74.惚れた女
色々あった休日も終わり、ついに今週末は文化祭なので慌ただしい生徒会室。
「すみません、会長。1-Aのチョコバナナについてのご相談なのですが」
難しい顔をしたエルデがそう口を開いた。
「うん、どうしたんだい?」
ルーレストは、あくまでも柔らかく優しい口調で聞き返す。
「バナナの入手が難しいかも知れないそうです。今になって、取引ができないと言われたので、今週末の準備ができるかどうか、怪しいと」
「なるほど、その話か。レスティス王国との貿易品だから、少し扱いが難しいかもしれないとは思っていたんだけれど……。
ここまで面倒事になるとは正直予想していなくてね」
「会長でも分からないほどですか。何かあったんですか?」
その話を聞くともなしに聞いていたキアラは、直感的に気づいた。
(あれ、その話って、この前の変人腹黒王子のことじゃない?)
と、いうことは。
(もしかして、クラスメイトが困ってるの、私のせいだったりする……??)
シシュト王子の反感を買うような真似をした覚えは、はっきりとある。
検討の余地なく断るような話だったので仕方ないと思っていたけれど、文化祭にまで影響するなら申し訳ない。
「何があったか、と聞かれたら、説明はちょっと難しいんだけど」
ルーレストは少し考え込むように宙を睨んでから、また口を開いた。
「要するに、聞き分けのない王子様が、惚れた女にフラれた腹いせ、ってとこかな」
その爆弾発言にキアラはとても驚いて、大きな音を立てて立ち上がってしまった。
「……ぁっ、ぁのっ……」
「どうしたんだい、キアラ君。顔が赤いよ?」
何も知らないルーレストは、急なキアラの反応の意味が分からずキョトンとしている。
「……ぃぇっ、ぁの、……す、すみません……」
しかし、キアラの脳内は大混乱だ。
(惚れた女? フラれた? フラれたって、フったのは、誰???)
ただのスカウトだと思っていたのに、急に違う話になって脳みそがぐるぐるする。
(ダメだ、考えないでおこう……)
とりあえず考えても仕方がないので脳みそから追いやることにした。
キアラはいつだって、嫌なことからは全力で逃げる主義なので。
でも、キアラの混乱なんてエルデは全く知らないので話はそのまま続く。
「惚れた女にフラれた、とのことですけれど、ガレス王国の外交問題ですよね?
それなら別に、嫁がせれば良いだけの話じゃないんですか?」
あくまでも貴族的な考え方をするエルデにとっては、その方が自然だ。
「できるならそうしてるんだけどね、相手が《殲滅の魔女》レンツァー魔導師なんだよ」
「なるほど。魔境防衛の生命線ですから、おいそれと他国へ嫁入りさせる訳にはいきませんね」
「うん、それもあるんだけど。
ねぇ……」
意味ありげに考え込むルーレストの視線は、ここにはいない誰かを見つめているようで、誰も言葉を発せない何かの圧を感じた。
しかも、その視線の熱は、最近シシュト王子に向けられたのとあまり変わらないものだと感じたけれど、それもキアラは見て見ぬふりをする。
その直後、ぱちりと瞬きをしたルーレストは、もういつもの穏やかな雰囲気だった。
「それはともかく。今の措置は一時的なものだよ。レスティス王国も、ガレスとの国交を望んでるから、本国にまで伝われば解除される。
今週末の文化祭には間に合うから、安心していていいよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
明確に言い切るルーレストに、エルデは尊敬の目を向ける。
「いやぁ、王子様って大変そうねぇ!」
イヴが軽い調子でそう言って、変になった空気を戻そうとしている。
「アズーラ君も貴族だろう?」
「ウチは根っからの武闘派だもん。そういう面倒くさいやり取りなんか無いわよ」
「僕も、そういう家が良かったかもね。羨ましいよ」
普段は王族としての責任に溢れているルーレストが、そんなことを言うなんて珍しいな、と思った。
それでも、今のキアラが何かしてあげられるわけでは無かったけれど。




