2-最初のお焚き上げ
「燃えるってことは、消えるってことだと思った」
そう言ったのは、恵子がまだ大学生の頃、付き合っていた男だった。
彼は失恋するたび、相手からもらったものをベランダで燃やしたらしい。
手紙も、ぬいぐるみも、写真も――。
「灰になったら、気持ちもさっぱりするんだよ。…ま、俺だけかもな」
あのときは子供っぽいと笑った。
だが今は、少しだけその意味がわかる気がする。
*
恵子は、帰宅後、湯を沸かしながら、机の上に「お焚き上げ便」の封筒を置いた。
中には和紙の案内と返信用の大きな封筒が入っている。
住所の記載は「焚上村」。聞いたことのない地名だ。
「宗教……じゃないよね?」
わからない。だが奇妙に丁寧で、悪意のようなものは感じない。
それに――このタイミングで届いたのは、まるで運命みたいだった。
引き出しから、あの箱を取り出す。
別れた男との思い出が詰まった、小さな紙箱。
・手紙。誕生日に書いてくれたもの
・2人で撮ったプリクラ
・あの人が使っていた高級ペン
・そして、彼からもらったクマのぬいぐるみ。
指先が一瞬、ためらった。
けれど、これを捨てられずにいたことで、恵子は立ち止まり続けていたのかもしれない。
そう思い、すべてを封筒に詰めた。
宛先は既に印刷されており、切手すら不要だった。
まるで、誰かが“これを出す時期”を最初から決めていたかのように。
夜のコンビニへ歩き、ポストに投函する。
封筒が滑り落ちる音が、やけに重く響いた。
――カチャン、と中で金属がぶつかる音がした。
……あれ? そんなもの、入れたっけ?
*
翌朝。
ポストに、一通の手紙が届いていた。
封筒には「お焚き上げ便」と、再びあの金の箔押し。
信じられないことに、昨日送った封筒は、もう“焚き上げ済み”だという報告が来ていた。
中には、焚き火の写真が一枚同封されていた。
夕闇の中で、赤く燃える火。その中に、確かにぬいぐるみの黒焦げた耳が見える。
「……早すぎない?」
まるで、最初から火の中にあったみたいだ。
だが、確かに恵子の心は軽くなっていた。
長く胸に刺さっていた針が、まるで無くなったように。
*
けれど、最初の異変はその夜だった。
部屋の隅――、テレビと壁のわずかな間から、焦げたような匂いがした。
香ばしさではない。
古い電気コードが焼けたような、不快な、金属混じりの臭気。
「どこかショートした? ……いや、焦げ跡なんて……」
壁紙に、ほんの小さな“黒い指先の跡”のようなものがついていた。
恵子は、ぞっとした。
掃除したばかりの場所。誰かが触れたわけもない。
翌朝、それは消えていた。
でも、鏡に映る自分の顔が――ほんの一瞬だけ、目だけが動かなかった。
鏡の中の自分が、遅れてついてきた。
何かが、部屋に棲みつき始めている。
焚き上げたはずの“思い出の燃えかす”が、この部屋に残っているような気がした。
そして、封筒を出してから三日後。
恵子の夢の中に、黒焦げのクマのぬいぐるみが現れた。
脚のないその体で、カサ……カサ……と床を這いながら、こう呟いた。
「たすけて
あの人が、まだ、こっちにいる」
恵子は、叫んで目を覚ました。
胸元に、煤で汚れた高級ペンが握られていた。
それは、確かに燃やしたはずの――あの人の、ものだった。




