闇精霊の身体
「完全復活……ではないけどちったあマシになったか」
「人間ってのは相変わらず脆い身体してるわね。まったく……」
ルカの介抱の甲斐もあり、何とか回復したジルは、グルグルと腕を回して調子を確かめる。
そうしているとルカが悪態をついてくる。
負けじと「そんな脆い人間に無茶させたのはどこの誰なんですかねぇ……」と冗談交じりで切り返すとルカはややバツの悪い表情を浮かべる。
「ちっ、それに関しては悪かったって言ってるでしょ! あんまり掘り返すようならまたぶっ飛ばして引きずりまわすわよ」
「ごめんって。癒してくれたのは本当に感謝してるから!」
「分かればいいのよ。あまり調子に乗らないことね」
とはいえ、ジルの身体のことを気遣って安静にさせ、光の力で治りが早くなるように尽力したルカ。
彼女の協力によって見立てよりも早い回復を遂げ、まだ万全という訳ではないが自由に動けるようになったので、真摯に看病してくれた事に関してはジルも本当に感謝している。
「しっかし……コアの制御に失敗するとこうなるのか……。もうこりごりだな」
「そうね。人間の身体は脆くて壊れやすいんだから、そうなりたくなかったらしっかり使いこなすことね」
「脆くて壊れやすいって……恐い事言うなよ。そういう風に言ってるルカはどうなんだよ?」
「私?」
「これまで普通の人間とは違うっていうのは分かってるつもりだけどいまいち実感が湧かないんだよな。実際ルカの身体はどうなっているんだ?」
「はあ? いきなり何言い出すのよ? 私の身体って…………あんた、度し難い変態なの?」
「違う違う! そうじゃない! だから待て! その特大闇弾を下ろせ!」
ルカの「人間は脆い」という主張から生まれた純粋な疑問。
普通の精霊とは異なる彼女はどうなのかと。
もちろんそれは性的な意味ではなく、身体の構造的にという意味での問いだったが、ルカは顔を真っ赤に染め、ジルを睨む。
自分を抱きかかえて守るように身を竦めながら、セクハラ魔への制裁の姿勢を見せた。
もちろん、そのような意図で発言したつもりではないジルは、彼女の反応に慌てて後ずさり制止を懇願する。
ジルも契約者として彼女の力を知る身として、その一撃を貰ってしまった場合どのような末路を迎えるのか容易に想像できる。
せっかく調子を取り戻してきているのが無に帰すどころか、さらに重症化してしまう恐れも多々あるということで、ポーズではない本気の焦りでルカをなだめた。
「落ち着け! 何もエロい意味で聞いたわけじゃないんだ!」
「何よ……私に魅力はないって訳? やっぱりリンみたいななのが好みなのかしら……?」
「何か言ったか?」
「何でもない!」
ジルの必死の弁明でそういった艶めかしい方向性の話題ではないと理解したルカだったが、あまりにも強く否定されるとまるで自分が女として見られてない感覚に陥りそれはそれで腹が立つようでムッとしながら呟く。
抱え込んでいた自らの胸部に視線を落とし、以前再開を果たした光の精霊の豊満な身体とそれを見た際のジルの反応を思い出し恨めしそうにぼやく。
しかし、そんな心情を馬鹿正直に打ち明けてしまえば、目の前の男に笑われることは目に見えている。
それだけは避けなければならないと、ルカはわざとらしい咳を一つして強引に話題を元に戻す。
「で、何よ? あんたは結局何を言いたいわけ?」
「いや、普通の精霊って常に顕現してるわけじゃないだろ? 見えたり、見えなくなったり、消えたり、現れたり……人工精霊はそう言うのってないのかなって?」
「ああ、そゆことねー。それだったらあんた……初めて会った時に見てるじゃないの……」
「初めて会った時……?」
そう言われたジルは出会いの時を思い出そうと記憶を引っ張っりだす。
といってもジルにとって強烈な印象を与えた出会いの瞬間は思い出すことなど容易で、当時の光景を鮮明に脳裏に蘇らせて――――顔を見る見るうちに赤く染めた。
