第3話 密室
拠点内を一通り見て回る。
遺物には触れていない。俺の魔力が混ざれば、それだけで流れが変わる。鑑定はできるが、今は証拠保全が優先だ。
部屋は驚くほど簡素だった。
机、ベッド、椅子。
勇者の私物も整いすぎている。几帳面だったのか、それとも――誰かが整えたのか。
内側から施錠された扉を確認する。破壊の痕はない。
ない、が。
結界も同様だ。外部侵入の形跡は見当たらない。
……見当たらない、はずなんだが。
足が止まった。
ほんのわずか、魔力の流れが引っかかる。
流れが滑らかすぎる。いや、違う。滑らかに“直されている”。
修復されている。だが雑だ。
焦って上から塗ったような、そんな歪み。
「何か分かりましたか」
僧侶の声は抑えられている。
抑えすぎて、逆に固い。
「今はなんとも言えないかな。ところでさ、この……結界の歪みはいつからあるか知ってる?」
「いえ……気づきませんでした」
だろうな。
俺だって、前情報がなければ見逃した。
歪みは小さい。結界自体は破られていない。侵入の痕もない。
じゃあ、どうやって。
「おかしいな……記録と合わないみたいだ。」
三人の視線が集まる。
ああ、また余計なことを口に出した。
「記録、ですか」
僧侶がわずかに息を詰める。法衣の端が指に巻き取られている。
「王立に残っている構成図と、今の結界が微妙に違う」
壁には触れない。触れたら余計な波が立つ。
「誰かが手を入れてる。でも壊したわけじゃない。むしろ逆だ」
「直した……?」
「正確には上書きだね」
指を伸ばしかけて止める。
下手に刺激して、また歪ませたら目も当てられない。
「本来の流れを無理やり別の形に塗り替えてる。応急処置みたいなものかな」
沈黙が落ちる。
僧侶はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……セリスと申します」
ああ、そういえばまだ名を聞いていなかった。
「立ち会いとして、必要でしたら……何でも」
名が、ようやく記録に落ちる。
「助かるよ、セリス」
「念のため確認するけど」
部屋の中央に立ったまま、俺は視線だけで三人を見回した。
「この部屋、勇者専用だったんだよね。他の誰かが使うことは?」
「ありません」
即答だった。セリスではなく、魔法使いの方だ。
「結界も個人用です。勇者様の魔力波長に合わせて調整されていました」
なるほど。
だからこそ、外部侵入が成立しない。
「じゃあ、逆に聞くけどさ」
俺はゆっくりと、床に目線を落とす。
「この部屋で“異変”に気づいた人は?」
沈黙。
視線が交錯する。
誰もが答えを持っているのに、言葉にする順番を探している。
「……音です」
最初に口を開いたのは、セリスだった。
「結界の反応音が、わずかに……」
「警報?」
「いいえ。警報ではありません。ただ……揺らいだような」
揺らいだ、か。
壊れたのではなく、歪んだ。
「その時、結界は?」
「維持されていました。崩壊の兆候もありません」
ますます変だ。
結界は破られていない。
侵入もない。
それなのに、中で“何か”が起きている。
俺は、机に置かれた椅子に近づいた。
腰掛けはしない。ただ位置関係を見る。
ベッドとの距離。
机との角度。
床に残る、かすかな擦れ。
……これは。
「争った形跡は、ほとんどないね」
言葉にすると、空気が張り詰めた。
「勇者が倒れていた場所は?」
「ベッドの横です」
セリスが答える。
「血痕は?」
「……ありません」
即答だった。
そして、その一瞬の間が、やけに重い。
「致命傷は?」
「外傷は確認されていません」
外傷なし。
争いなし。
侵入なし。
密室。
「まるで、自分で倒れたみたいだ」
誰かが息を呑んだ。
「でも、それは違う」
俺は否定する。
「勇者は死んでる。しかも――殺されている」
王命の文言が脳裏をよぎる。
「殺された。でも、殺した痕跡がない」
これは密室殺人じゃない。
密室に“された”殺しだ。
俺は、結界の歪みにもう一度目を向ける。
「この上書き、下手だ」
「急いでる。技量も足りてない。でも――知識はある」
「内部の人間……ですか」
魔法使いの声が低くなる。
「可能性は高いね」
だから静かすぎる。
だから整いすぎている。
「確認したい」
俺ははっきり告げた。
「勇者が倒れていたとき、この部屋の近くにいたのは?」
一拍。
セリスの指が、また法衣を掴む。
「……最初に気づいたのは、戦士です」
その名が出た瞬間、
背後で、重い足音が鳴った。
一歩。
それだけなのに、嫌な予感がした。
……ほんとに、つくづく役回りが悪い。




