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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第28話 金のリンデン亭にて

調査の合間に、カイがリーゼを王都の下町に連れ出した。


「煮詰まっているだろう。飯を食え」


「記録庫の分析がまだ——」


「飯を食え。頼む」


 カイの顔が真剣だったので、黙って従った。


 連れていかれたのは、城門近くの路地裏にある小さな酒場「金のリンデン亭」。木の看板が風に揺れ、中は薄暗く料理の匂いが壁に染みついている。角の席は空いていて、窓から夕暮れの通りが見える。


「王都にいた頃の行きつけだ」


「カイさんに行きつけがあったとは」


「人間だからな」


 奥のテーブルに座った。木製のテーブルは古く、表面に無数の傷がある。リーゼが無意識にテーブルの木目に触れた。


「この木材、グリュンタール近郊の樫材ですね。樹齢80年ほど。仕上げが少し雑ですけど、木目は美しい」


「頼むから店主に聞こえないようにしてくれ」


「あ、あとこの傷。ナイフで何か刻んだ跡があります。……イニシャル? K.L.」


 カイが目を逸らした。


「学生時代の話だ。忘れろ」


「カイ・ローレンツ。学生時代からこの店に通っていたんですね」


「忘れろと言った」


 リーゼは笑った。カイの耳が僅かに赤い。


 羊肉の煮込みとパンが運ばれてきた。リーゼは黙々と食べた。温かいものが胃に入る安心感。グリュンタールのパン屋とは違う味だが、悪くない。


 食後、カイが追加の注文をした。


「クリーム菓子を一つ」


 リーゼが目を丸くした。


「甘いものが好きなんですか」


「……うるさい。誰にも言うな」


「いえ、意外で」


「意外じゃない。誰にも言うな」


 クリーム菓子を無言で食べるカイの横顔が、調査官でも左遷組でもなく、ただの二十八歳の男に見えた。リーゼは少しだけ笑った。自然に。追放されて以来、一番力の抜けた笑い方だった。


「笑うな」


「笑ってません」


「笑ってる」


「少しだけです」


* * *


「本題に入る」


 カイが皿を脇にどけて、テーブルに紙を広げた。


「改竄の構図が見えてきた。ヴァルター伯爵が黄金律計画の最大の民間出資者だ。伯爵は自領の鉱物資源の鑑定を改竄させて、品質の低い素材を高値で宮廷に納入していた。利鞘で私腹を肥やしながら、計画への出資者としての地位を維持する。これが表の理由」


「裏は?」


「賢者の石の研究に必要な希少素材の品質偽装だ。本来の規格に満たない素材を合格品として研究に投入している。地下工房の実験精度が上がらなかった原因の一端がここにある」


「素材の質が悪かったから副産物の制御ができなかった。グリュンタールの汚染の原因の一端が、伯爵の品質偽装にある」


「宰相が伯爵を庇うのは、計画の資金を守るため。伯爵の出資がなければ計画は頓挫する」


「でも改竄の規模が大きすぎませんか。伯爵の品質偽装を隠すだけなら7件も改竄する必要はない」


「そこだ。エルヴィラがやったのではない2件。あれは改竄ではなく情報の隠蔽だ。術式パラメータを鑑定報告書に偽装して保管していた。正規の記録には残せない情報」


「計画の中でも、さらに秘密の部分がある」


「ああ。宰相しか知らない核心だ。あの報告書が宰相府に提出されて方向を変えられた理由がこれだ。鑑定部門の不正を調べる分には設計図に辿り着けないはずだった」


「はずだった?」


「お前が来るまでは。触れるだけで報告書の中身まで読む鑑定士が来るとは、宰相も計算外だったろう」


 リーゼは窓の外を見た。王都の夜景。無数の灯り。その足元に精髄灰が眠っている。


「カイさん。王宮の方向から精髄属性の術の残留を感知しています。来たときから、ずっと」


「城門で言っていたな」


「記録庫の埃にも精髄灰が含まれていました。城壁と石畳だけじゃない。王都の地下に何かがある」


 カイが椅子の背にもたれた。テーブルのイニシャルを指でなぞった。無意識に。


「ディーターが自首する前に言った言葉を覚えているか。『足元を見ろ』と」


「覚えています」


「第二段階の設計図が王都規模の術式なら——足元の答えは、ここにある」


 二人は顔を見合わせた。酒場の外を夜風が吹き抜けた。通りの灯りが揺れている。


 帰り道、リーゼは石畳を踏みながら指先の感覚に集中していた。靴底越しでは何も読めない。でも確かに感じる。この街の地面の下で、何かが脈打っている。


 この街の下に、何が眠っているのか。答えを知っている人間が一人だけいる。留置施設の鉄格子の向こうに。

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