「ちょっと。今何を想像したの?」
「え、いや……初めて会った時のことだけど……」
「勘違いだったら悪いから一応聞いておくけど……具体的に何? 怒らないから言ってみなさい」
「…………えっと、ルカの裸……?」
「違うわよ! そっちじゃなくて、あのコアストーンだけの状態のことよ!」
ルカはジルの反応が何かおかしいことに気付く。
彼女の想定しているシーンが想起されているのであれば、顔を赤らめるといったことはないはず。
だが、ジルの表情はゆでだこのように真っ赤に染まっていく。
ルカは互いの認識の違いをあぶりだすために単刀直入に尋ねた。
その問いにジルはバツの悪い様子で、恐る恐る答えた。
つられてルカもカッと顔を赤くする。
道理で話と反応が食い違うわけだと納得して、先の約束もあり怒るに怒れずルカは、心を静めるために大きく息を吐いた。
「まあ、いいわ。答え合わせよ」
そしてルカはジルに向かって闇のコアストーンを一つ投げ渡す。
すると、ルカの身体がぽろぽろと光の粒子に変わって霧散していく。
ぼとぼとと色とりどりの宝石が床に転がる。
パサリとルカが着ていた衣服が舞い落ちる。
そして――――ルカの身体は完全に人型の少女の形を失って消えた。
「は、おい! ルカ!」
(うっさいわね。聞こえてるわよ)
「ルカ? どこだ?」
(下を見なさい。正確にはあんたの手の中よ)
ジルは言われたとおりに手元を見る。
ルカに投げ渡された闇のコアストーンが手の中で淡く光りを放っている。
言葉が響くたびにコアストーンが輝く様子は、まるで紫の宝石が意志を持って語りかけているようにも見える。
(あんたがあの時見たこれが私の本体……というか、このコアに私自身の意志が宿っているといったところかしらね)
「なるほどな。この状態にはよくなるのか?」
(コアか魔力が足りなくなって肉体を構成できなくなったらコアだけに戻るわ。あの時の封印状態とは違ってこうして意思疎通はできるけどね)
「一日の活動制限とか、契約者から魔力の補給とかそういうのはないのか?」
(あんた、今更すぎるでしょ。私が私であるためにはコアさえあればいいの。とはいえ、この私の意志が宿るコアだけがあっても、他のコアがなければ肉体は維持できない。その場合はコアむき出しの状態に戻されて、最悪封印状態みたいな休眠モードになるわ)
「そうか……ルカにとってコアって本当に身体そのもの――――やっぱり大事なものなんだな」
(最初からそう言ってるつもりよ)
コアストーンだけの状態になって顔も見えないのに、その声色からやや不機嫌そうな容易に想像出来る。
ジルは既に何度も言われてることだが、コアストーンがルカにとっての最優先事項。
この小さな宝石を取り戻すことが彼女の行動原理。
この宝石に彼女のすべてがあるんだなと目を向けていると、ジルの手の上のコアストーンが不自然に動き出す。
ジルの手から一人でに滑り落ちて転がっていき、先程ルカの肉体が無くなって色とりどりのコアストーンが零れ落ちた位置へと向かう。
その中心で闇のコアストーンは輝いて宙に浮く。
それに呼応するように散らばるコアストーンも一層輝いて同様に動き出し、徐々に人型を形成していく。
そして、一閃。
紫の光がカッと迸る。
その様子はルカと初めて会った時。
まさしく先程想起していた彼女が裸で立っていたあの時に似ていると思い目を開くと、今度はきちんと先程脱ぎ捨てた服を着たルカがいつもの姿で立っていた。
「何よ……その残念そうな顔は何?」
「イエ……ナンデモナイヨ」
「……もしかして、さっき思い出してたみたいなの、期待しちゃったわけ?」
「……ナンノコト?」
「……ふふ、いいのよ。好きにしなさい」
脳内で辱めを受けることは嫌だが、まったく意識されない、眼中にないのも嫌。
そんな複雑な女心を持って、ジルを意識させることができたルカは、やや得意げに、それでいて不気味で陰のある笑みを浮かべるのだった。




