第2話 出発
知らせを聞いて馬車に飛び乗ったはいいものの、まだ落ち着かない。
魔王城へ人間が辿りつくには、必ず一つの遺跡を越えなければならない。
古代王国の遺跡。
数百年前に失われ、未だ完全な攻略記録が存在しない場所だ。
本来であれば、
勇者パーティほどの戦力があれば、遺跡鑑定官が不要か、あるいは最後の確認役として呼ばれる程度のはずだった。
少なくとも、このタイミングではない。
「……やはり、前倒しだな」
馬車の揺れに身を任せながら呟いた。
王都に彼らがいた時だっただろうか、遠目に見た背中を思い出す。人垣の向こう、旗と歓声の隙間に見えた、やけに真っ直ぐな背中。あの時、自分は資料を抱えて走っていて、立ち止まる理由もなかったのに、なぜかほんの一瞬だけ足が止まった──英雄というのは、ああいうものかと、場違いな感想を抱いたのを覚えている。
勇者死亡。
その直後に出された王命。
遺跡鑑定という表向きの理由はあるが、
実際は──調査だ。
しかも極秘の。
考えを巡らせている中、思考は勝手に脇道へと逸れて行った。
そういえば、解析途中の資料を引き出しにしまい忘れた。書きかけの報告書は
……帰ってからだな。
昨日まとめた魔力反応の数値はまだ仮説の段階で、あのまま放っておけば助手が勝手に触るかもしれないし、いや触らないか、あいつは妙に几帳面だから机には触れないはずだ、だがインクが乾ききる前に埃でも入ったら───
「……余計な事を考えても仕方ないね」
自分に言い聞かせるように息を吐き、緊張と不安を胸に抱え、そっと目を閉じた。
────────
聖域に到着したのは、次の日の昼を少し回った頃だった。
結界の中は静かすぎる。
魔王討伐を目前に控えた拠点とは思えないほど、人の気配が抑えられている。
案内役の兵士が、無言で俺を奥へと導いた。
そこで待っていたのが───
勇者パーティだった。
勇者を除いた三人。
戦士は腕を組み、あからさまにこちらを睨んでいる。
魔法使いは一歩引いた位置から、値踏みするような視線を向けてきた。
僧侶だけが形式的な礼を返してきたが、その目は疲れている。
「……王立遺物鑑定官、だな」
戦士が吐き捨てるように言う。
「今さら何の用だ。勇者は──」
そこまで言って途切れた。
「用件は皆様ご存知だと思っていました」
三人を軽く見渡していたら、魔法使いが口を開いた。
「まあ、あんな事もありましたし……」
「だからって、今じゃないだろう!」
戦士は苛立ちを隠しきれていない。
「あいつは、まだ……っ」
「やめましょう」
掠れた声で言った僧侶の指が、法衣の端を強く握っている
「……ここは聖域ですよ」
戦士が舌打ちして視線を逸らした。
はぁ、なんで俺がこんな目に。
つくづく役回りが悪い。
俺は懐に手を入れ、一通の書簡を取り出した。
封はすでに切られているが、赤い蝋はまだ形を保っている。
王家の紋章。
三人の視線が、自然にそこに集まった。
「……王命、なんですよ」
短く告げると、空気が一段と重くなった。
戦士は一瞬だけ歯を食いしばり、何も言わずに腕を解いた。
「でしょうね。遺跡の件でしょう。魔王城への道は、あれを越えねばなりませんから。」
魔法使いは話が早いらしい。
僧侶は目を伏せたまま、静かに言った。
「……勇者様が居なくなった今、時間がありません。」
居なくなった、か。
誰も"死んだ"とは口にしなかった。




