98 私たちの戦いです
「来ましたね」
見晴らしのいい丘陵地帯に部隊を移動させて半日くらいで、索敵を行っていた騎士様から報告を受けた指揮官が、そう言った。
「数は?」
「土煙からして、二千は下らないとの事です」
二千、か。
それに加えて、カンターレも、漏れなく付いてくる、と。
「どれ位で着きそう?」
「一時間程度かと」
「では、義父様に指示を仰いで下さい」
私は、念話を使う魔術師にそう命じた。
「はっ」
すぐに魔術師は、私の横で瞼を閉じる。
ほどなくして、
「全力で逃げよ、とのご指示です」
と、私に報告した。
それなら。
「逃げましょう」
勝ちの薄い戦いからは、逃げるに限る。
要らぬ損失は、無駄だ。
「部隊に指示を」
私は指揮官にそう命じた。
それからの動きは早かった。
命令が即座に行き渡り、撤退の意思で統一される。
そして。
私たちは馬を捨て、全力で撤退を開始した。
そこからは速かった。
敏捷特化で、行軍に秀でた部隊だ。
「追い付かせたり、しませんよ」
そう言って、殿を務める事になった部隊長が自信満々で答える。
たとえ、念話を担当していた魔術師を運ぶ役目をホムンクルスたちが担っていたとしても、
「重装歩兵など、人一人担いだところで、彼女達に追いつく事など適いますまい」
自信があるらしい。
なら、
「心置きなく、囮役を担う事が出来ますね」
私はそう言って、皆が逃げた先を眺めた。
さて。
「さて」
私も動きましょうかね。
部隊長に、
「死なないように」
それだけを命じて、私は一人、部隊長たちとは別の方向の森へと、足を踏み入れた。
※
逃げる。
か。
この世界に来て、初めて、一人で。
今まではホムンクルスたちが居た。
心細い、か?
いや、そうだな、心細い。
自分がいかに、彼女達に頼っていたのか、理解させられる。
森に潜みながら、
「私も、ソロプレイヤーとしての矜持は、どこかに行ってしまったようですね」
そうひとりごちた。
だが。
「まぁ、一人なら一人で、出来る事は増えるんですけどね」
切り替える。
敵勢は、二千と言ったか。
殿が森の中に入っていくのを確認して、私は平地へと戻り、敵方向の森へと潜った。
ゲーム時代もそうだった。
逃げるのは性に合わない。
そう。
私のビルドは、攻めて幾ら、だ。
まぁ、相手を全滅させようなんて思っちゃいない。
少しの間で良い。
味方が逃げる間を作れれば、それで良い。
攪乱して、敵の足が鈍れば良い。
そんな想いと共に、私は敵軍の到着を待った。
※
「かっ・・・・・はっ・・・・・」
森の木の枝から私が投擲した手裏剣が、相手重装歩兵の喉元に刺さった。
幸先が良い。
私は敵兵の装備を観察しながら、そう思う。
相手が、先日対した時よりも、はるかに軽装だったからだ。フルプレートアーマーは、さすがに森の中では移動がきつかったか。
「敵襲!!」
その警告の声とともに、敵兵は、盾を構え、剣を抜いた。
が。
準備が遅い。
盾を構える直前に、私は三人の重装歩兵を手裏剣で倒す。後方に控える回復術師の所まで連れて行けば助かるかもしれないが、これで四人、そして、僅かばかりの足止めが出来た。
そして、後方の木の枝に飛び移る。
同時に、
「敵は!?」
「飛び道具の角度からして、樹の上ではないかと!!」
そんな、混乱の声が聞こえてきた。
でも。
もう、上じゃないんだな。
私は既に、樹上から降りている。
そして。
私は、足の止まった重装歩兵に、攻撃を仕掛けた。
六回、槍で突く。
そして、六人の敵を倒す。
で、十人で一部隊である事を、確認した。
次。
左の一隊が、近いか。
私は迷わず、左に跳ぶ。
二呼吸で。
一隊を沈めた。
そこで、私の存在が気付かれた。
気付かせた。
「こっちだ!!」
数は。
三隊、か。
ここは。
引く。
私は再び、樹上の人となった。
引きつける事は、成功したな。
さて。
これからが、本番だ。
付かず離れず。
私は樹上を跳んで、私たちが拠点としていた、開けた場所を目指す。
目指す。
目指す。
そして開けた場所まで来て、私は振り返った。
「へぇ・・・・・」
私はそこで、感嘆の声を漏らした。
奇襲されて、頭に血が上っているかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
私の正面から出てきた百名ほどの部隊の他は、冷静に、森の見えない所から回り込もうとしているみたいだった。
突出してきた百人程の敵兵を倒したら引くつもりだったが、それは許してくれない、という事か。
平地に出てきた重装歩兵も、ある一定の距離から近寄ってこない。
小娘だという事が判っても、一人だと判っても、警戒は解かないようだ。
レベルは400程度と低いが、場慣れしている。
ここまで、か。
私は敵を引き付ける事を諦め、逃げ切る方へと思考をシフトした。
「カンターレに伝言を」
短く。
「二度と、シンフォースに来るな、と」
それだけを言い残して、私は踵を返した。
今度こそ、三十六計逃げるに如かず、だ。
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