97 私の任務です
翌朝。
私の部隊は渡河を開始した。
作戦がどの様な物か、知らないまま。
フェンデルトンの曾祖父様から預かった騎士様を、危険に晒して良いものか、と疑問に思いながら。
当の本人たちからは、
「戦争なのですから、危険は承知の上です」
そんな言葉が、返ってくる。
さすが、精鋭といった所だろうか。
レベル600付近の猛者だけあって、彼らは、臆す事無く胸を張った。
昨夜哨戒に立った者も、本陣に帰る事を拒んだ。どうせ、数日は河を越えて作戦を遂行するのだから、その度に哨戒に立った者を返していたらきりがないと、頑なに拒まれたのだ。
良い部隊だ。
私は素直にそう思った。
渡河を終え、私は部隊に向けて指示を出す。
「一人も欠ける事無く、本陣に戻りますよ」
と。
それに対し、騎士様は、
「それは無理な話ですって、アイリ様。前線に出るんですから」
と言って、カラカラと笑った。
「でも、今の所、一人も欠ける事なく残っているじゃないですか」
「それは、奇襲だったし、アイリ様が目立ってくれたお陰様ですって」
「そうですよ。今回の任務は我々だけなんですから、そう上手く事が運ばないと思っておいた方が良いです」
ふむ。
彼らは、私よりもよっぽど、自分たちの置かれた状況を俯瞰して、そして悲観的に見ているという訳か。
そして、それを笑い飛ばしている。
「良い男が、集まっていますね」
「あ、それでしたら閣下。戦争が終わって無事に帰ったら、私と結婚して頂けませんか?」
「馬鹿言え、若造。お前じゃ相手にされないっての」
「それに、そもそも、お前、婚約者が居るだろう」
「結婚間近って言ってなかったか?」
「はいストップ」
私は、これ以上の私語は、若き騎士のフラグを立てかねないと思ったので、全員の会話にストップをかけた。
「婚約者が居ない者も、帰ったらどうするかなんて考えないように。考える暇があれば、生き残るために何をすべきかを考えなさい」
「承知いたしました」
そこで、騎士たちの顔つきが変わった。
切り替えが早い。
さすがの精鋭部隊だね。
「先に進みましょう」
私は感心と共に、部隊に命令を出した。
※
半日ほどかけて進軍した辺りで、
「やはり、この部隊の目的は、あの男を引きずり出す事にあるのでしょうかね」
一番年嵩と思える騎士様が、私にこう言った。
「どういう事です?」
「いえ、シンフォースには無い慣例なのですが、教国には一つ掟のようなものがありまして、戦場での借りは戦場で返すように、と言われているらしいのですよ。だから、アイリ様に痛い目にあわされたあの男が、この部隊の襲撃に加わってくるのではないかという事です」
「そんな慣例があるのですか」
だとすると、勢いに乗っていた所を叩いた私を目の敵にするのも頷ける。
目の上のたん瘤になりかねないカンターレを引きずり出したところを叩く、というのも、義父様の作戦としては分らないでもない。
義父様が、私の名前を借りると言った意味も、理解が出来る。
だが。
「輜重部隊に襲撃をかけるような動きを見せているけれど、実際は実現不可能と言えるこの部隊を叩くために、あの男を使うでしょうか?」
「使う、かもしれません」
それも、我々の十倍近い人数を割いて。
「千人?」
それは、人数を割きすぎなのではなかろうか。
義父様率いる辺境伯の軍に、本隊は不利な戦いを強いられるのではないだろうか。
私を狩れば良いという訳ではあるまい。
相手の本来の目的は、こちらの主力を叩く事だ。
「が、あり得ます」
「そこまで執着するのですか」
「教義でもありますからね」
「十七八の小娘の首を獲ったところで、功績にはならないでしょうに」
「でも、獲らなければ、十七八の小娘に負けた弱者として、武将としての尊厳は地に堕ちますから」
なるほど?
とすれば、カンターレが来ても、おかしくはないのか。というか、来るのなら、カンターレという事なのか。
私が軍を率いていると分かっていたら、だが。
だんだん、義父様の策が読めてきた。
もし、カンターレが来たら。
少数の兵しか連れて来なければ私に討てと命じ、多数の兵を率いてきたら逃げるように言うだろう。その時、本隊の方にカンターレは居らず、全軍を以って相手に当たる。
カンターレが来なければ。
敵軍が動かず、私達に輜重部隊を討つよう指示を飛ばすのではないか。兵数的に少ないが、軍が来ないという事は気づかれていないという事で、夜襲でもかければ成功の可能性はある。
という事は、だ。
カンターレ以外の武将は取るに足らないと思っている、という事か。
「本来なら、教国の重装歩兵は弱兵ではないのですが、遠征を急いだことで疲れが出ているのでしょう。先日当たった時も、それほど強いとは感じませんでした」
ああ。
そこも考慮に入れているのね。
戦争ってのは、ゲームとは違うという事がよく分かったよ。
「カンターレが、来るか、来ないか」
「あの男が来るかどうかは分かりかねますが、少なくとも、部隊が送られてくるのは確実かと」
「念話が来たの?」
「はい」
なるほど。
念話って、盗聴されている訳だから、誰かがどこかで部隊を動かしている事は相手に筒抜けになっているという事か。
「そうですね」
「何て言ってきたの?」
「敵軍に動きなし。アイリに伝達、渡河作戦はそのまま実行せよ、との事です」
「アイリって名前出してるじゃん」
渡河作戦とか言っているって事は、私たちが敵陣の方に渡っている事も筒抜けになっているという事じゃん。
「でも、敵の間では、アイリ様の名前は通っていないのでは?失礼ながら、アイリ様は新参者の指揮官です。アイリ、と言われたところで、誰だそれは、となるのではないでしょうか?」
「カンターレには名前が通じるんですよ。一回王都で手合わせしていますから。それも、義父様には伝達済みです」
やだよ、もう。
何しちゃってくれてるんだ、義父様は。
私が動いている事を全部筒抜けにしちゃって。
カンターレが来るよう、仕向けてるじゃんか。
「という事は」
「今頃、カンターレ直々の命令で、偵察部隊が方々に散っているでしょうよ」
この部隊が見つかるのも、時間の問題だ。
輜重部隊を襲撃するという選択肢も、消えた。
少数の部隊だと分かると、それに応じた兵を率いてやって来るだろう。
と、いうことは、だ。
私は指揮官に、こう全部隊に伝えるよう命じた。
「敵が来ます。カンターレです。いますぐ、見通しの良い平地に移動先を変更させてください」
私は、フッと短く溜息を吐く。
「あの男、敵に回すと、とことん面倒なんですけどねぇ」
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