63.操られた王子
もし本当に闇の精霊が解放されてしまったのなら、ルーレストの生命が危ない。
そう思ったキアラは、夜も遅いけれど男子寮に向かうことにした。
文化祭のことで聞きたいことがある、と言い訳して寮監にルーレストを呼び出してもらい、男女共用スペースの中庭へ出る。
その時、彼の様子を注意深く見ていたけれど、いつもの穏やかな雰囲気で、操られている感じはしない。
「キアラ君、こんなに遅くにどうしたんだい?」
キアラが呼び出すなんて初めてのことだから不思議そうにしている。
「……ぃえ、ちょっと、聞きたいことが、あって……」
でも、どう聞けばルーレストが操られずに話を聞けるだろう。
「……ぁの、アクセサリーとか、興味、ありますか……?」
キアラが思いつく限り、遠回しな聞き方をしてみた。
あれだけ毎日していたペンダントをしていないので、その意図を汲んでくれないかな、と思って。
「アクセサリーかい? 家の者が準備した物を使っているから、特にこだわりとかは無いけど」
「……そう、ですか……ぁの、ペンダント、とかは……?」
そう言った瞬間、ルーレストの目が虚ろになった。
「あんまり好きじゃないね。たまには使うけど、パーティーに出る時くらいかな」
明らかに返事がおかしい。
毎日欠かさず付けていたのに、たまに使う、とは。
……既に、操られている。
(やっぱり、操られてる時は、目がおかしくなるんだ。
しかも、その鍵はヴィルヘルムの名前じゃない。
せんぱいが、ヴィルのことを思い出したかどうか、とか……?)
考えても分からないけれど、迂闊に操られた状態にしてしまったのだから、何とか解除しなければ。
(この前の時はどうだっけ……? そうだ、エルデ君が来てくれたんだ。
でも、ここには誰も来ないでしょ……)
遅い時間の中庭をウロウロするなんて、その人の方がもはや怪しいくらいだ。
誰かの助けが望めないなら、キアラが自分で解決するしかない。
「……ぁの、せんぱい……? どう、しましたか……?」
ヴィルヘルムの精神操作がどこまで作用するか分からないので、あくまでもそっと声を掛ける。
それでも曖昧な返事しかしてくれないから、肩を揺らそうと手を伸ばした瞬間。
バチイィッ
大きな音をたてて弾かれた。
(……結界っ!?)
これが、ルーレストの意思で掛けられた結界なら、もちろんそのままにするつもりだった。
でも、そんな訳がないと断言出来るくらい、彼は虚ろな目でどこかを見ている。
(よし、壊そう。もし壊したらいけないものでも、アズーラ中尉に頼めばどうにかしてくれるでしょ!)
バチバチと結界に弾かれてもそのまま手を伸ばし続け、魔力を注ぐ。
魔王の魔力は文字通り無限なので、結界の術式に内側から圧をかけて無理やり破壊した。
バキィィン!!
先程より数段大きな音をたてて、結界が弾け飛んだ。
そうしたら、虚空を見つめていたルーレストの瞳が、急に元に戻る。
「……ぇっと、ルーレスト先輩、大丈夫ですか……?」
「ごめん、何があったのかな? 凄く大きな音がしたと思うんだけど」
(やっぱり、何も分かって無いんだ)
「……せんぱい、ヴィルヘルムが、どうなったのか、分かりますか……?」
「ん? ヴィルが……? そうだ、ヴィルが、ヴィルヘルムが!!!」
きっと精神を操られて思い出せなくされていたのだろう。
急に全てを思い出した彼は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「……ぁの、アシェが、ヴィルがいない、って、教えてくれたんです」
「キアラ君、協力感謝する。だが、この件は機密事項だ。申し訳ないが、他言無用とする。王族命令だ」
まっすぐキアラを見詰める瞳は、もう操られてはいない。優しくも穏やかで、でも芯の通った強い瞳。
「……はぃ」
だから、キアラも精一杯はっきりと返事をした。
その週末、兵団に帰った時には既に諸々の調査結果が出ているとの事で、相も変わらず団長室に呼び出された。
「レンツァー師、調査ご苦労! ルーレスト殿下だけではなく、封印の一族全体が操られていたようだぞ」
開口一番、衝撃の事実を伝えられて驚く。
「ルーレスト殿下のペンダントに封じられていたのは、闇の精霊で間違いないとされた。
闇の精霊は、数世代にも渡って少しずつ精神干渉を行い、魔力を吸ってチカラを蓄えていたようだ。
特にペンダントの形にしたのは先々代当主で、それも封印術の運用としては考えられないことだが、毎日身につけたいと思わせるように操られていたという。
それから毎日封印の一族の魔力を溜め続け、更に勇者の上質かつ多量の魔力があった事で、封印解放されてしまったという事だ」
キアラは、もしかしてアシェがヴィルを解放してしまったのでは?と不安になっていたのだけれど、そうではないみたいで良かった。
いや、良くはないけど。
「そして、闇の精霊は魔王とも近い性質を持っているから、魔王復活が早まる可能性が高い。
まだ完全復活はしていないようだが、時間の問題だ。
もう少しルーレスト殿下が勇者の力に慣れて訓練が進んでから、と考えていたが、その猶予も無い。
可及的速やかに魔王を討伐し、その後闇の精霊を封印しなければならない」
そう言い切る団長の瞳は覚悟がキマっていて、上層部でもかなりの重大事項と見なされているのだと分かる。
キアラの本音で言えば、『魔王はまだ復活しないので先にヴィルを封印したらどうですか〜?』って言いたいけど、さすがに言えないので黙っておく。
「第一陣は来週末、または来々週だ。レンツァー師の魔境戦闘能力は間違いなく王国トップであるため、勇者に同行するように」
「……はぃ」
魔王討伐に魔王本人が同行するなんて笑えないギャグだな、とは思うけれど表立って拒否するつもりもないので従っておく。
もしも魔族の誰かが来てしまったら、討伐されない程度にどうにか引き離さなきゃ、なんて小細工も出来るし。
「他にも兵団員を付けるが、レンツァー師は、勇者に近しい実力があると評価している。
魔獣戦闘だけでなく、魔族や魔王との戦いでも、期待しているぞ」
そう言われて、キアラは急に不安になってきた。
魔獣は王国でいうオオカミやシカのような野生動物と同じ感覚なので平気で倒せるけれど、仲良しの魔族と戦うのは絶対に嫌だ。
しかも、魔王戦の相手は自分自身だから、勝つとか負けるとか以前の問題だ。
団長が期待するような戦果は、絶対に出せない。
それだけでも嫌なのに、ルーレストにキアラの正体がバレないように動かないといけない。
その任務の難易度の高さに、すでに胃が痛くなってきたキアラだった。




