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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第25話 帰還

城門の向こうに、一人の男が立っていた。


 暗い茶髪に灰色の目。半年前と同じくたびれた外套だが、胸元に調査機関の徽章が光っている。辺境駐在所の調査官ではなく、王都の不正調査機関の調査官として。


「遅いぞ」


「馬車の速度に文句を言わないでください」


 カイの口角が微かに上がった。リーゼも少しだけ表情が緩んだ。不器用な再会。でもそれでいい。


 カイがリーゼの荷物に目を向けた。革鞄と携帯用器具の入った木箱。


「持つか」


「自分で持てます」


「……だろうな」


 カイの手が一瞬伸びかけて、引っ込んだ。リーゼはそれを見なかったことにした。


 並んで歩き出した。城門を抜けると王都の大通りが広がる。石畳の上を荷馬車が行き交い、商人たちの声が飛び交っている。鑑定眼が石畳の下の精髄灰に反応するのを、意識して抑えた。今はカイの話に集中する。


「元気そうだな」


「おかげさまで。カイさんこそ、復帰したのですね」


「報告書を提出したら、元の部署に戻された」


 カイの表情が引き締まった。歩調を緩めずに、声を落とした。


「ただし——黄金律計画の調査ではなく、鑑定部門の不正調査という名目だ。宰相府が調査の方向を制御している」


「すり替えられた」


「ああ。報告書は握りつぶされなかった。だが方向を変えられた。黄金律計画の問題が、鑑定部門の不正問題に置き換えられている。俺の調査範囲も鑑定部門に限定されている」


「それでも、動き始めている」


「動き始めてはいる。だが宰相が手綱を握っている。どこまで掘れるかは、あんた次第だ」


 リーゼは頷いた。半年前、グリュンタールに着いたときは一人だった。何もなかった。今はカイがいて、調査の枠組みがあって、召喚状がある。追い出された場所に、正面から戻れる。


 二人は宮廷の敷地に入った。石の壁に王国の紋章。衛兵の巡回。官吏たちがすれ違い、リーゼの徽章に目を留めてはすぐに視線を逸らす。


 鑑定士の控室は宮廷の東翼にあった。扉を開けた瞬間、室内の空気が変わった。


 五人ほどの鑑定士が机に向かっている。リーゼが入ると、全員が顔を上げた。冷淡な者。好奇の目を向ける者。遠巻きに見る者。そしてあからさまに顔をしかめた者。


「戻ってきたのか」


 年配の鑑定士がぼそりと言った。白い髭。第4等級の徽章。リーゼが鑑定部門にいた頃、一度も話しかけてこなかった男だ。


「召喚されましたので」


「召喚か。鑑定の捏造で追放された人間を、鑑定部門の検証に使うとは。世も末だ」


 控室が静まった。他の鑑定士たちが息を詰めて成り行きを見ている。


 リーゼは黙って奥の机に向かった。


 荷物を置いた。机の天板に無意識に触れた。手袋越しでも分かる。半年間誰も使っていない。埃の層が均一に積もっている。ただし一箇所だけ、引き出しの取っ手の周辺に指の痕跡がある。誰かが引き出しを開けた。リーゼがいなくなった後に。


 引き出しを開けた。空だった。追放前に入れていた個人の器具は処分されたのだろう。だが引き出しの底板に触れると、木の表面に二種類の指紋が読めた。一つは知らない指紋。もう一つは——エルヴィラの指の痕跡。


 エルヴィラが、リーゼの机を調べていた。いつ。なぜ。


 考える前に、ユーリの器具を並べた。携帯用鑑定器具一式。精密天秤、増幅器、試薬瓶。一晩かけて鍛造された金属の表面に、鍛冶師の指の痕跡が残っている。


 胸元の第5等級の徽章。半年前はこれが全てだった。今は違う。徽章がなくてもグリュンタールの土に触れ、人を救えた。


 控室の扉が開いた。


 足音が近づく。静かで、迷いのない足取り。


「お久しぶりね、リーゼ」


 振り返った。


 エルヴィラ・フォン・ブリュッケ。プラチナブロンドを完璧にまとめ、隙のない立ち振る舞い。紫の瞳がリーゼを捉えている。冷たい美しさ。だが半年前と何かが違う。目の下にうっすらと隈がある。完璧に見えて、わずかに疲弊している。


「お久しぶりです、エルヴィラさん」


 リーゼは立ち上がった。二人が向かい合った。控室の他の鑑定士たちが息を詰めて見ている。追放された鑑定士と、その追放に加担した主席鑑定士。半年ぶりの再会。


 エルヴィラの右手が、微かに震えていた。リーゼの鑑定眼は触れなくてもそれを見て取った。半年前、審問の場で指先が揺れたのと同じ。だが揺れ方が違う。あのときは罪悪感。今は——恐怖だ。


 何かに怯えている。この半年間、何があったのか。


「話があるの。鑑定室で。二人きりで」


 エルヴィラの声は平坦だった。いつもの冷静な丁寧語。だがその平坦さの下に、何かが震えていた。


 あの日、エルヴィラは何かを隠した。


 今日、エルヴィラは何かを明かそうとしている。


「分かりました」

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