戦闘民族でした
Q:主人公は孤児院時代に税金なんて払っていたの?
A:一銭も払った事ないんだよなあこれが。そもそも人間がいることすら隠してた。イヴァさん住民税も払った事ないの。
Q:イヴァってだあれ?
A:主人公です。ジェラルドと、その隣の人とで内心がゴロンゴロン病的レベルで変わるけど主人公です。王子様を寝取って寵愛を受けたいと思っている純粋な主人公ですとも。
家事手伝いの業務を免除され、文字や魔術と言った学習に時間を費やしているアタシだったが、ひとつだけアタシにも仕事がある。
食堂で食事をトレーごと受け取り、鉄の箱ーー昇降機で地下へと下る。
チンという音と共に柵が折り畳まれるのを待つまでもなく、言い争う声が聞こえた。
いや、言い争いと言うには剣戟の金属音や打撲音があるあたり少々物騒だ。しかし会話は明瞭に通じているらしい。
「練度が低い公爵家の軍隊では蹴散らされるだけだろうに!どうせ更地にするんだから一撃で終わらせる方がリスクが低いでしょうが!」
そう言って空中を跳ね回るのは黒い板金鎧。30キロを超える追加重量を備えた上で空中にいられるのは魔術の賜物だろう。悔しいけれど、ジェラルド様よりも遥かに高い魔術の才能だ。
対するジェラルド様も上半身と脚を鎧って面頬も付けたほぼフル装備。
空いた腰回りを投げナイフを収納するベルトで保護し、ナイフを投げつけつつ降りてくる黒鎧を剣で迎撃していた。
「練兵のためなのですから必要経費でしょう」
それらの攻撃は空中で弾かれロクな攻撃にもなっていない。
いけ、殺せ。
黒鎧の中身を知っているため、アタシはソイツの死を願う。
できることならアタシがその死を見ることもないまま、アタシの知らないところで死んでくれるのが一番なのだが、アタシの前に現れたからにはアタシの目の前でも良いから死んでほしい、という人間なら当たり前の想像。
だって男で健康不良児は愚かなくせに、勝手に死んでくれないから。周囲に害を撒き散らす存在なくせに長く生きているだなんておかしいじゃないか。そんな存在は生まれてくるべきじゃなかったし、害がアタシに及ぶ前に死んでくれ。
アタシが物音も立てず死を願い始めたその時、ジェラルド様が不意に振り向いた。
「誰だ!」
咄嗟に体を丸めると、先ほどまでアタシの頭があったところを投げナイフがすり抜け、昇降機とぶつかって甲高い金属音が鳴る。
ナイフは入射角のせいか鉄に刺さらず跳ね返され、勢いを幾分失った跳弾がアタシの足元に突き刺さる。
ギリギリのところに迫った命の危機に悲鳴が出るのを女の意地で喉奥に堪える。
あわや墜落かと思った食事も無事だ。ドロドロのペースト状になった流動食は、洗って食べることもできない。わざわざ二度目を運ぶ羽目にならずにホッとした。
それまでの均衡が霧散し、ソレは地面(いや、地下空間なのだが)に降りてきた。
「ああ…貴女でしたか」
兜や面頬に覆われない声はアタシの耳に抵抗なくするりと入る。
「集中しすぎるきらいがあるからな」
そこに汚物がくぐもった声で茶々を入れる。本当に死んでくれ。
「魔術戦特化と騎士階級とを一緒にせんでください」
「それは確かに。しかし私だって組手の自主練くらいはしているが」
「無駄ですよ。日中兜を外された時点で負けなんですから」
完全に戦意を喪失したのか、薄暗闇の中で汚物が兜を脱ぎ穢らしい顔を外界に曝す。
「少し手を加えたから今度は死なないさ」
臭いはすぐさま天井へと吸い込まれ消える。
ジェラルド様がそうだ、と呟くのをアタシは聞き逃さなかった。そして隣にいたソレの口角が僅かに下がるのを捉えてアタシの口角が上がるのを僅かに止める。人の不幸は蜜の味だが、愉しむのは後。
それはともかくとして、さらにソレを苦しめるモノが飛び出すのを内心心待ちにしていると、恐ろしく遠回りな質問が始まった。
「イヴァは、戦争について賛成ですか、反対ですか?」
?
