レイ・ラピスラズリ
精霊術師であるジルは闇精霊のルカと契約をしたが、常日頃から一緒にいるわけではない。
精霊としての格が上がり自我を持ち始めると、契約主とは離れて行動することもできるようになる。
確固たる意志を持つルカも当然そのようにしていて、彼女の気の赴くままに自由に行動する時もある。
そして、ルカのここ最近のブームは町の図書館に籠り、本を読み漁ることだ。
彼女は長い間封印されていたため、彼女の持つ知識には大きな空白が存在する。
彼女が眠っていた間に起きた事、昔と比較して変わった事など、知識の空白を埋めるために、ルカは時折ジルの元を離れて一人でお勉強しているという訳だ。
これもジルならば一人で依頼をこなせるだろうという一種の信頼関係の元に成り立っている。
そんな期待を背負い身の引き締まる思いで本日の依頼に乗り出したジルだったが、気がかりなことがあり怪訝そうな表情を浮かべる。
(この人……さっきからずっと俺のことを着けてきてる……よな?)
いつからか後ろにいた青い髪の女性が、ジルのことを着けてきている。
初めジルは自分の思い違いだと深くは考えなかった。
たまたま行き先が同じで、男と女の歩幅などの関係でずっとついてこられているように感じるだけだと思っていた。
だが、ジルが歩みを緩めると後ろの彼女も歩くスピードを緩める。
逆に早歩きにして彼女を振り払おうとすると、彼女も追いかけるようにして、ジルとの一定距離を保っていた。
こうなると流石のジルも勘違いなどではないと彼女を警戒し出した。
そして、彼女を怪しいと思い始めたところで、別行動する前にルカに告げられたことが脳裏をよぎる。
『とりあえずあんたにコアを一枚ずつ貸し出すわ。いい? 絶対に失くすんじゃないわよ』
別行動するにあたってルカはジルに各種コアストーンを貸し出した。
コアストーンはルカがルカであるための核。それを知った今コアストーンを預けられる時の緊張感。大切なモノを与えられているという思いがより一層強くなった。
それでもルカはジルを信用して、自分の一部を貸してくれる。
だからこそ、無くしてはいけない、取られてはいけないという思いがジルの中でとても大きくなっていた。
大事な物を持たされているからこそ、余計に気が立ってしまう。
何もコアストーンを狙う敵はルカ以外の人工精霊だけではない。
初めてジルがコアストーンを発見したときにそれを貴重な物だと思ったように、金稼ぎの道具として狙われることもある。
大金を持った人が周りの目を気にするのはこんな気持ちなのかとジルはうんざりしながら背後の女性の目的を考える。
何か用があるのならば話しかけるタイミングはいくらでもあったがそれもない。
この女性が何か自分を害を与える存在の可能性を訝しんで、ジルは意を決して歩みを止め振り返る。
「なあ、お姉さん。俺の勘違いだったら悪いんだが、さっきから俺の事着けてないか? 何か用があるのか?」
「……そうですね。あなたを着けていたことは認めます」
澄んだ水のようにきれいな声で女性は返答する。
ストーカーをすんなり認めたことを怪訝に思いながらジルは次の言葉を待つ。
「用……そうね。あなたに聞きたいこと……いえ、確かめたいことがあるの」
「確かめたいこと?」
「私はレイ・ラピスラズリ」
「っ! レイ……さんね」
ジルの嫌な予感は最悪の形で的中してしまう。
(まじか……。盗賊とかじゃなくてそっちなのかー。レイ・ラピスラズリ……確か水の人工精霊だったな。何とか普通の反応を示したつもりだが、どうだ?)
ジルが想定していたのは大きく分けて二つ。
この女性が狙う人物は誰でもよくて、たまたまジルが目をつけられただけのパターンと、完全にジルに狙いを絞ったパターン。
その二つの内後者である上に、相対するにしてはかなり最悪の名前を耳にして、ジルは何とか平静を保とうとしたが、焦りがやや顔に出てしまっていた。
「……なるほど、やはりあなたはこちら側ですね。私の名前を聞いて僅かに反応を示した……ということは私を知っていたということです。ルカと一緒にいる人間……あなたは私の敵なのですか……?」
「……えっと、何のこと?」
「白々しい。あなたがルカと一緒にいる人間だということは分かっているんです。そして今……あなたが私のコアを持っていることも」
そう告げた彼女は身体の周りを水のリングのような物で覆わせ、ジルに向かって攻撃を仕掛けた。
一定間隔を空けて着いてきていて距離があったため躱すことができたが、彼女はルカと同じ人工精霊。
(ちっ、軽い小手調べみたいなもんなのにこの威力か……。まともにくらえば俺も、コアストーンも無事じゃ済まないな)
「物静かできれいなお姉さんだと思ってたのに恐いじゃん。いきなり襲い掛かってくるとかやめてくれよな」
「大人しく私のコアを返すというのならこれ以上危害は加えませんよ」
「やらねえよ。うちのお姫様から絶対に失くすなって言われてるんだよ、コラ」
「そうですか。ならば仕方ありません。実力行使で奪い取るまでです」
もはや言葉でどうにかなる問題じゃない。
水精霊レイは確実にジルを敵として見て、自身の核である水のコアストーンを持っているという確信もある上で襲っている。
逃げの一手は通用しない。
ジルも腹をくくって応戦の姿勢を見せる。
しかし、それには一つ問題がある。
それはジルがルカからコアストーンを預けられたこと。
(今のルカには火と水と風の力はない。必然的に俺もそうなるが、どうやって戦いを組み立てていこうか?)
