71.パーティーへの招待
その週末は魔王討伐作戦は無いと言われて、のんびりする気満々のキアラは、生徒会室で遊び半分で仕事をしていた。
「あれ、会長、珍しく髪セットしてるじゃん、どうしたの?」
そして、イヴとルーレストの話も、何となく聞いていたのだ。
キアラはルーレストの髪がいつもと違うかどうかなんて、見てもあんまり分からないな、なんて思いながら。
「今日はこの後王宮で少し用事があってね。あんまり時間が無いから先にやったんだよ」
「やっぱ勇者様は大変だねぇ」
「いや、どちらかといえば王子の仕事かな」
「会長は勇者様兼、生徒会長兼、王子様だもんね。そりゃあ仕事多いよね〜、頑張って!」
応援するイヴは至って気楽そうだが、キアラは内心冷や汗をかいていた。
(あっぶなぃ、忘れてた! 私も仕事なんだった)
パーティーの護衛があるから出席するように、と言われていたのに、すっかり忘れ去っていた。
もしくは行きたくなさすぎて、記憶の中から抹消していたか。
しかも、実は今回のパーティーは、ただの護衛任務ではない。
キアラ本人に知られると全力で拒否されるのでアズーラ中尉は黙っているが、実はキアラは護衛ではなく客として、ちゃんと招待されているのだ。
珍しく。
しかも、パーティーの主賓であるレティス王国からの指名で招待されている。
指名したのはもちろん、第4王子シシュト殿下だ。
夏の間、何度も手紙を書いたのに、来る返事は部下の代筆ばかり。
熱い恋文への返信が至って事務的に処理されていることに不満を抱いた王子様は、『直接本人の心に触れたい』との謎発言でキアラと会う場を欲しがったのだ。
近年レティス王国との貿易を活発化させているガレス王国としては無下にできる相手ではない。
かといって、個人的に会って、レンツァー師を娶られたら、魔境戦線の維持に直結する重大事案だ。
なので、パーティーで会わせて、断らせよう、という算段である。
しかし、そんなことを知らないキアラは至って普通だ。
生徒会の仕事をとっとと片付けて、寮へ帰る。
「……カリナ、ごめん。お仕事あるの、忘れてた。
今日、夜、一緒に、勉強してくれる、って言ってたけど、無理」
「そうなの。キアラはほんと忙しいよね。
私は全然大丈夫だから、お仕事頑張って。
行ってらっしゃい」
「……ごめん、ありがと」
優しい友だちに見送ってもらえたから、憂鬱なパーティー護衛に向かう足取りが、ほんの少しだけ軽くなった。
そうして兵団に帰れば、この男ばかりのむさ苦しい軍隊に、似つかわしくない魔女のドレスが準備されていて面食らってしまう。
最近ようやく慣れてきたキアラ・レンツァーの執務室なのに、間違えて違う部屋に入ったかと思った。
「……アズーラ中尉、何が、ありました?」
「本日のパーティーはレティス王国との親善交流ですから、ドレスが必要とのことです。
口元の覆いとヴェールもありますから、顔は見えませんよ」
スラスラと喋るアズーラ中尉だけれど、問題はそこでは無い。
そもそも、このドレスはどこの貴婦人用かというくらいエレガントで繊細で。
濃紺の闇色から、月に照らされた夜空の瑠璃色、そして輝く月の薄青色まで、夜空を閉じ込めたような一着はため息が出るほど美しい。
けれど、ちんまりした16歳のキアラが着こなせるとは到底思えない代物で、仮装にしたってもう少しやりようがあるのでは、と思われそうだ。
「……ドレス、私が、着るんですか!? 着ませんよ!?」
どんなパーティーも、キアラ・レンツァーは魔導六師のローブで出席してきた。
そりゃあ貴族のお嬢様方はみんなドレスを着ているけれど、自分が着てどうするんだ、と思う。
「先方からの指名があった後、ルーレスト殿下が直々に手配してくださった物です。
身につけないのは双方に対して失礼にあたるかと」
「……ぅぇえ〜、ルーレスト先輩が……?」
気持ちは嬉しいけれど、はっきり言ってありがた迷惑だ。
キアラはこういうのが嫌いだし似合わないと、分かってくれそうなものなのに。
(……いや、違うか。先輩にとってキアラとキアラ・レンツァーは別人だし、これはレンツァーへの物だ)
「というか、ルーレスト先輩と、レンツァーって、特に接点、ありません、よね?」
「そんな事はありませんよ。そもそもレンツァー師は魔導六師《殲滅の魔女》で、魔獣討伐に関してはもはや英雄と称して差し支えありません。
そんな方に、王子殿下がドレスを贈るのは不自然ではないかと。
それに、夏前のパーティーでの魔族襲撃ではルーレスト殿下を守りきりましたし、先週の魔境遠征でも魔族と戦い、勝利をおさめています。
殿下はレンツァー師のことを、尊敬していらっしゃいますよ」
「……尊敬? 先輩が??」
キアラとしては、自分がルーレストのことを尊敬しているけれど、逆となると想像もつかない。
「はい、尊敬していらっしゃいます。
それに、その『先輩』という呼び方は良くありません。『殿下』と呼んでください」
「……はぁ」
「では、時間もありませんから早く準備をしましょう。嫌がっていても仕方ありませんからね。
グダグダしていたら間に合わなくなりますよ!」
「……ぇえ〜」
テキパキと準備を進めるアズーラ中尉を、恨めしそうに見つめるキアラだった。
ルーレストがプレゼントしてくれたのはイブニングドレスらしく肩の開いたものなので、一瞬キアラは怖気付いた。
けれど、結局は薄手のケープと黒いレースの手袋をして、その上にヴェールと口元の覆いを付けたらさほど気にならなくなった。
(……でも、服が重すぎるよぉ……)
華やかなドレスを見ることはあっても、着るのは初めてだ。
あまりの締めつけと重量感に、まだ行ってもないのに帰りたくなるキアラだった。
「おぉ〜。レンツァー師、意外と似合っていますから、自信を持ってください」
そう評するアズーラ中尉はかなり失礼だと思うが文句を言う余裕もない。
(似合ってる、って言うけど、これだけ全部隠すなら、誰でも一緒でしょ)
心の中で毒づくキアラだった。
そして、兵団からは歩ける距離なのに、ドレスに相応しい豪華な馬車を手配されていた。
もう突っ込む元気もないキアラは言われるがままに乗り込む。
というか、人生初ヒールは、高くてよろけるので馬車があって助かった。
キアラは魔法に関しては王国いちの実力だけれど、運動神経は人並み以下なので。
「既にお疲れのようですが、今日の概要をご説明致します」
「……はぃぃ……」
キアラはもう帰りたくて堪らないけれど、これからパーティーに行かなくてはならない。
しかも、いつものように壁際でぼーっと会場を見渡しているだけとはならないだろうから、聞いていないと後々自分が困る。
「まず、今日の夜会の主賓はレティス王国のシシュト殿下で、レンツァー師を直々に指名してきました」
「……はぁ。誰ですか?」
その返事に、アズーラ中尉は呆れ返った視線を向けた。
「魔族襲撃があった時に、レンツァー師とバルコニーで話をしていた方です。
夏休み中に手紙を3度頂きました」
「……? ……ぁっ、あの、変人腹黒王子様」
「レンツァー師、決してそのような言い方はなさらないよう、お願いしますよ!」
ようやく思い出したキアラに、アズーラ中尉がぶっとい釘を刺す。
この人は場慣れしていなさすぎて、うっかりポロッと言いかねないので、副官は夜会が始まる前から既に胃が痛くなってくるのだった。




