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お焚き上げ便~貴方の思い出燃やします~  作者: 渡辺河童


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5/10

5-あの人が戻る夜

 帰りの電車の中で、恵子は何度もスマートフォンの電源を入れ直した。

画面は点く。圏内にも戻った。

けれど、時間が一切進んでいなかった。


午前11時12分のまま。メールもLINEも更新されていない。

駅の掲示板を見ると、17時を過ぎていた。


「……え? 6時間も……?」


村では、そんなに時間が経った感覚はなかった。

にもかかわらず、スマホの中だけが“閉じ込められていた”ように沈黙していた。


その不自然さに、説明のつかない違和感が募る。


それでも、自宅のドアノブに触れた瞬間――

恵子の身体は、ごく自然に『ここが最後の安全圏ではない』ことを理解した。


    *


 部屋に入る。

異常は、なかった。


……ように見えた。


だが、靴を脱いでリビングに入った瞬間、

全身に鳥肌が立った。


空気が、“焼けた匂い”に満ちている。


今までの焦げ臭さとは違う。

これは明確な“肉の焦げる匂い”だ。


人間の体温を持ったものが焼ける、生々しい脂のにおい。


「……誰か、いるの……?」


声を出した瞬間、自分の舌が震えているのに気づく。


……そして、ソファの向こう。

影が、膨らんでいた。


ゆっくり、ゆっくりと、それは立ち上がる。


暗がりの中で、赤黒くただれた皮膚がひび割れて、はがれかけている。

焦げた髪の束が垂れ下がり、

両腕は、何かを差し出すように恵子の方へ伸びてきた。


「……ひ……っ」


それは――

“彼”だった。お焚き上げで忘れようとした彼――――


顔は、ところどころ焼け落ちている。

左頬が爛れて歪み、目はひとつしか残っていない。

だけど、残った右目が、あの人特有の眼差しで、恵子を見つめていた。


「……返しにきた。

 俺を、燃やしただろ……?

 でも、忘れてないよな。

 おまえ、まだ“思い出してる”だろ……?」


声が、ぐつぐつと煮えるように濁っていた。


「ちがう……違う、もう終わったの、焚き上げたの!」


「終わってないよ

 あれは、“処理”じゃない

 お前が、“最後まで見なかったから”

 焼かれた俺は、途中で止まったんだ

 俺の顔も、名前も、声も――

 お前の記憶の中で、まだ“未完成”なんだよ」


そう言って、彼は自分の胸を裂いた。


熱に焼けた皮膚がばりばりと音を立てて剥がれる。

中から出てきたのは――あの高級ペン。


けれど、それはもう書くための道具ではなかった。


軸が骨でできていて、先端が砕けた歯のように尖っている。


「思い出すたび、形を取り戻す......

 でも――今の俺には、“顔”が足りないんだ……

 恵子、ちょっと貸してくれないか」


彼は、恵子の顔に向かって手を伸ばした。


恵子は、叫びながら部屋を飛び出した。


足がもつれ、廊下の壁にぶつかる。

ドアの鍵をかけ忘れたのが、頭の中で何度も反芻される。


エレベーターはなかなか来ない。

廊下の奥、部屋のドアが――静かに開いた音がした。


「ほら、思い出せば、いつでも会えるんだよ。

 それが、“お焚き上げ”ってやつだろ?」


**


外に出ても、匂いは追ってきた。

生焼けの肉と脂のにおい。

そして、部屋の奥で囁かれた、彼の言葉。


「お前が、燃やしきるまで、

 俺は“ここにいる”。」

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