人は、主に自分の周りに影響がない限りは戦いというものが大好きなことをアタシは知っている。貧民街の中で喧嘩なんてあってみろ、賭にする奴と、便乗して暴れる奴らが合わさって混沌に飲み込まれる。
しかし、公爵なんて身分なら戦争なんてしなくても、腹が立ったらそこらの下男を殴ればいいのだ。曲がりなりにも生活が保障されている身分なら戦争に加担する必要はない。
アタシがやるにしてもフツーは安全なところから滅多刺しにして愉しむし、頭に袋を被せてからの私刑だ。
相手に殺されるかもしれない状況に自ら追い込む?ワケが分からない。
「貴女も我が国が全方位と戦争してることは習いましたね?」
ジェラルド様からの回答は迂遠な所から始まる。
「ええと、北は海を挟んでアイル王国、東のザクセン帝国と連邦、西のスパイン王国に南は海の向こうに大陸……でしたか」
「その通り。3年前から全方位が敵なのにも関わらず、2年前にはアルバ、半年前にはカールスルーエを占領しています」
偉い偉いというかのように髪を梳かれる。
「んふ」
アイツがやってきたとしたら、もしその腐臭がなかったとしてもアタシは井戸の水で全身を洗い流していただろうが、彼にしてもらうそれはとても気持ちが良かった。
「で、その占領には公爵家が主に絡んでるんです」
その話は聞いている。貧民街で管を巻く兵士がよくそれを自慢しているからだ。
尤も、わざわざ治安劣悪地域くんだりまで来ているあたり他に居場所がないことを端的に示しているし酒精に淀んだ脳みそなんて信用するに値しないとも思っているが。
「戦略級魔術こそがこの快進撃の本質です」
「…………」
「納得のいかないご様子ですが、本当ですよ?」
はァ、と得心のいかない表情を見抜かれる。
「とは言え彼一人に任せきりにするのは不健全、戦略級魔術で全滅させないようにする配慮が必要になるわけです」
あれ、アタシ要らなくね?
アタシがいなくてもこの説得に反対なんてできっこない、と。
反射的に感じた。
「第一に、私戦争なんて一生関わりにならないんですが」
よくよく考えてみれば。
アタシにとって戦争は賛成すべきか?
ーーー正直、どうでもいい。
ジェラルド様が戦争で死んだとしたらそれは悲しいけれど、アタシが底辺でなければならない国なんて、そっちの方が間違ってる。
戦争に負けたとしても、男のように惨殺されることはないからむしろアタシの生活は侵略された方がいいまであり得る。
だから、ジェラルド様が死ぬ事を考えて差し引きゼロだ。
これでも、結構偏っている方だと思う。貴族サマが貧乏人と同じ大地で骸を晒してるとか笑えるし、その死体を蹴って遊んでやりたいと強く思うからだ。
ま、そんなとこアタシ絶対行くことないけど。
勝手に戦争して、勝手に滅べばいい。
残った勝者に媚びを売ってアタシ達は生きる。
そんなアタシ達を文字通り命をすり減らして守るのが男共の役割だ。
……でも、その汚い命を投げ打ってジェラルド様は守ってね?
アタシにとっての優先順位なんてそんなもの。
アタシ達には関係ないのだ、本当に。
どうしようもなくアタシに関係ない話題を拒否すると二人は、アタシの前で微妙に目配せを交わす。
なんだよ本当に。
怖ず怖ずと、しかしアタシには想像もつかない理屈が展開される。
「一番戦争で被害を受けるのはその日暮らしの人間ですよ?」
「だって、戦争で食糧が高くなっても私達は生きていられますが、貧民街の住人は飢え死にが増えるでしょう」
アタシよりももっと近視眼的な視点。
でも、アタシの心には全くもって響かない。
貧民街に住む奴、貧民街へと堕ちてくる奴、色々いるけど皆んな領主や貴族に怨みを持っている。全て貴族様方の失政に他ならないと。
誰のせいで今の不幸があるのかと。
尤も、そんなこと、最高位貴族たる公爵家では禁句だ。
「んじゃあ、反対で」
なるほどごもっともと言わんばかりの表情を浮かべ頷いておくと、ジェラルド様に見える失望の色。
しかし彼は何も言わず、佇むソレへと視線をスライドさせた。
そして当の腐物は責める目線に些かもたじろぐことなく言い返す。
「半死半生の兵士なんて放っておいても死ぬ。その微妙なバランスを一度で成功させろと?」
青い血なんだからサッサとジェラルド様に従えよ。お前にはそれしかできないんだから。
そう言いたいのをぐっと堪え、代わりにアタシも白い目線を遣る。
しかし、最も青い血は意に介する風はなかった。アタシの目など虫のそれとでも言うかのように無視される。
否。
『ような』ではない。アタシのような平民にも満たない人間は虫と同等と見做されているのだ。
口に出さなくても分かる。
死ねよ、と思う。
もちろん愚にもつかない意見を開帳するのならそれで死ねよとなるわけだが。それはそれ、だ。
トレーに載せられたフォーク。
自分で喉をひと突きしてくれればいいのに。アタシにここまで死を願われていて行動に起こさないなんて、不敬にもほどがあるだろう。
いや、むしろ死体を処理しなくていいどこかで死ねと願うべきか?
