10-骨の指名
——午前3時27分。
高円寺・アパート一室のリビング。
スマホの通知が鳴る。
【お焚き上げ便:完了報告】
奉納者:羽柴恵子様
供養対象:「過去の声」「存在証明」「名」
焚き上げ:正常終了
※現在、羽柴恵子様の名義は次の使用者に“指名”されました。
指名対象:該当者記録なし
指名者:骨の記憶より抽出
スマホの画面が黒くなり、微かな白骨のような文字が浮かぶ。
「次の“羽柴恵子”が、世界のどこかで目覚めます」
*
日が昇る。
どこかの町のカフェ。
一人の若い女性が座っている。
明るいベージュのコート。髪は肩まで。名前を呼ばれて振り返る。
「羽柴恵子さん、診察室へどうぞー」
彼女は自然に立ち上がる。
診察券も、保険証も、名刺も、「羽柴恵子」の名を持っている。
けれど、彼女は“自分が羽柴恵子であること”に、何の疑問も持っていない。
なぜなら——そう“書かれている”から。
*
鏡の中、見えない焦げ跡がにじんでいく。
唇の端に、見覚えのない引きつれ。
声が、自分のものじゃないような響き。
だけど、彼女は気づかない。
それが“もともとの自分ではない”ことを。
お焚き上げ便は、今日も静かに続いている。
名前をなくした者に、
名前を求める者に、
燃え残った声を抱えた者に、
——骨の指名を送り届ける。
誰かが燃やした“思い出”は、
きっと別の誰かの中で、
また名前を与えられ、歩き出すのだ。
「……あなたの不要なもの、
私たちが、焚き上げます」
どこかで、微笑み声がする。
郵便受けに、ひとつの封筒が届いている。
金の箔押しで、こう書かれていた。
『お焚き上げ便』
*
羽柴恵子は、もういない。
けれど、羽柴恵子は、まだ生きている。
あなたのそばで、もう気づかれないまま。
——そして、その次の“あなたの名前”も、すでに焚き上げの準備が進んでいる。




