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《殲滅の魔女》は虚弱体質 〜魔力無限の最強魔導師ですが、コミュ障なので学園潜入任務はお断りしたいです〜  作者: ことりとりとん


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72/78

72.両手に花



 そうして会場に着いたら、キアラはいつものようにひとりでウロウロし始めた。

 アズーラ中尉がそれとなくエスコートしようとしたけれど、貴族マナーなんて全く知らないキアラはきれいにスルーしてしまったのだ。


 副官は仕方なく後ろに付いて歩きながら、多少なりとも貴族マナーを教えるように上申しよう、と強く思った。


 そんなキアラがバナナを見つけて喜んで食べていたら、後ろから声を掛けられた。


「ミス・レンツァー、お久しぶりです。

 我が国の果物を、気に入って頂けましたか」


「……ぁっ、ぇっと……」


 鮮やかな緑の髪のイケメン、シシュト王子だ。


「今日はとても華やかなドレスでいらっしゃるのですね。この前お見かけした時よりも大変美しくて素敵です」


「……」


 そりゃあ、このドレスはキレイだからね、とやさぐれ気味のキアラに、後ろから別の人が声を掛けてくる。


「レンツァー師、遅くなってしまって失礼致しました。ドレスが大変似合っていらっしゃいますね」


 (……ルーレスト先輩だっ)


 しかも、学園で見た時よりも髪型も服装もバシッとキメられていて、いつもより気合いが入っているような気もする。


「私が贈ったドレスを纏って頂けて、とても光栄ですよ」


 そのセリフはキアラに向けられているはずなのに、シシュト殿下に視線を向けている。

 しかもその視線はかなり挑発的で、二人の間に不穏な空気が流れたのでキアラは困惑してしまう。


 それでも、キアラは美味しいものが大好きなので、口元を覆う布の下でバナナを頬張ることは忘れなかったけれど。


「しかし、ミス・レンツァーは、我が国の特産のバナナを大変お気に召したご様子です。

 こちらは輸送された物ですが、是非とも我が国で採れたての物を食べて頂きたいですね」


「魔境から遠いレティス王国ではご存知ないかも知れぬが、今は魔王が復活したばかりの正念場です。

 つい先日も、勇者である私と共に魔境戦線に立って頂きました。レンツァー師は大変多忙な方ですから、レティス王国への観光は今しばらくお待ち頂きたいですね」


「なんと、これだけ小さくか弱い少女を、戦場に立たせているのですか!

 そんな恐ろしい国……。レンツァー師、是非とも我が国へお越しください!」


 シシュトにそう言って見つめられても、キアラには答えようがない。

 何せ、ルーレストがいる以上、声を出すことができないので。


 絵面的には両手に花ならぬ両手に王子状態だが、その実際はかなり面倒なケンカに近い。

 得体の知れない他国の王子様と、正体を知られてはいけない自国の王子様。


 両方の相手がめんどくさくなったキアラは視線でアズーラ中尉に助けを求めたのに、綺麗に無視されてしまったので絶望するしかなかった。


 アズーラ中尉は無視したのではなく単に『これも魔導六師の仕事のうち』と思っているだけだが。


「ミス・レンツァー、いかがでしょうか?」


 尚も質問を重ねるシシュト殿下は、熱い恋の視線をキアラに注いでいる。

 そんな視線を見た事のないキアラからすれば、その強い熱量がただひたすらに怖い。


 どうにか助けを求めたくて、エスコートのように差し出されたルーレストの腕をぎゅっと握る。


「大丈夫ですよ、レンツァー師。貴女のことは、僕が必ず守りますから」


 やけに嬉しそうな声音で、そう言ってくれた。

 なのに、キアラにとっては、その視線もシシュト王子と変わらない感じがして、それも少し怖かった。



 それからルーレストに腕を引かれるままに、3人で少し歩きながら話していたが、シシュト王子が痺れを切らしたようにキアラに訴えかけた。


「ミス・レンツァー、今日は全く返事もしてくれないではありませんか。

 自分が何かしましたでしょうか。それとも、そのお隣の王子殿下のためですか?

