89 謁見です
「そうまでして西に行きたいと言うなら、止めはせぬ」
膝をつき、床に目を落とした私に対し、国王陛下はそう言ってため息を吐いた。
「まさか、翁まで連れ出してくるとは、思わなんだ」
「恐縮です」
「だがしかし、東の守りはどうする?先日の戦の折、お主が倒した敵将の数を考えるに、お主は王都に残しておいて、東に睨みを利かせるのが得策だったのだが」
「私が王都に残っていれば、ティンギルス帝国は出兵してこないという事でしょうか」
「身を削る出兵は、どの国でも二の足を踏む判断よ」
「私一人で東の抑えが効くと言うのであれば、残るのも吝かではございませんが」
「それでも、西へ行くか」
「はい」
国王陛下の溜息が、静かな謁見の間に、再び響いた。
それを聞いてか聞かずか、
「不敬だぞ、小娘!」
私の右から、そう声を上げた人が居た。
誰かは知らない。
頭を垂れているから。
ただ、頭を下げる前に見た四、五人の中の一人であろうことは予想が出来た。多分、国王陛下を前にして臣下の礼を取る必要のない人だから、国王陛下側の、お偉いさんなんだろう。
「国王陛下の御下命に、従えぬと申すか!」
私が黙っているのを良い事に、その何某かは、重ねて私の頭を抑えつけに来た。
これはあれか?
国王陛下の御下命という名で、自分の意見を押し通しているだけか?
嫌だね。
元の世界でも、民主主義の世界でもそういう奴はいたけれど、封建主義のこの世界だと、一層露骨になるね。
「ちっ」
私は国王陛下に届くほど、わざと舌打ちをした。
「なっ・・・・・・」
何某は、絶句したようだ。
それはそうだろう。
自分が国王陛下の威を借りてパワハラを与えようとしている所に、あからさまな舌打ちだ。そりゃ、この人にしてみれば、国王陛下という、絶対的な権力者に逆らったも同然なので、驚きもするだろう。
だが。
君等は忘れちゃいないか?
「アイリが言うのであれば、仕方あるまい」
「陛下!!」
私が言うのもあれだが、私は、ゴブリン騒動を治めた立役者だし、東の戦線で活躍した英雄だ。
頭角を現してきた、次世代の人材だ。
国王陛下といえど、無視する事はできないんだよ。
無論、
「アイリ」
「はい」
「西へ、行くと良い。ロイドを、助けてやってくれ」
「はい」
「そして、いち早く王都へ帰り、東への備えとなれ」
「はい」
注文は、付くんだけどね。
でも。
まぁ、良い。
というか、こちらの方が、都合が良い。
この国王陛下からの直接の命令は、私を自らの配下に入れたという事の証明にもなる。追って、何等かの称号が与えられることになるだろう。
学生の間に称号が貰えるのなら、これに勝る栄誉は無い。
それに加えて。
実益もある。
自分としても、今国王陛下に抱えられていたら、王太子殿下が王になった時に、先代から引き継がれてきた武将という事になり、意見もしやすいし、王太子殿下の意見にも反対をしやすくなる。
先代の頃から部長に昇進していた若きエリートが、次世代の社長になった時に意見をしやすくなるのと同じだ。
部下で、しかも役に立つが、扱いの難しい存在、ということになった。
これで良い。
リーズディシア嬢の横に立つというのであれば、この立ち位置が、都合が良い。
国王陛下でも、反抗する時は反抗するのだが。
今みたいに、ね。
「言葉を違えるなよ、小娘」
気に入らない人も居るみたいだけど。
まぁ。
結果としては、かなり良い部類に入る。
「アイリ」
「はい」
「今後は、『伯』を名乗れ。許す」
伯という事は、あれだ。伯爵ということだ。つまり、軍制に置き換えると、一軍の指揮官にも任命される、かなり上位の階級だ。
当然、
「陛下!!」
「こんな小娘に、伯爵など!!」
反対も出るが、
「私が許すと言った。それに、アイリの代だけの称号だ。まさか、私の言葉に異を唱えるなと言っていた卿等が、私の言葉に従わぬ、などという事はあるまいな」
その言葉で、皆、押し黙ってしまった。
「御下命、しかと承りました」
そんな沈黙を切って、私は深く頭を下げる。
私の左右に立つお偉いさんの舌打ちが聞こえてきそうな沈黙が、その場を支配した。その雰囲気に乗じて、曾祖父様が立ち上がる。
上手いな。
私は素直に、曾祖父様に賛辞を心中で贈った。
このタイミングの取り方、目上の者の下から辞すタイミングの取り方、学んでおいて損のないスキルだ。
後で、何故このタイミングが来ると見たのか、教えてもらおう。
「曾爺様」
私は、国王陛下の下を辞しながら、曾祖父様にこう言った。
「私は、曾爺様から、色んなことを学ばなければならないようです」
「なんだ、貴族としての振る舞いか?」
「はい」
「それなら、アイリーンが教えてくれよう」
「義母様には無い、老獪な部分を、今日見させていただきましたから」
「ふむ・・・・・そうか」
曾祖父様は、満更でもなさそうな顔で、自らの顎を一撫でした。
「曾爺様」
「なんじゃ」
「可愛い曾孫が一人増えて、嬉しいですか?」
「儂の系譜に、化け物のような武将が一人加わった事は、嬉しいな」
「あら、曾孫としては、見て頂けないのですか」
「お主、出奔する事も考えておるだろう?」
「何故、そうお思いで?」
「でなければ、国王陛下に向かってあのような口の利き方はせんわ。家を捨てる覚悟があるからこそ、家に類が及ぶような危険な真似も出来る。そうだろう?」
「国王陛下が、私の事を買って下さっていると踏んでの、あれだったのですが」
「それでも、物には限度がある」
「まぁ、言うなれば、命令違反ですからね」
「ストーン家は、お主の事を繋ぎ止める鎖になるか?」
「今の所、危険が迫ったら駆け付けたいと思う程度には」
「義理でも、父母に情はあるか」
「かけていただいた情には、それ以上のものを以ってお返しをしないと、私の主義に反しますからね」
「仁もあり、義に長け、孝も厚いか。信に置ける娘だな」
「過分なる評価です」
「良い。謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ」
「では、爺様」
「お、爺様呼びか。良いのぉ、その呼び方は。アイリーンもリーズディシアも、その様な呼び方はしてくれなんだわ」
曾祖父様は、私の頭に大きな手を乗せて、くしゃりと撫でた。
「出征してまいります」
「おう、活躍を期待しとるぞ」
お読みいただき、ありがとうございます。




