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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第24話 五日の道

馬車の窓から見える景色が、逆方向に流れていく。


 半年前、護送馬車でこの道を辿ったとき、景色は王都から遠ざかっていた。今は王都に近づいている。同じ街道を、反対の方向に。あのときは追放された罪人だった。今は召喚された鑑定士。荷物も違う。革鞄にユーリの携帯用器具一式と暗号文書とマティアスの書物。それとパン屋のおかみに持たされた干しぶどうパン。


 街道が山裾を巡り、丘陵を越える。あの車軸の宿場を通り過ぎた。鍛冶屋はまだあった。馬車の車軸に無意識に手を伸ばし、触れてみる。鋳鉄の状態は良好。金属疲労もない。半年前に「あと一日保ちません」と言ったときのことを思い出す。あのときの自分は、自分の能力が誰かの役に立つことを、まだ信じきれていなかった。


 二日目の宿場町で馬車を降りて足を伸ばした。小さな旅籠の食堂で昼食をとっていると、隣のテーブルに錬金術院の巡回鑑定士が座った。灰色のローブに第3等級の徽章。四十代半ばの男で、疲れた顔をしていた。


「失礼ですが、王都から来られたのですか」


 リーゼが声をかけると、男はリーゼの第5等級の徽章を見て目を丸くした。


「第5等級? まさか——リーゼ・ヴェーバー殿?」


「ご存知なのですか」


「ええ。辺境で大地の汚染を浄化した鑑定士がいると。カイ・ローレンツ調査官の報告書が王都に届いて以来、鑑定部門は大騒ぎです」


「大騒ぎ、とは」


 男が声を落とした。周囲を気にしている。


「報告書の内容がきっかけで、過去の鑑定記録が精査されることになったんです。全国の出先機関の記録を突き合わせる作業に駆り出されていまして。鑑定部門の記録に不整合がある、と」


「不整合」


「ええ。私の管轄でも3件見つかりました。鑑定日付と報告書の提出日が合わないものがある。上は『書類の不備だ』と言っていますが、正直、腑に落ちません」


「その報告書を拝見してもよろしいですか」


「機密ではありませんから」


 男が鞄から鑑定報告書を数枚取り出した。リーゼは手袋を外し、最初の一枚に指先を当てた。


 紙の繊維。インクの酸化度。筆圧のパターン。製造時期と書かれた時期を照合する。


「この報告書は問題ありません。記載された日付の通りに書かれています」


 二枚目。


「こちらも問題なし」


 三枚目に触れた。指先が止まった。


「この報告書のインクの酸化度が、日付と合っていません。記載は2年前ですが、実際に書かれたのは半年以内です」


「なんですと?」


「日付が偽装されています。元の報告書を破棄し、同時期の紙とインクで書き直している。ただしインクの乾燥速度までは再現できていない」


 男の顔が青ざめた。


「触れただけで、インクの酸化度まで読めるのですか」


「インクは化学物質です。時間とともに酸化する。その程度は組成と保管環境で決まる。報告書に触れれば全て読めます」


「噂以上だ。……上に報告します」


 男は慌ただしく出発していった。リーゼは一人で残った昼食を片付けながら考えた。王都に着く前に、もう一つの改竄を見つけてしまった。鑑定部門の問題は、想像以上に根が深い。


* * *


 王都。宰相の執務室。


 巡回鑑定士からの報告書がハインリヒの机に届いていた。辺境の追放鑑定士が、触れるだけでインクの酸化度を読み取った。鑑定記録の日付偽装を即座に看破した。


「あの女に会ったのか」


「はい。噂以上でした」


 宰相がペンを置いた。追放したはずの鑑定士が、辺境で力を発揮している。しかも召喚状を出して王都に呼び戻そうとしている最中に、巡回鑑定士の報告書まで読んでしまった。


「予想以上に厄介だ」


* * *


 五日目の朝。


 馬車の窓から、王都ケーニヒスブルクの城壁が見えた。白い石の城壁が朝日に輝いている。尖塔が林立し、城門の前には入城待ちの行列ができている。


 半年前、ここから追い出された。背中に「鑑定の捏造」という罪を貼りつけられて。


 城門に近づいたとき、リーゼの鑑定眼が反応した。無意識に。触れてもいない。馬車の窓越しに城壁の石材を見ているだけなのに、指先が微かに痺れた。


 石材の表面に残る微量の残留物。精髄灰だ。グリュンタールの汚染とは比較にならないほど薄い。通常の鑑定では絶対に検出できない濃度。だがリーゼの受動感知は拾った。


 城壁だけではない。城門の石畳。街道の敷石。王都の建造物の随所に、極めて薄い精髄灰の残留が漂っている。


「それは、おかしい」


 呟いた。


 グリュンタールの汚染は地下工房からの廃液が原因だった。では王都の精髄灰は? この都市のどこかで、精髄属性の術が長期間にわたって広範囲に使われている。


 城門をくぐった。王都の空気が肺を満たす。石と人と火の匂い。そして鑑定眼だけが感知する、微かな精髄灰の気配。


 革鞄の中でユーリの増幅器が微かに振動した気がした。金属が外気温の変化に反応しただけだ。だが、グリュンタールの鍛冶場の温もりが一瞬だけ蘇った。


 この街全体に、何かが仕込まれている。

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