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お焚き上げ便~貴方の思い出燃やします~  作者: 渡辺河童


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4/10

4-焚上村

地図には、存在しない村だった。


ネットで検索しても、詳細な地図にも、国土地理院の情報にもヒットしない。

けれど、恵子の手元に残った「お焚き上げ便」の封筒には、たしかに記載されていた。


「東京都 奥多摩郡 焚上村三ノ沢一番地」


郵便番号は空欄だった。


「本当にあるの……?」


半信半疑で、JR青梅線の終点・奥多摩駅まで出た。

そこからさらに、バスに揺られること40分。タクシーに乗り換えて20分。

人家が途切れ、山道に入ってしばらくすると、運転手が唐突に言った。


「……ここ、降りるんですか?」


「えっ……?」


「この先、何もありませんよ」


恵子は、咄嗟に言葉を探した。


「知り合いの家が、あるって聞いて……」


運転手はそれ以上何も言わず、ただ不審げにドアを開けた。

恵子は一人、携帯の圏外表示を確認しながら、ひと気のない山道に降り立った。


    *


足元には落ち葉。空気は乾いていて、冷たい。

風の音さえ、なにかを隠しているように思えた。


標識はなかった。

だが、木の幹に古びた木札が釘で打ちつけてある。


「焚上村 ←三ノ沢」


「……ほんとにあるんだ……」


歩くたび、靴の裏に落ち葉が絡みつく。

森の中は薄暗く、遠くから焚き火のような匂いが、かすかに漂ってきた。


進むこと20分ほど。


やがて、谷間の底に、小さな集落が姿を現した。


数軒の古びた木造家屋。煙を上げる焼却炉の煙突。

その中心にあるのは、煤けた朱塗りの社――神社のような建物だった。


だが、何よりも恵子の目を奪ったのは、その建物の前に立つ『巨大な物置き場』だった。


金属の棚が何列も並び、棚にはびっしりと――何かが並んでいた。


ぬいぐるみ、写真立て、茶碗、指輪、手紙、卒業証書、包丁、壊れたスマホ……

すべて、“誰かにとって意味のあるもの”だったのだろう。


「……これ……」


その全てが、焦げていた。


火で焼かれ、熱で歪み、煤にまみれ、黒く変形している。


「よくいらっしゃいました」


後ろから声がした。


振り返ると、白い作務衣に身を包んだ老婆が立っていた。

肌は皺に埋もれ、両眼は黒く濁っているのに、恵子を正確に見据えていた。


「お焚き上げ便……の方ですか?」


「はい、私たちは『お焚き上げ衆』と申します。

 『燃やされた思い出』たちは、この地で一時(いっとき)、安らぎを得ております」


「……一時?」


老婆は微笑んだ。


「思い出は、ね……

 燃えて終わるものではありません……

 “燃える前”に、ちゃんと、語ってもらわなければ、

 持ち主の心が整理されていなければ――それは、ただの『焼き殺し』です」


そのとき、焼却炉の奥から、何かがくぐもった声で鳴いた。


「あけて……」


聞き間違いではない。

明らかに、何かが、内側から声を発していた。


恵子の手が、静かに震え出す。


「……あの……中に、何が……」


「忘れていった者たちですよ」


老婆は、空を見上げた。


「思い出されるたびに、あの子たちは形を取り戻す。

 でも、持ち主が“思い出した”まま、背を向ければ、

 ――未燃のまま、この村にとどまるのです」


その言葉の意味を、恵子はまだ理解していなかった。


けれど、胸の奥で、何かがざわついていた。


彼女の記憶の中に、“まだ焼け残っているもの”がある。

その気配が、この村の空気に混ざって、嗅ぎ取られている。


まるで、自分の心が――すでにこの村に焚べられたかのように。


    *


 ふと足元を見ると、焼却炉のそばに、黒焦げのペンが落ちていた。


それは、紛れもなく――彼の高級ペンそのものだった。


だがそれは、ただのペンではなかった。


拾い上げてみると、ペンの軸に、明らかに“骨”のような質感があった。


骨の芯に外装をかぶせたそれは、まるで誰かの指の一部のように、そこにあった。

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