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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第26話 二人の鑑定士

鑑定室は、半年前と変わっていなかった。


 石の壁に囲まれた小部屋。窓は一つ。作業台の上に鑑定用の器具が整然と並んでいる。この台の上で、何千もの鑑定を行ってきた。かつての同僚として。


 エルヴィラが扉を閉め、鍵をかけた。


「座って」


 リーゼは向かいの椅子に腰を下ろした。


「あなたが召喚されたのは、鑑定部門の記録を第三者の目で検証するため。宰相府の命令です」


 エルヴィラの声は主席鑑定士の威厳を保っていた。


「カイ・ローレンツ調査官の報告書がきっかけで、過去の鑑定記録に不整合が見つかった。それを検証できる能力を持つ鑑定士が、あなたしかいない」


「第三者、ですか。追放された人間が第三者になれるとは思えませんが」


「あなたの鑑定眼の精度を疑う者はいない。問題は、それ以外の全てよ」


 形式的なやり取りが終わった。エルヴィラが一瞬だけ目を閉じ、それから声のトーンを変えた。


「ここからは、公式の話ではない。一つだけ頼みたいことがある」


「何ですか」


「検証結果を、誰にも干渉されずに出して。私にも、宰相府にも事前に見せないで。真実だけを報告して」


 リーゼは目を見開いた。エルヴィラ自身が、結果を見たくないと言っている。


「それは、あなたにとっても不利になるかもしれませんが」


「分かっている」


「エルヴィラさん。なぜあの時、私を庇わなかったのですか」


 半年間、訊けなかった問い。沈黙が鑑定室を満たした。


「組織の中で生き残ることを、あなたは軽蔑するのでしょうね」


「軽蔑はしていません。理解はできませんが」


「今度こそ——」


 エルヴィラが言葉を切った。視線を逸らした。追放の日の審問のときと同じ仕草。


「今度こそ、何ですか」


「……今度こそ、正しいことを言えるように。あなたの報告が出たら、私も覚悟を決める」


 エルヴィラが鑑定室を出ていった。一人になったリーゼは、エルヴィラが座っていた椅子の肘掛けに無意識に手を伸ばした。手袋を外す。木の表面に触れると、微かな情報が流れ込んだ。長期間の高い緊張状態を示すストレスの痕跡。彼女は怯えている。


* * *


 翌日から検証を開始した。


 記録庫は鑑定部門の地下にあった。壁一面の棚に、何百もの鑑定報告書が年代順に収められている。羊皮紙の束が埃の匂いとともに静かに眠る空間。


 リーゼは手袋を外した。右手の指先を、最初の報告書に当てた。


「紙は三年前のもの。インクの酸化度は正常。筆圧は一定。問題なし」


 次の報告書。


「こちらも問題なし」


 一枚ずつ、丁寧に読んでいく。触れるたびに、紙が語りかけてくる。いつ作られたか。いつ書かれたか。誰が書いたか。


 十七枚目。指先が止まった。


 紙質は他の三年前のものと同じ。だがインクの酸化度が浅い。三年分の酸化が起きていない。書かれたのは半年以内。日付は三年前と記載されているが、実際に書かれたのは最近だ。


 改竄。


 元の報告書を破棄し、同時期の紙とインクで書き直している。通常の目視検証では完璧に見えるが、リーゼの鑑定眼には通用しない。


 その報告書の内容。鉱物資源の品質鑑定。結果は「合格」。だが紙の裏面にわずかに残った元の痕跡は「不合格」。不合格を合格に変えている。


 三時間かけて全数を検証した。結果。数十件の報告書のうち、七件で改竄を確認。全て鉱物・錬金素材の品質鑑定。全て「不合格」から「合格」に変えられている。


 そして七件のうち五件で、依頼主の名前が一致した。


「ヴァルター伯爵」


 偽造鉱石を王に献上した男。リーゼの追放の引き金を引いた男。その男が、三年間にわたって鑑定結果を改竄させていた。


 さらに一つ。改竄された五件の報告書の元の鑑定士名が全て一致していた。


 カイの執務室に直行した。


「7件の改竄を確認しました。うち5件がヴァルター伯爵の依頼です」


 カイが椅子から身を起こした。


「そして——改竄された五件の元の鑑定士は、全てエルヴィラさんです」


 カイが椅子から身を乗り出した。灰色の目が鋭い。調査官の目だ。


「エルヴィラ自身が改竄したのか。それとも名前を使われたのか」


「それを確かめなければなりません。ただ、改竄の手口が均一ではない。五件のうち三件は精度が低い。残り二件はほぼ完璧。同じ人間の仕事とは思えません」


「二種類の改竄者がいる」


「はい。そして完璧な二件の内容は、鉱物鑑定のはずなのに数値が奇妙です。錬金術の術式パラメータのように見える」


 カイが立ち上がった。


「エルヴィラに訊く必要がある。直接」


 記録庫の埃が、リーゼの指についていた。その埃にも、微量の精髄灰が含まれていた。

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