92 サイドリーズディシア
いける。
そう思ってアンザス軍と激突してから、三十分程が経過した。
混戦の様相を呈してきているので、もう矢が飛んでくることはほとんど無いと言っても良い。
馬からは降りた。
激突してからは、歩兵と歩兵の戦いになる。
今の所、怪我をした騎士様たちをその場で回復していっているから、負傷兵を回収している相手と違い、戦線を常にフレッシュな形で維持できているので、そこが有利に働き、大きな違いとなっている。
思惑通りだ。
私の策は、上手く機能している。
死者も重傷者も居るが、それでもかなり有利な形で戦は進んでいる。
アンザス軍にも動揺が走っているのが、手に取るようにわかる。
今までのシンフォース軍とは違うと気付いたようだ。
これは、勝ちだ。
軍務経験の浅い私にも、それは理解できた。
あとは、どう勝つか、だ。
敵の重要人物を討つか、生け捕りに出来れば、軍を引かせる事が出来るのだが。まだ渡河の途中である事を考えると、そんな人物は渡ってきてはいまい。
という事は、だ。
初戦は勝ちを拾った、と考えるべきだろう。
ホッと胸をなでおろしたその時、
「危ない!!」
騎士様が、私の頭を狙撃してきた矢を叩き落した。
危ない。
ここは戦場だった。
常に気を張っておかねばならない場所だ。
「ありがとう」
私は騎士様にそう言うと、再び前を向いた。
どうやら、回復術師がこちらの生命線になっている事に気付いたようだ。シンフォース軍も、アンザス軍が気付いた事に気付いたようで、回復術師をしっかりと守るように戦っているみたいだ。
でも。
もうこれは。
あとは押すだけになった。
アンザス軍も、渡河を中止して、軍を反転させようとしている。
とりあえず。
勝つには勝ったな。
追尾戦に切り替えた友軍の姿を眺め、私は対策が為された敵と相まみえる時の事を考えながら、それには加わらないよう、自らの部隊に指示を出した。
※
「次は、教国が出てくるだろうな」
その晩開かれた会議で、ロイド義兄様は、開口一番、そう言った。
アンザス軍撤退を受けての予想だ。
まず、間違いあるまい。
「今回の戦いでこちらの手は割れているから対応をしてくるだろうが、基本的に今日の戦い方を継続していって、問題無いと思う」
そうですね。
「だが」
だが?
「一点、変更を加えていた方が良い所がある」
ほぉ。
あの戦法には弱点があると、義兄様は見抜いたという訳か。
どこだろう。
「回復術師を抱えた部隊は、前線から一歩引いた所で働いてもらった方が良い」
それでは、
「それでは、前線で重傷を負った場合に、助からない可能性があります」
私はそう言うが、
「回復術師が討たれれば、こちらは生命線を絶たれる。それだけは、絶対にあってはならない事だ。実際に、後半になって回復術師を狙撃してくるという事案も発生している。完全に前線に出すのは、諸刃の剣だ」
との言葉で、身を引く事を余儀なくされた。
私も狙撃にあった立場だ。
それ以上は強く出る事が出来なかった。
「リズ、大丈夫だ。辺境伯には辺境伯の采配というものがある。智のロイドに任せておけ」
隣に座っていた王太子殿下が、私の耳元でそう囁いてくださる。
まぁ、それもそうだ。
義兄様に任せておけば、間違いはあるまい。
私は改めて、座り直した。
「いずれにしても、回復術師が近いという点に関して言えば、こちらが優位に立っているのは事実だ。リズが編み出した編成も、ちゃんと役に立っているさ」
義兄様は、そう言って、私を宥める。
「ありがとうございます」
「ただ、戦い方の真似をしやすいという点が気掛かりで、次回の戦闘では、教国の回復術師が相手部隊の中に紛れ込んで、こちらの真似をしてくる可能性も十分にある。戦闘の概念を変える戦法ではあるが、シンフォース独自の戦い方として確立をするのは、難しいのではないかと思う」
それは、確かにそうだ。
我が国の部隊も、短期間でモノにしたのだ。
相手が真似をしてこない保証は、どこにも無い。
「何にせよ、次は教国との戦いがメインになるだろう」
「教国は兵を出す事が少ない。重装歩兵が主体となるのでしょうが、どの様な戦い方をしてくるか」
将の一人がそう言う。
それに続いて、
「教国には回復術師も多いと聞きますし、こちらの戦法を真似されると、苦しくなるのはこちらではないでしょうかな」
別の将が、そう声を上げた。
それに対し、
「だからこそ、回復術師を前線に出すという戦法を、今回、敢えて採った。次回の戦闘で学習した相手が回復術師を前に出してくるような事があれば、それを叩けば良いという事になる」
ロイド義兄様は、そう言って場を収めた。
いや。
「さすが辺境伯様」
お追従は要らないのよ。
こういう声だけ、大きく聞こえるのよね。
義兄様は、続けて声を上げようとしていた貴族を、右手を上げて抑えながら、言葉を続けた。
「叩くべき所は、敵前線の回復術師だ。私の案に賛同してくださった皆様は、前線にて結果を出していただきたい」
ああ。
こういう所、真似たいわね。
私にお追従を言ってくる貴族令嬢も、こんなやり方で黙らせられたら、さぞかし気持ち良いでしょうね。
何度も続けてたら、周囲に人が居なくなるけれど。
「エルドウィン卿」
と、ここで義兄様は、父上に水を向ける。
「はい」
「初戦で、フェンデルトン軍には頑張ってもらった。次は辺境伯軍の前に陣取って、他に功績を譲ってやって頂きたい」
「承知した」
「国軍の副団長殿も、軍は後方でお願いしたい」
「承りました」
そして、次々に、次の陣構えを発表した。
王太子殿下の部隊も、私の部隊も、次の戦では本陣の前でお留守番のようだ。出番があるとしたら、前線が壊滅するか、突破されるかした後の話になる。
これで、私の西方での戦いは終わりか。
私は次々に発表される前線の指揮官の名前を聞きながら、戦の終わりを感じていた。
※
しかし。
四日後に起こった衝突で。
シンフォース軍の前線は、いともたやすく突破された。
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