93 サイドリーズディシア
こちらの戦線を崩壊させたのは、たった一人の、教国の重装歩兵だった。
兜を被っていなかったから、恐らくは指揮官だと思われる。だが、そいつは前線に立って、味方を鼓舞しつつ、一番先頭でこちらの前線に突撃してきた。
とうとう教国の兵士が出て来たか、と思って見ていたら、瞬く間に前線を崩壊させられた。
これはまずい。
戦線の突破は一点に過ぎないが、戦況を読む事に疎い私でさえ、その男を見て、そう思った。
このまま押し込まれる。
それ程の武力を持つと思われる兵士だった。
こういう事が出来るキャラクターには、覚えがある。
教国の、金髪で長髪の、ロングソードと大盾を使う重装歩兵の強キャラと言えば、そう、カンターレ・ファン・ディ・アドル。
そいつしか居ない。
アイリに匹敵する、倒すのに手間のかかる、強キャラだ。
しかし。
あの男は、国内統一編を経て、大陸統一編になり、しばらくしないと出てこないはずだったが。
何か、教国でも変わった事があったのだろうか。
何にせよ。
倒すべき相手である事に違いはない。
倒す方法は。
武力で優る武将を当てる事なのだが。
如何せん、こちらには、あの男に対応できるだけの武将が存在しない。成長すれば、武力95程の武将が二人がかりで倒せるのだが、こちらの武将は、まだ育っていない。強いて挙げるとすれば、姉様や、騎士団の副団長様辺りで取り掛かれば対処可能かもしれないが、私の目には、それでも勝敗は五分五分に映った。
となれば、だ。
圧倒的な物量で潰すしかない。
「父上様」
私は父に進言をした。
「あの男、放っておいたら、こちらの損害は増すばかりです。一早く、物量を以って制圧するべきではないでしょうか」
「分かっている」
その辺は、西側の守りの一端を担ってきた父だ。
分かってはいるようだ。
だからこそ、
「だが、物量で、どうにかなるものなのか?あれは」
そこの難しさも、分かっている。
「そもそも、物量でどうにかするにしても、おびき寄せて、孤立させる必要がある」
そうですね。
だから、そこは、
「私が囮になります」
そう言ってみるが、
「馬鹿を言え、お前は将来の王妃だぞ。アイリーンのように、儂の娘というだけなら、まだ勇敢だと褒める所だが、お前の立場を考えたら、そんな事はさせられんわ」
強く否定された。
未来の王妃は、勝ち戦で功を立てる事を許されはしても、不利な場面で前線に出る事は許されないらしい。
では、誰が。
「儂が行く」
父はそう言うと、従者から大剣を受け取った。
確かに、父は武人ではあるが、武将としての数値は推定で88程度。
統率に長けた武人だ。
単体の武力では、姉様にも劣っている。
「危険です」
あの男との差は、たやすく想像ができた。
が。
「危険は、承知の上よ」
何度死線を潜ってきたんだと、父は笑って見せた。
止められない。
そう悟った私は、父に向って、
「ご武運を」
と声をかけるしかなかった。
「リズ」
「はい」
「お前の部隊は、王太子殿下の所に身を寄せよ」
「畏まりました」
「ではな」
あまりにも短い言葉を残し、父はフェンデルトン軍を率いて前線へと出て行ってしまった。
父に、ご武運を賜りますよう。
私は心の中で神々に祈りながら、エルフィン以下、子飼いの部隊を王太子殿下の下へと動かした。国王陛下から賜った軍の後方で陣取り、戦況を見つめる王太子殿下を見つけ、馬を寄せる。
「殿下」
「リズ、か」
「父様が、行きました」
「その様だな」
「あの重装歩兵、早めに倒さねばなりません」
「ああ・・・・・・」
「おびき寄せて来るそうなので、この軍で取り囲んでいただけないでしょうか?」
「分かった」
カンターレ・ファン・ディ・アドルであろう重装歩兵の一軍に接近していくフェンデルトン軍を見ながら、王太子殿下は副騎士団長を呼んだ。
呼ばれて来た服騎士団長様は、
「ああ、その事ですか」
と、当然の事のように、王太子殿下の言葉に反応した。
「その事でしたら、フェンデルトン軍が向かった後、アイリーン殿から使者が来て、囮の役を引き受けてくれたようだから、アイリーン殿と私とで、あの男の対応をしようという事になっております」
「我々が考えるような事は、ロイド卿にはお見通しか」
「そのようで」
さすが、智のロイドと言われる事はある。
義兄様はお見通しだったか。
なら、安心して、
「なお、王太子殿下とリーズディシア嬢は、後方の本陣に移動するように、との事です」
前線に出る事は出来ないか。
まぁ、あの男は危険だし、王太子殿下や私が参戦したところで、私たちの守護をしなければならない騎士様が増える分、あの男に当たる手数が減るだけだ。
大人しく従っておこう。
戦況を見ると、フェンデルトン軍が、カンターレ・ファン・ディ・アドルであろう重装歩兵の一軍と衝突したところだった。
思惑通り、これでフェンデルトン軍が撤退すれば。
あの男を抑える事が出来る。
と、思った所で。
あの男に異変が生じた。
突撃の速度を上げたのだ。
同時に、教国軍の突撃スピードが上がる。
一瞬にして、フェンデルトン軍は浮足立った。
そして。
計画的な撤退ではなく、本物の撤退が始まる。
父上様が前進するよう指示を出しているようだが、フェンデルトン軍は、総崩れとなった。
まずい。
これはまずい。
父が、突撃の波に飲まれる。
こちらがやろうとしている事を、逆にやられる。
父の首が、獲られる。
「父上様!!」
私は届かぬ声を上げた。
そして。
父が敵軍の波に飲まれようか、というその時になって。
その一帯を中心として、爆発が起こった。
一時の間、戦場全体に静寂が訪れる。
何が起こったのか、誰にもわからなかった。
少なくとも、敵味方入り乱れたところで大規模魔法が使用された訳ではない事が理解できているくらいだろうか。魔力の減りも早いし、味方も殺しかねないような魔術の使用をしないよう心がける事くらい、常識だからだ。
では、誰が爆発を起こしたのか。
私の疑問は、もうもうと上がっていた土煙と同時に晴れた。
現場には、小さなクレーターが現れている。
その中心には。
私のよく知る。
銀髪の女神が立っていた。
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