 お願いですから、貴女自身の言葉を頂きたいのです。

 二人きりにして貰えませんか」


 言っていることは最もだと思うけれど、ルーレストが居る以上、キアラは話せない。


「レンツァー師、シシュト王子はそう仰っていますが、どうされますか。もちろん、断っても構いませんよ」


 キアラは悩んだ。

 相手は変人腹黒王子様で、結構苦手だと思っている人だ。自分一人で相手をするより、ルーレストが隣に居てくれた方が心強い。

 でも実際問題、ルーレストがいたら話せない。


 少し悩んだ末に、こくりと頷いた。


「どうされますか」


 ルーレストの問いには、手を離すことで答える。


「ミス・レンツァー! どうぞ、こちらへ!」


 喜ぶシシュト王子だけれど、そのエスコートの腕は取らない。あくまでも話をするだけ、と思ってバルコニーへ出た。


 何を言われるのかと身構えていたキアラだけれど、急に始まったのは歌だった。


『貴女の瞳がまっすぐに

 僕の胸へと突き刺さる

 その棘がもう一度

 ここに連れ戻してくれたから……ああ』


 (キメポイントなんだろうけどさ、そこで流し目をされてどうしろと……?

 どっかその辺のお嬢様でも捕まえてやってくれないかな)


 シシュト王子の渾身のアピールは、残念ながらキアラには全く届かなかった。


「いかがでしたか、ミス・レンツァー?」


「……はぁ。ぃい声、ですね」


「それだけでしょうか」


「……はぁ」


 感想を求められたから答えたまでで、芸術に疎いキアラはそれ以上の返事は出来ない。


 そんなキアラを見て、シシュト王子はすぐさま作戦を変えた。貴族は周りくどく歌や恋文でやり取りすることを好むが、キアラが望まないというのなら直接的にいくまでだ。


「以前のパーティーで、我が国へ来て頂きたいとお願いしましたが、その返事を考えて頂けましたか?

 俺は、本当に貴女の幸せを願っています。

 この国で、魔獣と王国の権力者の間ですり潰されて使い捨てられるのは、あまりに残酷な未来ですから。

 どうか、俺と共に、レスティス王国へ来て頂けませんか」


 その言葉に、キアラよりも先にアズーラ中尉が反応した。

 気色ばんで肩をいからせ、反論しようとするのを手で制する。


「それは、嫌です。私は、ここが、この国が、好きですから」


「ですが!」


 尚も食い下がって来るので、ヴェールをぱさりと払う。

 これだけの熱意を向けてくれるのだから、せめて目を見て話さないと失礼だろうと思って。


 そして、その真摯な黒い瞳に見据えられたシシュト王子は、外交官として鍛えられているにも関わらず、怖気付いてしまうほどの圧力を感じた。


「そこまで、あの男を、想っているのですか?」


「……あの、男……?」


 キョトンとして首をひねる様は、先程感じた圧力が嘘だったのかと思うほど幼く可愛らしいのに。


「ルーレスト殿下のことです。彼に、個人的な想いがあるのかと」


「……ぁっ、違いますよ! ……でも、そうですね。

 あの方のことは、尊敬、しています」


 その言葉には、想像を絶する重みがあった。


 恋する乙女が王子様を見つめるのとはレベルが違う、何か果てしなく重いものを背負った者の呟き。

 その黒い瞳に吸い込まれそうな、それでいて、世界の全てを諦めたような、不思議な感覚。


 正体が分からないからこそ、シシュト王子はレンツァーのことが気になった。

 自分に靡かない女など国にはいないから、そうでない者が欲しくなった。


 だが、彼はようやく気づいたのだ。


 キアラ・レンツァーは、そんな簡単な興味で手を出せるほど生ぬるい相手ではない。

 深く重い『何か』を背負っていきているのだと。


 まっすぐ真摯に見つめるその瞳だけで、それを十二分に感じてしまった。


「分かりました。ありがとうございました」


 それ以上の言葉を紡ぐこともできず、その場を立ち去ったシシュト王子の背中を見ながら。


 (……納得してくれて良かったあ!)


 あくまでも呑気なキアラだった。



 ヴェールをきちんと被り直してホールへ戻ると、すぐにルーレストが見つけてくれた。


「レンツァー師! ご機嫌いかがですか」


 こくり、と頷く。


「あまりお食事も食べられていませんよね。軽くつまめるものもありましたから、向こうへ行きましょうか」


 またこくりと頷く。

 それだけで汲み取って貰えることが有難かった。

 そして、ルーレストもまた、自分の腕をとってエスコートさせて貰えたので満更でもない。


 そんな二人はかなり良い絵になっており、話しかけようと近づいた者も、そっとその場を離れたのだとか。


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