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お焚き上げ便~貴方の思い出燃やします~  作者: 渡辺河童


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9/10

9-名のない影

 夜、スマホに通知が届いた。


【供養対象:あなたの名前】


登録名:「羽柴恵子」

焚き上げ完了予定:48時間以内


ご注意:以後、「羽柴恵子」という名義は他の思念体により使用される可能性があります。


「……冗談、でしょ?」


恵子は笑おうとした。


でも、笑えなかった。


胸の奥が、どくどくと熱い――炭を飲み込んだように、重く、焦げるような痛みがある。


鏡の前に立つ。

呼吸を整え、名前を口にする。


「……私は、羽柴……恵子。はしば、けいこ」


その声に、鏡の中の自分が――瞬きしなかった。


違う。


“それ”は、自分の顔を模した別の何かだった。


    *


翌日、クレジットカードの利用明細が届いた。


名義が「羽柴恵子」ではなく、

羽嶋恵美子(はしまえみこ)」になっていた。


役所に確認しても、データベース上に「羽柴恵子」は存在していないと言われた。

住民票がない。保険証がない。マイナンバーも見つからない。


――名前が、燃やされている。


証明が、ひとつずつ、灰になっていく。


SNSのアカウントにもログインできない。

メッセージアプリの友達一覧から、恵子の名前が消えていた。


かつて自分とやりとりしていた画面には、

ただ「不明なユーザー」とだけ表示されていた。


    *


“声”を燃やした。

“子”を燃やしかけた。

そして今、“名前”が焼かれようとしている。


何も残らない。


自分の存在を形作るものが、言葉のひとつずつから失われていく。


瑞希に連絡を取ろうとした。

でも、スマホはもう使えなかった。


代わりに、ドアの下から一通の手紙が滑り込んでいた。


「羽柴恵子様 最終供養の儀へお越しください」

日時:本日 午後8時

場所:焚上村・火結び堂


    *


 ――――夜。

再び焚上村に足を踏み入れた恵子は、

かつて訪れたときと違う“静けさ”に気づいた。


村には誰もいなかった。

灯りも消えていた。

ただ、神社の奥、朱塗りの社――火結び堂だけが赤く灯っていた。


中には、『恵子とそっくりの“誰か』がいた。


恵子は、一歩引いた。

だが“それ”が振り返り、口を開く。


「あなた、ずっと“私の顔”で生きてたよね」


それは、かつて燃やされかけた少女の姿だった。


恵子の子として生まれるはずだった存在。


顔は恵子に似ていた。

肌の下、焦げた骨が透けて見える。


「声も、顔も、名前も、私にちょうだい」

「あなた、燃やすの下手だったから」

「ねえ、“ママ”って呼ばせてよ」


    *


 その瞬間、鏡のような御札の表面に火が走り、

“羽柴恵子”という名前がゆっくりと灰になっていくのが見えた。


その灰を、少女は手で受け止め、

にやりと笑った。


「ありがとう

 今日から、私が“羽柴恵子”」


恵子は、声を上げようとした。

けれど、喉が動かなかった。

口が開かなかった。

自分の声が、もう存在しなかった。


そして、少女が一歩踏み出したとき、

外の世界で、“羽柴恵子”名義のSNSアカウントが復活した。


投稿がされた。

笑顔の写真が載った。


「お焚き上げ、無事に済みました

 これで、また前に進めますね」


その顔は、恵子ではなかった。

けれど誰も気づかない。


“名前”がある限り、誰かがその人として生きられる。


    *


火結び堂の奥、黒い鏡の中に、

本物の恵子の姿が映っていた。


声も、名も、姿も焼かれた彼女は、

もう誰の目にも映らない“無名の影”となった。


だが、その目だけは、まだ焦げたまま見開かれていた。


「……やめて……」


その声なき祈りだけが、炎の奥に、まだ残っていた。

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