表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お焚き上げ便~貴方の思い出燃やします~  作者: 渡辺河童


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

3-燃えたものは戻らない

朝、目が覚めて最初に見たものは、黒く煤けたボールペンだった。


昨夜、夢の中で見たはずのそれが、現実の手の中に握られている。

胸のあたりにぐしゃりと押し当てられていたせいで、パジャマの布地には細いインクの滲みが広がっていた。


「……嘘、でしょ」


ボールペンは、確かに恵子が“お焚き上げ便”に送ったものだった。

恋人が仕事で使っていた高級ペン。名前の彫り込みは火に焼かれたように消えていたが、重みと触感は間違いなかった。


まるで、灰の中から舞い戻ってきたかのように。


    *


 その日、職場のデスクに座っていても、思考が上滑りした。

メールの文章が頭に入らず、電話の声が遠い。


唯一、リアルに感じたのは――

指先から伝わるインクの匂いだった。


仕事用のボールペンから、かすかに焦げたような臭気がする。

ペンを外に置いていた間も、それは絶えなかった。


「羽柴さん、ちょっと顔色悪いよ、大丈夫?」


同僚に声をかけられても、うまく笑えなかった。

むしろ、自分が今“どんな顔をしているか”が分からなかった。


    *


 帰宅後――――――

封筒を送ってから、二日目の夕方。


玄関を開けた瞬間、空気が変わっていた。

焦げた匂いが、より濃くなっている。

しかも今度は、どこか“生臭い”。


魚でも肉でもない、人の汗と熱が混じったような匂い。


「……誰か、入った?」


疑いを込めて室内を見回すが、玄関の鍵にも窓にも異常はない。

ただ、リビングの床に、黒く濡れた跡が、ぽつんぽつんと点在していた。


まるで、誰かが焼け焦げた足で歩いたような痕跡。


鳥肌が立つ。


「やめて……やめて……私、ちゃんと手放したのに……」


そう呟いた瞬間だった。


棚の上のぬいぐるみが――ひとりでに床へ落ちた。


乾いた音。けれど、明確な“意志”がそこにあった。


拾おうとして、恵子は手を止めた。

ぬいぐるみの顔が、ほんの少しだけ変わっていた。


眼球が――なかった。


縫い込まれていた黒いビーズの目玉が、きれいにくり抜かれている。

その穴の奥に、赤く細い糸くずのようなものが、ずるりと這い出ていた。


そのとき、耳元で、誰かの声が囁いた。


「……返して。あの人は、まだここにいるから」


振り返っても誰もいない。


だが、次の瞬間。

壁の黒い跡が、文字になっていた。


灰色の指先でなぞったような筆跡。


「燃えたものは、戻らない

 でも、お前が“思い出して”しまえば、それはまた、形を持つ」


その文の下に、もう一言。


「——恵子、まだ愛してるよ」


それは、元恋人がよく使っていた文体だった。


    *


恵子は、震える手でスマホを取り、再び「お焚き上げ便」の封筒に記載されていた番号に電話をかけた。


コール音は続き――やがて、途切れた。


無機質な自動音声が再生される。


「こちらは『お焚き上げ便』、お心の整理は順調でしょうか?

 次の“お品物”の回収に伺いますので、ご用意くださいませ」


その声は、妙に明るかった。


だが、その背後で、かすれた呻き声のようなものがノイズの中に混じっていた。


「……やめて……返してよ……」


恵子はそう呟いた。

でも、返ってきたのは、同じ言葉だった。


「返してよ……

 あの人を……あの時のまま、燃やさないでよ」


スマホのスピーカーから漏れたそれは、まぎれもなく――自分の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