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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第27話 エルヴィラの沈黙

翌朝。エルヴィラの執務室を訪ねた。


「五件の報告書について訊きたいことがあります」


 エルヴィラは一瞬だけ目を閉じた。長い睫毛が影を落とす。来ると分かっていたのだろう。覚悟を決めるように椅子に座り直し、リーゼに向き直った。紫の瞳に、覚悟の色がある。


「座って」


「このまま立ったまま伺います」


「……そう。では手短に」


「改竄された5件の報告書に、あなたの名前がありました。元の鑑定士が全てエルヴィラさんです」


 エルヴィラの表情は変わらなかった。予想していた問いだ。


「5件のうち3件は改竄の精度が低い。残り2件はほぼ完璧。同じ人間の仕事とは思えません」


 沈黙。


「三件は、私がやった」


 エルヴィラの声は低く、硬かった。


「宰相府の側近から『鑑定結果の調整』を求められたのは、あなたが追放された直後よ。側近はこう言った。『リーゼ・ヴェーバーの件で分かったでしょう。組織に逆らえば、どうなるか』」


「脅迫」


「脅迫ではなかった。事実の確認だった。正しいことを言った人間が追放される。その実例を、私は目の前で見た」


「それでも、妥協でしょう」


「妥協と呼ぶのは美化しすぎよ。保身よ。あなたのように正しいことを言って全てを失う勇気が、私にはなかった」


「勇気じゃありません。私は他の方法を知らなかっただけです」


「だから羨ましかった。同時に、恨めしかった。あなたの追放が、私を縛る鎖になっていた」


 エルヴィラの紫の瞳が、初めて湿っていた。


「ヴァルター伯爵が関わる錬金素材の品質報告。3件。不合格を合格に変えたのではない。微妙な数値を、許容範囲内に収まるよう調整しただけ。結論を変えたのではなく、根拠を曖昧にした。それが精一杯の抵抗だった」


「あなたなりの最小限の妥協」


「妥協と呼ぶな」


 エルヴィラの声が鋭くなった。


「……ごめんなさい。妥協よ。その通り」


 すぐに声のトーンが落ちた。自分の怒りに自分で驚いたような顔だった。


「でも残りの2件は違う。あれは私がやったのではない。私の筆跡を完璧に模倣している。筆圧の癖まで再現されている。宮廷の中に、私以上の技術で報告書を偽造できる人間がいる」


「心当たりは」


「ない。だが、あの二件の内容がおかしい。鉱物鑑定のはずなのに、数値の配列が錬金術の術式パラメータのように見える」


 リーゼの目が鋭くなった。


「もう一度、その二件に触らせてください」


 二人で記録庫に向かった。並んで歩くのは、追放以来初めてだった。


 記録庫で二件の報告書に改めて触れた。今度は改竄の有無ではなく、改竄された内容そのものを読む。


 数値の構造を分析すると、鉱物の品質数値ではないパターンが浮かび上がる。


「これは精髄属性の術式の出力パラメータです。術式の規模、出力の周期、必要な触媒の量。鑑定報告書の書式に偽装して記録されている」


「何の術式?」


「規模がグリュンタールの地下工房より桁が二つ上です。おそらく、これが黄金律計画の第二段階の設計図です」


 エルヴィラの顔が青ざめた。


「第二段階。そんなものが、鑑定部門の記録庫に」


「鑑定報告書の中に隠した。正規の保管場所では発覚するリスクがある。だが鑑定報告書なら、数値が並んでいても不自然に見えない。完璧な隠し場所です」


 記録庫を出た。回廊を歩きながら、エルヴィラが小さな声で言った。


「リーゼ。あなたは正しかった。最初から全て」


「エルヴィラさん」


「真実にも順序と方法がある。私はそう信じていた。順序を守れば、いつか正しく公にできると。でも順序と方法を守っている間に、嘘が制度になった」


「追いつきます。方法を変えれば」


「……あなたらしいわね。どこまでも真っ直ぐで、不器用で」


「自覚はあります」


 エルヴィラが笑った。冷たい美しさの中に、ほんの一瞬だけ温かさが見えた。


 リーゼはそっと目を逸らした。

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