62.緊急通達
兵団から学園に帰った翌朝。
こんなに朝早くだというのに魔法兵団からの通達がやってきた。
いつものアズーラ中尉の鳥手紙なのでまた面倒事かと思って開けたら、中身がかなり多かった。
この手紙は特性上証拠が残りやすいので、いつもは呼び出しとだけ書かれていて、要件は口頭なのに。
週末まで待てないほどの何かが起こったのだろうから、かなり憂鬱な気持ちになりながら続きを読む。
その中身は、ルーレストが日常的に使っている黒いペンダントの色が黒から透明に変化していたという話だ。
元々、このペンダントの石は魔石ではなく単なる宝石だと周りに言っていた。
というか黒は闇魔法の色で、それは現代では禁術なので、魔石だったら大変なことだ。
それを偽っていた上、透明に変化したということはその中身の魔力を使って魔法を行使したということで、それは完全に禁術使用に他ならない。
今のところ周囲に影響は出ていないし、王子の身分があるため即刻逮捕とはできないが、かなり疑わしい状況のため要観察、とのことだ。
(大変だ、やっぱり、ヴィルヘルムには何かがあるんだ……!!)
読み終わったキアラの脳内には、精霊学のヌスラ先生の話が蘇っていた。
『闇の精霊は人々の心を操り、弱った精神を喰らう』
もしも、本当にルーレストのペンダントに居る精霊が闇の精霊ヴィルヘルムであれば、彼の精神が操られているかもしれない。
それは由々しき事態なので、キアラは早速調査することにした。
とはいえ、諜報部の専門教育を受けていないキアラには調査なんて当然ながら出来ない。
だからキアラは自分に出来る方法で調べることにしたのだ。
その、方法とは。
「……ぁの、ルーレストせんぱい、教えて欲しいことが、あるんですけど……」
必殺、直接聞いてみる! だ。
アズーラ中尉が聞けば頭を抱えそうだが、キアラはこの方法しか知らないのだから仕方がない。
これでも、放課後早めにきて生徒会室に行く前の部活棟の廊下を張り込みをして、誰もいない所でルーレストを捕まえただけ良い方だと思っている。
「どうしたんだい?」
そう返してくれるルーレストは、いつも通りの穏やかで優しい人だ。なのに。
「……ぁの、ヴィルヘルムって、最近、どうしてますか……?」
恐る恐る訊くと、その途中でなぜか急にぼんやりし始めた。
「……ぁの……?」
「うん?どうしたんだい?」
一応呼びかけには応えてくれるけれど、どこか遠くを見ているようなその瞳は、明らかにおかしい。
誰かに操られているとしか思えないような虚ろな目だ。
「……っ、ルーレスト、先輩っ!!」
キアラに出来るかなり大きめの声で呼んでも、その目は戻らない。
そうこうしているうちに、エルデが来てしまった。
「会長、キアラ、どうしたんですか? 何かありました?」
室内に入らず話しているのを不思議そうに見ている。
「いや、別になんでもないよ」
タイミング悪いな、とエルデを見ていた目をルーレストに戻した時には、いつもの彼に戻っていた。
何事も無かったかのように、エルデに続いて生徒会室に入って行くルーレストの背中を、ぽかんとしたまま見つめることしか出来なかった。
その日の夜。
明らかに様子のおかしいルーレストを、兵団にどう報告すべきか頭を悩ませていた。
(私ひとりでどうにか出来ることじゃないけど、『ヴィルヘルム』っていうワードに反応している感じもするから、それを兵団にどうやって伝えよう……)
迂闊なことを言うと、芋づる式にアシェまで見つかりかねないし、そうなると魔王キアラの正体までバレる可能性もある。
「ねぇ、きあら〜」
蝶々の姿で遊びに行っていたアシェが帰ってきてすぐにキアラに絡む。
キアラが作業をしていたらひとりで大人しくしていることがほとんどなのに、今日は珍しいな、と思う。
「どうしたの?」
「ゔぃるが、いないから、ヒマなの! あそんで〜」
「えっ、ヴィルがいない!?」
背中を向けて手紙を書きながら聞いていたのに、急にタイムリーな話を振られたから、ぐるっとアシェの方を向く。
「うん、そうなの」
「いつからいなくなったの?」
「えっと、2日くらい前、かな?
いつも、きあらは忙しいから、一緒に遊んでたの。なのに、今日も、居ないの。
変、でしょ?」
変どころの騒ぎじゃない。
兵団から手紙が来た時期と、ヴィルヘルムが居なくなった時期はぴったり合う。
そして、闇の精霊が解放されてしまうという予言と、空になった黒い魔石。
全てが、繋がってしまう。
「ねぇアシェ、ヴィルは、何か言ってた?」
ルーレストは操られていたけれど、今見る限りアシェは操られていない。
出来るだけ沢山の情報が欲しかった。
「えっとねぇ、『自由に、なりたい』って言ってたよ。だから、なれたらいいね、って言ってあげたの」
それが直接の原因ではないだろうけれど、やっぱり封印された闇の精霊は、自由を求めるだろう。
そして、既に封印は解けてしまった後かもしれない。
キアラは、とてもとても胸騒ぎがするのを感じた。