そんなことを考えるのは酷く疲れる。
ジェラルド様に対して被っている猫をソレにも向けることになるというストレス以外にも、被り続けること自体がストレスだ。
当然のことだが存在するだけでアタシの心理面に悪影響をもたらす相手が死んでくれるのが最善だがそれが見込めないならアタシの方が動くのも吝かではない。
ーーーボロが出る前になるべく早くお暇したい。
そう考えるのも純粋な乙女心の発露だと十分了解のうちだろう。
先ほどまで戦闘が繰り広げられていた空間に無傷のまま鎮座するテーブルに食事ごとトレーを置くと、それを見たらしい腐物が流動食の入った椀をひったくり一気に飲み干した。
淑女教育を受けたから分かる粗野な仕草に嫌悪感を覚えるが、問題はその後。
魔術で生み出されたと思しき水球が現れ、その口に入った。
いや、お前があの魔術ジェラルド様に教えたんかい。
アタシは思わず内心でツッコミを入れた。状況からしてそうとしか読み取れない。
「あぁ、もう聞くことはないだろう」
そう言って手をひらひらと振る病人。
死ね!!!
アタシはなんとかその二文字を叫ばずに済んだ。
◇ ◇ ◇
僕が仕える主人は相当な偏屈者だ。
「どうしてあんな嘘を?」
「一応、念のためという奴だ。外界との接触がある可能性、もしくは接触しに行く可能性。どちらもまだ完全にゼロになったわけではない」
……失礼、どうやらこの場においてだけはれっきとした理由があったらしい。
戦略的失敗を容易に覆しうる戦略級魔術。その使い手は常に暗殺の危険を考えなくてはならない。
例の少女が内通する可能性を考慮しているあたり、危機管理意識が徹底していると言えるだろう。その点は従者たる僕がよく考えなければいけないのだろうけど、性格上の問題なのか僕は人を疑うことが苦手だ。本当に同じ20歳かと思わせるほどの機転にはなかなか追いつけなかった。
むしろ主人に僕の方が引っ張られる始末。
それでも、と思う。
「もう少し信じてあげてはいかがですか?」
公爵殿下に実質与えられたとは言え、一人の人間として。
生まれや育ちを考えればそうなるのも宜なるかなと言ったところだが、彼は自己完結し過ぎている。
僕が言うのもなんだが、母親は物心ついた頃にはおらず、父親である公爵殿下も決して彼にかかりきりになるわけにもいかず、さらには余命宣告までもが15歳にもなろうという時になされた。自己完結した思考回路に育つのも本当に仕方のないこと、むしろ自堕落に過ごしていないのがおかしいレベルだ。
しかし、自己完結だけでは人は生きていけない。
聖書でもあるように、信じるものは救われるのだ。
疑心暗鬼は更なる疑心を生む。
そして、イエスでもノーでもない返答がなされる。
「私が……いやオレが、これまで間違えたことがあったか?」
「一度たりと、ないですね」
僕はすぐさま否定する。何故ならそれが偽らざる本心だから。
最善を選択し続けることに関して都市中、もしくは世界中で勝るものはいないだろう。ただし誰にとっての最善か、と言う但し書きが付くが。
少なくともその最善は、少女がいない最善だ。
「あァ、安心しろ。向こうから情報開示するのならこちらも信用する。その心づもりはできているから」
咎めようと思ったが、口振りに思わずブフリと吹いてしまい先程までの鉄面皮が崩れてしまう。
「信用させるつもり、ないじゃないですか」
従者然とした扱いでは犬猫じゃあるまいしどんな人間だってついてこない。
ハナから対話など望んじゃいない、というその本音が透けて見えたがゆえに。
主人も笑って返すがその拍子に潰瘍が痛んだらしく、笑いかけのままでぴきりと凍る。
僅かの間を置いて。
「あれだけの悪意を向けられればそうもなろうさ」
淋しげだが、その口調とは裏腹に口元はニヤリと口角が上がっている。
何か企んでいるのは明白だが、僕はそれを指摘しなかった。
主人は僕には視えないものが視えている。
言わないということは僕の反応自体も計算のうちということだ。
僕の主人はそういった陰謀めいたことを好む悪癖がある。敵対する相手に同じことをされると嫌がるのに、である。
残り寿命の3年では治らない死の病だ。
「……そうそう、次の戦闘ではかなり大規模な魔術を使う。頼んだぞ」
露骨な話題逸らしにその内心を想像して笑うのをこらえ、僕は頷いた。
これは相当大きなネタを仕込んでいるだろうと。
僕の主人は相当な偏屈者だが、最大幸福を追求した最善のためなら、とその真意も訊かず従う僕も僕である。
ちゃうねん政治のことなんてやりたくないねん、三角関係でもうちょっと甘々ドロドロの愛情を描きたいねん。もうちょっと妄執と妄執同士の醜い争いがやりたいねん。
ーーーはい、当て馬の幼馴染を用意すればいいと思います。
やめなさい。
ーーーはい。