今ルカが取り込んでいないコアストーンが三つ。
火、水、風の力はルカに宿っておらず、同様にしてジルも使えない。
ルカもこの場にいないため、今ある手札で戦うしかない。
とはいえいきなりコアモードでガス欠を起こしては元も子もない。
「とりあえず様子見ってとこだな」
「……それはルカの……!」
ひとまずこのまま応戦することにしたジルは、ルカを真似て闇弾をいくつか周りに浮かべる。
ジルにとって闇属性は相方の属性ということもあり一番好んで使用しているため、慣れていて火力も出る。
しかし――――。
「ルカに比べればどうってことないです」
「やっぱ効かないよな」
「当然です」
レイもルカと同じ精霊。
ルカとの打ち合いならまだしも、ルカの力を借りて戦うジルではやや火力不足なのか簡単にいなされてしまう。
ルカの所持する闇のコアストーンも少なくなっていて余計に力が出せない。
しかし、残る光属性もそれより弱い出力でしか出せない。
(それじゃあ、とてもじゃないけど通用しないよな)
切り札は適切なタイミングで切ることに意味がある。
まだ早いが今がその時なのだと感じたジルは、ルカから手渡されたコアストーンを取り出した。
「それは……私のコア……!」
「最近はこれがお気に入りでね」
青い輝き。目の前に立つ水精霊のコアストーン。
少し前にコツを掴んだ事で、比較的楽に使えるようになった力だ。
本当の所持者を前に見せびらかしながら使用するのはやや気が引けるが、消耗を最小限に抑えるためにも使い慣れたコアストーンを用いて戦うことを選んだ。
ジルは腕輪に水のコアストーンをはめ、溢れる水のエネルギーを制御して身に纏い、水の弓を形成してレイを睨みつける。
「その腕輪……。そして私の力……。そのためにあなたがコアを所持していたわけですか。私の力を我が物顔で使われるのは実に気に食わないですが……所詮その程度。私のコア、返してもらいますよ」
「返せ返せってしつこいんだよ! そんなに返してほしいならまずルカのコアを返せ!」
「何を言って……? 私はルカのコアは持っていません」
ジルは分割した水の矢を放ち、レイとの打ち合いに応じた。
向かってくる水流弾を相殺しながら放った一言に思わぬ答えが返ってくる。
(ルカのコアを持っていない? どういうことだ? 精霊同士でコアを取り換えたんじゃなかったのか……?)
「考え事とはずいぶん舐められたものですね」
「しまった!」
レイの言葉に気を取られて相殺しきれなかった攻撃がジルに届く。
その身に纏う水のベールが自動で防衛機構を発動させガードしてくれるがその衝撃はかなり大きく、僅かばかり吹き飛ばされる。
「そこです」
「がっ」
崩れた防御の隙間を縫って、水流がジルの腕輪を正確に捉えかち上げる。
それだけならばまだよかった。
何とか態勢を立て直して、レイの攻撃を凌がなければいけない。
そう思った時、ジルの持つ水の弓が崩れて霧散し、その身に纏う水のオーラが掻き消える。
視界の端に映る、青い輝きにジルは目を見開いて、何が起きたのかを理解して舌打ちをした。
「ちっ!」
「遅い!」
ジルは腕輪から弾き出されたそれ――――宙を舞う水のコアストーンに精一杯手を伸ばすが、先に動きだしたレイに掠め取られてしまう。
「返してもらいました」
「マジかよ……」
「ふっ」
コアストーンを奪われたジルは引きつった顔でレイを睨む。
彼女はそんなジルを鼻で笑い、取り戻したコアストーンをその身体に取り込んで力を増幅させる。
彼女の中で水のエネルギーが膨れ上がるのが離れていても感じ取れる様にジルは気圧されてしまった。
「まだまだ足りませんが本当の私に一歩近づきました。さて、ひとまず当初の目標は達成……ですが」
「……んだよ。まだ何かあんのかよ」
「ええ。いい機会ですので、ルカの力を削いでおこうかと。……残りのも寄こしなさい」
「ああ、もう。めんどくせえな」
目的は果たしたはずなのに、まだむしり取ろうとするレイにジルは不機嫌になる。
しかし、これはジルにとって好都合。
水のコアストーンを回収されるだけされて逃がしてしまうより、こうしてまだ戦闘を続けてくれる方が一矢報いるチャンスが生まれるという訳だ。
このままでは終わらせない。
(取られたなら取り返せばいい。そうだろ……ルカ?)
信じて託してくれたルカの姿を思い出し、しぼみかけていた戦意を膨らます。
懐から取り出した紫に光るコアストーン片手に、ジルは強がりの笑みを浮かべた。




