75.前日準備
文化祭の週だから、と張り切るキアラだったが、残念ながら討伐任務は待ってくれない。
学園の授業日ではあるけれど魔境遠征に同行するようにとの命令が出たので、仕方なく実家に戻るための手続きをする。
この学園は全寮制だけれど、生徒のほとんどは貴族なので、実家に何かがあったらすぐに帰れるような仕組みが導入されている。
それに則って帰って、すぐに任務へ行ったけれど、他の団員が拍子抜けするほど何も無かった。
それもそのはず。
キアラが魔王として魔族のみんなに説明したことを、きちんと守って防衛戦線周辺には来ないでくれていたからだ。
(良かった、私のお願い、聞いてくれてて……平和だ)
魔法兵団としては実績無しではすぐに帰れないので、魔族が来るまで粘る、と言って、交代要員を出しながら警戒していた。
ちなみにキアラは魔境にどれだけでも居られるので、警戒メンバーに入りながら居眠りをしていた。フードを被っていたから、ただちょっと考え事をしているだけに見えていたと思う。きっと。
けれど、来なかったので結局戦闘もなく解散になったので安心した。
しかし、その分時間はかかったので、学園へ帰れたのは文化祭前日になってしまった。
「キアラ、体調大丈夫?」
「……ぅん。カリナ、ありがとう」
「身体弱いんだから、あんまり無理しちゃだめよ? お仕事も大変だとは思うけどさ」
「……ぅん」
体調が悪かったわけでは無いのに、カリナに心配をかけて申し訳ない気持ちになった。
そして今日は、文化祭前日ということで授業は無く、クラス全員で準備だ。
今日まで手伝えなかった分、と思って頑張っていたけれど、色々仕事をしようとしたらやんわりと止められる。
主にエルデとカリナに。
「おい、キアラ! 調子悪いんだろ、無理するな!」
窓辺の高い位置の飾り付けをするのに机の上に登ろうとしたら、廊下からエルデの声が飛んできたので、仕方なくやめておいた。
そうして夕方近くになってきたら、いつもの教室がなんだか違う部屋に見えるくらい、準備が進んできた。
紙の飾りだけでなく、キラキラの光が出る魔法陣もいくつか付けられていて、それがとても綺麗だ。
「……魔法陣、あんな使い方も、出来るんだね」
「さすがリトちゃん、凄いわよね。
全体的にも、結構いいんじゃない?」
「そうよね、なんだか素敵だわ!」
カリナとソフィアもご満悦のようで、キアラもワクワクしてきた。
と、その時。
(危ないっ!)
一番奥の壁の上の方、目立つ所に付けられていた木の看板が落ちてきた。
「きゃぁっ!」
女子の悲鳴が上がるけれど、その下に座っている子は逃げるのが間に合わない。
だから咄嗟に、魔力の腕でその看板を掴んだ。
「……っ」
でも、力の加減が上手くいかなくて、掴んでいない両端が折れて落ちてしまう。
「……っ、とっ……!」
ギリギリ頭に当たる直前に破片2つも掴めた。
「……っ、セーーフ!」
「サシェ、大丈夫っ!?」
看板の下で頭を手で覆ったまま動けなくなっていた女の子のもとへ、友だちが駆け寄る。
「大丈夫」
よほど怖かったのか、涙目だ。
「……ぇっと、ごめん、どうしよう……」
看板を壊してしまった罪悪感と、下ろしていいものか分からずオロオロする。
「キアラ、お手柄よ! ありがとう」
そんなキアラの髪を撫でて、カリナがしっかり褒めてくれる。
「……ん、良かった」
「ありがとう、キアラちゃん。
本当にありがとう。怖かった……ありがとう」
サシェと呼ばれた看板の下に居た女の子は、涙目のまま何度もお礼を言う。
「……ぇっと、ぅん……」
こんなに感謝されることなんて殆ど無いので気恥かしくも嬉しい。
「キアラ、維持大変だよね? この辺に下ろしたら?」
カリナの言う通りに下ろすと、後ろに付けた粘着テープが外れてしまっている所が沢山あった。
それを、エルデも見に来る。
「今外れたってことは、付け直してもまた外れる可能性は高いよな。
キアラが居なかったら間違いなく怪我をしていたし、上に貼るのはやめようか」
そのエルデの提案にクラスメイトも同意する。
「そうね。万が一誰かが怪我をしたら取り返しがつかないし、立て看板に変える?」
「その方がいいな。材料探してくるよ」
「私も一緒に行く」
「俺も」
方向性が決まれば話は速く、みんなが一斉に動き出す。
