第5話 異変
薄暗い室内で、魔力の流れがわずかに歪んだ。
勇者は、それに気づいていた。
そして同時に向かいにいる相手の動揺にも。
息が、ほんの少し早い。
視線が合わない。
「……なぁ」
声だけが先に出た。
一拍、間が空く。
「俺は、勇者として――」
言葉はそこで止まった。
続きを探すように口を開きかけて、閉じる。
相手の気配が揺れる。
それを見て、勇者は小さく息を吐いた。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようでもあり、
相手を落ち着かせるようでもある声だった。
少しだけ間を置いて、続ける。
「君のせいじゃない」
その言葉に意味を込めすぎないように。
責める響きがほんの一欠片も残らないように。
勇者は、ゆっくりと視線を上げた。
いつもなら、
こういう時に考えるべきことなのに、
何ひとつ、出て来なかった。
次の瞬間、世界から音が、遠ざかった。
────────
耳鳴りがするほど、静かになった。
音なんて、初めから無かったみたいに。
それでも、
胸の奥で何かが、
やけにうるさかった。
どれくらいそうしていたのか。
時間の感覚がうまく掴めない。
すぐ近くに
誰かがいる気配だけが残っている。
───こんなはずじゃなかった
部屋の空気が、ゆっくりと冷えていく。
───違う
そう思ったはずなのに、
何が違うのかがうまく掴めない。
胸の奥が落ち着かず、
呼吸の仕方をひとつ忘れた気がした。
何かを確かめなければならない。
そんな気だけが先に立って、
視線の置き場が定まらない。
一歩、踏み出そうとして、
足がうまく前に出なかった。
「ウィリ……ス……?」
やっとのことで絞り出した声は、
喉の奥で途中のまま引っかかった。
息を吸ったはずなのに
空気がうまく肺に入らない。
色んな考えが追いつく前に
答えだけが先に浮かぶ。
──このままじゃ、だめだ。
理由は、形にならない。
言葉にすればきっと壊れる。
だから、
それそれを掴んだ。
重さを確かめる余裕もなく、
ただ手の中に隠す。
とにかく、今はそうしなければならない




