 一通目は見慣れた荒い筆跡。ユーリだ。封を開け、窓辺の椅子で読んだ。


『リーゼ。


街は変わりない。浄化した畑に芽が出た。ハンスが泣いていた。あの頑固親父が畑の前で涙を拭いていたのを見たのは、俺だけの秘密だ。


俺の工房は忙しい。お前がいなくなって修理の依頼が増えた。鑑定士がいないと壊れた器具を自分で判断するしかないからな。お前のありがたみを街中が思い知っている。


マティアスの爺さんは元気だ。毎日茶を淹れて工房の前に座っている。ときどき空を見ている。何を見ているのか聞いたら「王都の方角じゃよ」と言っていた。


器具の調子はどうだ。壊していないだろうな。


体に気をつけろ。飯を食え。茶は飯じゃない。


ユーリ』


 リーゼは手紙を膝の上に置いて、しばらく動けなかった。グリュンタールが恋しい。朝のパン屋。ハンスの畑。マティアスの薬草茶。ユーリの工房の炉の音。


 手紙の末尾に触れた。紙の繊維からユーリの手の痕跡が読める。鍛冶師の太い指がペンを不器用に握っている感触。傍らのユーリの増幅器に手を伸ばした。金属の温もりが微かに残っている。


 追伸があった。ユーリの字ではなく、流麗な老人の字。マティアスの代筆。


『リーゼへ。地下書庫の件はカイ殿から聞いた。あの封印はわしが組んだものじゃ。必要ならば解く。ただし中に入るかどうかはお前さんの判断に任せる。答えを急ぐな。だが逃げるな。マティアス』


 マティアスが自分の過去と向き合う覚悟を示している。封印を解くということは、院長だった頃の記録を公にするということだ。


 カイの執務室を訪ねた。


「マティアスさんから返事が来ました。封印を解いてくれるそうです」


「ということは、あの老人は本当に——」


「元・錬金術院院長。黄金律計画の認可者。第7等級の大賢者」


「大した爺さんだ」


「ええ。大した老いぼれです」


* * *


 二通目の手紙を開けたのはその夜だった。差出人の名がない。白い封筒。蝋封もない。手袋を外して紙に触れた。エルヴィラの筆跡。


「明日の正午、王宮の東庭園に来てほしい」


 翌日。王宮の東庭園。手入れの行き届いた薔薇園。赤、白、桃色の薔薇が幾何学的に配置されている。


 エルヴィラは東屋のベンチに座っていた。


「宰相府から命令が来た。あなたの検証結果を正式な報告の前に私に開示しろと。従えば改竄の共犯になる。逆らえば——」


「追放される」


「ええ。あなたが通った道を、今度は私が歩くことになる」


 沈黙。風が薔薇の花弁を一枚散らした。


「あなたに訊きたかった。追放されたとき、何を考えた?」


「真実を語っただけなのに、と。正しいことをしたのに、と。でもそれは半分しか正しくなかった」


「半分?」


「正しいことを語ることと、正しく語ることは別のことです。私は正しいことを語った。でも正しく語る方法を知らなかった。大広間で『偽物です』と叫んだだけ。誰の心にも届かなかった」


 エルヴィラがリーゼを見た。紫の瞳が揺れている。


「私はあなたが羨ましかった。正しさを貫けるあなたが」


「私はあなたが羨ましかった。組織の中で立ち続けられるあなたが」


 二人が互いの「できなかったこと」を認め合った。東屋の中で。薔薇の香りの中で。


「私は宰相府に従わない。今度こそ。ただし条件がある。あなたが検証結果を公開するとき、私の名前を出さないで。私は組織の中に残る。内側からできることをする。それが私の戦い方」


「分かりました」


 エルヴィラが歩き出した。小径を行くプラチナブロンドの後ろ姿。振り返らなかった。だがその右手は、もう震えていなかった。


 宿に戻ると、カイが険しい顔で待っていた。


「伯爵が動いた。リーゼを晩餐会に招くそうだ」


「晩餐会?」


「懐柔だ。正面から潰せないなら、味方に引き込む。お前が断れば、次は別の手段で来る」


 リーゼは手袋を外した。指先が冷えている。


「行きます。伯爵に直接触れる機会です」


 カイが目を細めた。


「面倒な女だ」


「よく言われます」

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