バタバタと忙しく動くクラスメイトの助けになりたいのに、キアラは要領が悪くて何をしたらいいのか分からない。
「……カリナ、何か、すること、ある?」
「キアラはサシェちゃんが怪我しないように守ってあげただけで充分よ。
でも、そうね。
何かしたいなら、看板の色塗りを手伝ってあげたら?」
「……そっか。そうする」
カリナは、キアラを褒めてくれるだけじゃなくて、出来そうなことを考えてくれる。
とってもいい友だちだな、と思った。
エルデが生徒会室から予備の材料を貰ってきて作り始めたので、キアラはそちらにテトテトと寄っていく。
「……ぁの、何か、できること、あるかな」
「あるよ! 私が描いたこの線の内側を、黄色い絵の具で塗りつぶしてくれない?」
「……はぃ」
キアラの故郷では絵の具は贅沢品だったので、こんなに潤沢に使わせて貰えるのが楽しい。
隣の子は赤い絵の具を塗っているので、それを見て真似するようにぺとぺとと塗っていく。
(木の板に塗るなら、紙に塗るより濃くした方がいいんだな)
そんな発見をしながら塗っていたら、不意に指先に雷が走った。
それとほぼ同時に、ローブに仕込んだ結界が発動する。
(……ぇっ)
右の肩口から炎が溢れそうになって、それが結界で阻まれて薄い煙が立ちのぼる。
「キアラちゃん、どうしたの?」
それに気づいた隣で作業していた子が不思議そうにキアラを見るけれど、それに構っていられない。
(……大変だ、時間を過ぎちゃってる……!
何でこんな時に限ってアシェが居ないのよ!)
色塗りが楽しくて、作業に夢中になりすぎて時間を忘れてしまっていた自分が悪いので、アシェには完全に八つ当たりだ。
最近の彼女はキアラから離れて出歩いている事も多い。
(結界にも限界がある。早く点滴を打たないとっ!)
驚くクラスメイトを放置して、とにかく生徒会室へ走る。
寮よりも格段に近いし、最近は点滴をしながら作業をするためにストックをいくつか置いているのだ。
駆け込んだ生徒会室ではルチアが一人で書類仕事をしていて、あまりの勢いに、弾かれたように顔を上げた。
「キアラちゃん、どうしましたの?」
「……」
でも、そんなルチアに説明する時間も無いのでとにかく点滴を打つ。
その間にも、うっかり大魔法が漏れ出してしまわないようにとても気を使う。
「……ふぅ。すみません、点滴を、忘れていました」
10分ほどたって、ようやく暴走が落ち着いて来たのでルチアに状況説明をする。
「そうだったのね。キアラちゃんは毎日点滴が必要って聞いていたけれど、そんなにすぐに症状が出るのね」
「……はぃ。身体が、弱いので」
本当のことは言えないので、誤魔化しているのが申し訳なくなる。
「大変ねぇ」
「……でも、もう、大丈夫です。……教室に、戻ります」
「はーい、行ってらっしゃい〜。無理しないでね〜」
ルチアがひらひらと手を振ってくれたので、小さく振り返す。たったそれだけのことが、なんだか嬉しかった。
「……ご、ごめんなさい……」
「どうしたの? 大丈夫?」
教室へ戻ると、キアラの作業の続きは他の子がしてくれていた。
「えっ、それって点滴? 大丈夫なの?」
「……ぅん、大丈夫。放ったらかして、ごめん……」
それまでしていた作業の続きを代わって貰おうと思うのに、代わってくれない。
クラスメイトにとっては昨日まで休んでいた人が点滴をつけて現れたら、大丈夫なのかと不安にもなる。
「キアラ、また点滴忘れてたのか?」
そこへエルデがやってきた。
彼はキアラが生徒会室で点滴を打っているのを知っているし、打たないとどうなるのかも、だいたい知っている。
「……ぅん。してきた」
「自分の身体を大事にしろよ。お前の場合、周りの迷惑にもなるんだから尚更」
「……ぅん。ごめん」
「謝らなくていいけど。もう大丈夫なんだろ? 看板の続き、頼むぜ?」
「……ありがと」
そのやり取りを見ていたクラスメイトも、『事情を知っていそうなエルデがそう言うんだから大丈夫なのだろう』とキアラに場所を譲る。
(ほんとに、気をつけないと……今の魔力量で暴発したら、小さい頃の何倍もの被害を出しちゃう)
それどころか、最悪の場合、魔王化してしまう可能性だってある。
最近は暴走が減ってきているからといって、油断していてはいけないと、気を引き締めなおすのだった。




