64.手芸部の文化祭
授業の内容は前期よりも格段に難しくなった。
けれどキアラは古代語を完璧にマスターしたので、結構分かりやすいな、なんて思える余裕が生まれている。
団長命令で履修することになった封印術は1週間遅れで受け始め、代わりに魔獣学をやめた。
魔獣学は、防衛戦線付近によく現れる魔獣の特徴や弱点を学ぶもので、全部まとめて吹き飛ばすキアラには全く要らない授業だったからだ。
夏休み明けすぐだけれど、学園内は文化祭ムード一色なので、今日はソフィアとカリナと一緒に手芸部に来た。
最初、カリナはバトルクラブに入っているから手芸部には来れないと言っていたけれど、結局手芸部に来ていることの方が多い。
本人は「就職が良いって聞いたからバトルクラブに入ったけど、どうせ地元に帰って就職するし、手芸部の方が良いかな、って」と、楽しそうに活動している。
手芸部へ行くと、ルチアが他の後輩と一緒に文化祭の飾り付けを作っていた。
「ん〜、それはもうちょっとこっちにずらして、で、ここにこれを付けたら……」
「いや、先輩、やっぱりこれの方が良いんじゃないですか?」
ワイワイガヤガヤと、とても楽しそうだ。
「あっ、みんな来てくれたのね〜。ねえ、これどっちがいいと思う?」
花を付けるのが魔法陣の右か左か、なんてキアラにとっては非常にどうでもいいことで、良さは分からないから自分の作業を始める。
けれど、ソフィアとカリナは分かるようで、真剣に話し合いをしていた。
中でも、ルチアの気合いは相当なものだ。
「例年、展示は奥に追いやりがちだけど、今年は違うのよ! 《殲滅の魔女》キアラ・レンツァー師の指名依頼を頂いて、実際に魔法兵団で使われる魔法陣を作っているのですから、大々的に宣伝しなければ!!!」
使命感に燃えているのはルチアだけではない。
学園にとっても大きなアピールになる、とのことでメインホール前の良いスペースを割り当てられているので、飾り付けにも熱が入る。
ちなみに、展示するのは紙に描いた魔法陣の図案だけだ。
キアラとしては、手芸部が作ってくれた物なのだから、文化祭の数日間だけでも本物を一組返そうとした。
アズーラ中尉からそれとなく聞いてもらったけれど、あくまでも固辞されたそうだ。
「展示なんて、図案で充分ですから、私達が作ったものはぜひ前線でお使いください」
そう語るルチアは、さすが魔獣と戦い続ける国の人だと思う。
実際問題、たった数日でも拠点から取り上げるとなれば苦情は出ると思うし、それほど役に立っているから、図案で良いというならそうして欲しかった。
魔法陣の今の運用方法としては、危機的状況に陥った時の緊急支援用だ。
週に一回しか使えないので、それ自体で討伐するのは無理がある。
しかし、魔獣の数が一気に増えた瞬間に作動させられるというのはかなり大きな魅力だ。
実際、各部隊の消耗率はかなり下がったので、今は4セットしかないけれど、各拠点に一組欲しい、という要望が出ている。
なのでキアラは、せめて自分も頑張ろうと思って、みんなが文化祭の準備をするのを見ながらちまちまと刺繍を進めているのだ。
「ルチアちゃん、こっちとのバランスをちょっと見てくれませんこと〜?」
おっとりとした部長がルチアを呼びに来た。
部長が担当しているのは作品を販売するブースで、主に夏休み中にそれぞれが作ったものを売るらしい。
「部費のためですからね、綺麗にしておかないと!」
予算に細かいルチアはこちらも念入りに調整している。
「部長〜? 今年は展示が広いから、体験ブースの場所があんまり無いんですけど、どうします?」
「そうねぇ、でも例年粘土細工の体験でしょう?展示と近づけると汚れるし、場所もとるし……。
いっそ、今年は無しでもいいわよ?」
「うーん、でも、体験ブースで申請出しましたよ」
キアラは『今なら修正出来ますよ』と言おうとして、ふと思いついた。
「……刺繍、体験って……難しいですか……?」
「あら、それはいいかもしれないわね」
キアラの呟きに近い言葉も、部長はちゃんと聞いてくれていた。
「でも、レンツァー師からのご依頼ですよ? ご意向に逆らうことになりますから、流石にそれは良くないと思いますわ」
ルチアはあくまでも反対派だ。
でも、当のレンツァー師本人が提案していることなので、全然逆らってはいない。
「……次に、兵団の方が、来た時に……聞いてみたら、どうでしょう……」
「そんな恐れ多いっ!」
「ルチアちゃんが聞かなくても、わたくしが聞きますから、大丈夫よ。広報としても人手集めとしても、いいんじゃないかしら」
そのあと鳥手紙でアズーラ中尉にチラッと言っただけで、かなり乗り気だった。
軍というのはいつの時代も金食い虫なので、国民の支持を得るための広報活動は欠かせないのだとか。
そうして次に手芸部へ行った時には、粘土体験コーナーは綺麗さっぱり消滅していた。
その代わりに、
『あなたのひと針で魔獣を倒そう!』
というキャッチコピーがデカデカと書かれた看板が作られていて、その勢いにキアラは少し引いてしまった。
キアラが何となく眺めていると、テンションが高すぎるルチアが解説を始めた。
「キアラちゃん、ナイスアイデアだったわ。
兵団のアズーラ様に聞いたら、即座に許可してくださったのよ。しかも、情報漏洩の観点から、って色々アドバイスもしてくださって!
あんなにスラスラと出てくるなんて、さすが魔法兵団の方は違うわよね!」
実際のところ、アズーラ中尉は事前にキアラから得た情報を元に色々検討してから来ただけだと思うが、それを知らないルチアには素晴らしい人に見えたみたいだ。
「しかも、あのアメシスト色の瞳もとてもお綺麗で……かっこいいわ、なんて。きゃー!」
ひとりで勝手に顔を覆うルチアを、なんだか楽しそうだな、と他人事のように見つめる。
(アズーラ中尉、たしかに顔は結構良いけど……。
期待しすぎない方が良いと思うけどなぁ……)
しかし、ルチアが勝手に憧れる分にはまあいいや、と生あたたかい目で見ながら放置することにした。




