65.錬金術教師
今期も錬金術の授業を選択したので、その授業後にルーティンと化している調薬をする。
最近の週末は、兵団に帰っても何かと忙しいので、ゆっくり調薬をする時間は中々取れないのだ。
だから、消費の激しい点滴は学園で作ることにしている。
「……し、失礼します……」
授業が終わればこちらを振り返ることもしない先生の背中に一言だけ声を掛けてから、いつもの準備を始める。
先生はいつも錬金術の教室と続きの隣になっている研究室に篭もりっぱなしなのに、なぜか今日はわざわざ出てきた。
この先生は酷く偏屈なおじいちゃんで、白い眉毛が目にかかるこの顔を、授業後に見るのはなんだか新鮮な気すらする。
「ふむ、この薬は、何に使うものじゃ?」
珍しいことが起こっているのに、全くそれを感じさせず、まるでいつもの授業中かのように質問をしてくる。
「……私の、魔力の、暴走を抑える、薬です……」
「ふむ。では、材料はどこで調達しておるのじゃ?」
「……ぇっと……私は、王都にある、薬局に勤めているので……そこで、買って、います……」
用意された答えをそのまま言うけれど、薬に詳しい相手に言うと嘘がバレるのではないかとヒヤヒヤする。
「ふむ、中々に高額じゃがな。
では、この薬草の組み合わせも、そこで学んだのか?」
「……はぃ」
実際には軍属錬金術師の師匠に教えてもらったけれど、それを今言うとめんどくさい話になりそうなのでやめておく。
「ふむ。調薬のクセはレンザに似ておる。彼奴から教えられたのじゃろうて」
「……」
レンザ、というのがキアラの師匠だ。
やっぱり師匠を育てた人には隠し事は出来ないか、と思うけれど、自分と軍の関係はあくまでも秘密にしておきたいので黙る。
「ふむ、まあ良い。レンザからは特に何も言わんと設備だけ使わせてやっとくれと言われとるしな。
しかし、前期とは違うもんを持ってきとるな?」
「……ぁっ、はぃ……」
まさか自分の調薬の中身まで把握されているとは思っていなかったので、反応に困って固まってしまう。
「この薬草は使い方を誤ると劇薬になる。この部屋にもあるような基礎材料との組み合わせでも、じゃ。
充分に、取り扱いに注意するのじゃぞ」
「……はぃ……」
その素材は魔王城で得た知識から使い始めたもので、師匠に教えられたものではないから言い訳に困る。
魔法兵団ではよく使われる素材なので入手には困っていないけれど、もしかしたら一般的な素材じゃなかったのかも。
更に突っ込まれて聞かれたらどう答えようかと真剣に考え始めたころ、老教師は急に興味を失ったかのように研究室へ戻って行った。
そのいつもと変わらない後ろ姿を見て、そっと胸を撫で下ろしたのだった。
しかし、その日の夜。
自室のシャワーを浴びている時、何となく気になったことがある。
「……魔王の証、広がってない……??」
胸元と足首に浮き出ていて、刺青よりももっと黒くはっきりとした証は、今のキアラにとって一番のコンプレックスだ。
毎日見ているはずなのに、なんだか広がっている気がする。
(えっ、やだ、やだ! 魔王に近づいちゃってるってこと!?)
狭いシャワーブースの中で一人大混乱に陥る。
魔王の証が広がって、いつか肌が全部黒くなったら……?
(嫌だ、そんなの嫌だっ! きっと、勘違いだと思う!)
現実から目を背けたいけれど、見ないことにして逃げていたっていいことはない。
(そうだ、ちゃんと記録しておこう)
最近、授業で錬金学や魔法生物学、術式学などで実験や観察をすることが増えてきた。
その授業では、きちんと継続的に記録をとって観察するのが大事だと習った。
シャワーが終わってから部屋に手鏡を立てかけ、丁寧に模写をする。
カリナの部屋には大きな姿見があったけれど、キアラが持っている唯一の鏡がこれなので。
鏡が小さいので遠くに置くけれど、キアラは目がいいので細部までちゃんと見えるのがまだ救いだな、なんて思いながら観察を続けた。
いい歳の女の子が上裸でお絵描きしてる絵面はだいぶヤバいと思うけど、だれもいないのでギリセーフ。
ついでに足首の記録もとったけれど、それはきっと服を着てから描いた方が良かったよね……。
それから3日間。
「大丈夫だ、広がってない!」
毎日観察したけれど、最初の日に描いた図から証の大きさや場所、カタチは変わっていなかったので、ホッと胸を撫で下ろす。
こうして、ひと安心できるのも、学園できちんと手法を習ったおかげだな、と思うのだった。




