やはり顔面偏差値60以上でなきゃダメね。30とかだと性格悪いし
注:ハロー効果
こうして事実婚というべきものが始まったのだけど、アタシの生活は激変した。
と言っても思い描いていたそれからは大きく下振れしていた。
アタシが夢を膨らませすぎたのがいけないのかもしれないが、それにしたって衣食住、生活の三大要素全てにおいて下回るなんて酷すぎるんじゃなかろうか。
それとも、幾つもの都市を治める公爵家と言えど、貴族社会に認められない夫婦であるといえど、ドレスの一つも用意されないのはあり得る話なのだろうか。
事実婚であり、公爵家の公的役割を何ら担うことがない以上、それらの役割に必要なドレスなども必要ないということだそうだ。
王族に謁見するマナー講習も免除されたがむしろマイナスだろう。女子が貴族社会に憧れる理由で何割がそれをあげると思ってるんだ。3割だぞ3割。夜会も合わせると9割を超えるんだぞ。
そんなわけで軽いはずの花嫁修行だったが、にもかかわらず結構キツい。
それは王子様がアタシに魔術を教えてくれることになったからだ。
魔法と魔術は異なる。
アタシのような貧乏人は回復を感覚で使えたとしても、理詰めの技術という側面が強い魔術は学習時間が相当に必要となり、アタシには到底使えない。
そも文字すら読めないアタシだから、話はそこからだった。
先ほどまで公爵閣下が朝食を摂られていた食堂で、アタシは本を見ながら文章を写させられていた。
正直文字初学者の稚拙な字である。これが製本されてアタシの収入になると聞いても買いたいと思う物好きがいるとは思えず、1日分のノルマ以上には中々やる気が起きない。
むしろそれらをやれているだけのやる気があるのは、ジェラルド様が斜向かいで作業しているから。
ジェラルド様の顔を真正面に近い形で堂々長時間拝む機会だからだ。
紙を捲りざまに彼の顔が視界に入り、手が止まる。
「私はまだしばらくかかりますが」
するとジロリとアタシの手元を見ると、次はじっとアタシを見つめる。
「な、なんですか」
進捗が悪いことを責めていることぐらい、分かっていた。
「いいですか、言語は慣れです。馴れです。回数を熟さなければ始まるものも始まりません。
興味がないのは百も承知ですが、給金を与えられているのですし、家事手伝いの業務も免除されているのですから、熟して下さい」
訳がわからないが、正しい言葉だけ告げるとその左手元、本に目を戻した。
意外と逞しい右腕は捲り上げられ、左手の本に落とした本とは別に、白い棒が黒板に文字を紡いでいく。
彼は何をしているのだろうか。
眼福ついでにガツガツと白い文字を描く手元を見つめていると、紙を捲る音がないことに気づいたのか、彼が顔を上げる。
「そうだ、午後から買い出しに行くのですが、貴女も行きませんか?その時ノルマが終わっていれば、の話しですが」
午後にマナーの授業はなかったはずですよね?
男女で買い物に行くとなればそれは…
デートというやつだ。
男が女に奉仕する儀式。貢物を捧げ、歓心を得ようとする行為。
加えて貴族という彼。
もちろん狙うは宝石の散りばめられた服飾品一択だ。
貴族様なら金などどっさり持っているはず。質素な生活なら尚更。
元々アタシ達から巻き上げられた金だ、取り戻すことへの抵抗感は著しく薄かった。
アタシを一度は振ったと言えど、所詮は男。
今ではなくとも、いつか。
骨抜きにしてやる。
「お願いしますっ」
アタシは満面の笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
彼は裏口に現れた。
その頭上すぐ上には飴が20個ほど浮いている。
「ど、どうしたんですか…それ」
「魔法とは技術です。と同時に人の体内の魔力を使用する技術という側面があります」
魔法を使える貴女ならば何か感じるのではないですか?と聞かれ、探ってみたけれどアタシには何も感じられなかった。
かぶりを振ると、心なしか寂しそうに、「そうですか」と言う。
ーーーマズいな。
アタシは静かにそう結論を下した。
何が悪いって、そうやって感情でアタシがコントロールされかかっていると言うことに。
僅かばかり申し訳ないなと思ったその感情を利用する手管は間近で見てきた分、よく知っていた。
相手に向いた流れをアタシに取り戻すべく、口を開く。
「ところで、どこにいくのか聞いてないんですが?」
「……あぁ、鍛冶屋と、菓子屋、それから水道局ですね」
……水道局?
怪訝そうな顔をしていたか、ジェラルド様は補足する。
「上下水道…と言っても分かりませんよね。ともかく、水道料金の相談をしに行くんですよ」
「水道?料金?何ですかそれ」
耳慣れない言葉に反射的に訊き返すと、ジェラルド様の眉根が寄った。
ーーーあ、やべ。墓穴掘った。
思った時には、貧民街を追い詰める呟きが飛び出る。
「やはり水道料金が妙に少ないと思ったら」
アタシは心の中で情報屋のオヤジに黙祷を捧げた。アタシの罪を赦されよ。
「一度料金の見直しが必要だということが分かりました」
が、しかしアタシが危惧していた方向とは別に話が転がっていくようだ。
アタシの黙祷を返せ。
アタシの心の叫びを他所に、王子様は歩き出す。
って、アタシがはぐれても良いってのか。
逢引と言えば先ずはコレと思ったものを口に出す。
袖を掴んで引き留めて。
今だ。
「手を…握ってくださいませんか…?」
「あぁ……はいはい」
はいはいは余計だと思いつつも、差し出された手を取る。
小指付け根あたりにできた剣タコ。
薄情にも思える彼の手は温かった。
◇ ◇ ◇
まだ慣れない靴で、貧民街にはない石畳と何回も衝突した結果、アタシの足が早速悲鳴を上げていた。
ハイヒールなど選ばなくて本当に良かった。
「靴がまだ慣れませんか」
誰のせいだこの野郎、とも思うが惚れた弱み、言い出せなかった。
「ま、取り敢えず食べといてください」
と、差し出された飴を口に含む。
生まれて初めての飴。
甘いという味覚にダイレクトな味。微かに焦げたような苦味を奥に感じる。
「飴は齲歯になりやすいという話もありますが」
……感動が台無しだ。
台無しにされた感情のカバーもされず、
「順番を入れ替えましょう、菓子屋を先に」
いや、意外と気にはかけてくれているのかもしれない。
目線で刺したのはまさに目と鼻の先、10m圏内。民家と見間違うようなこじんまりとした店だ。ここでも公爵家という地位とのギャップに混乱するアタシの手を引き、店の中へと突き進む。
すると馴染み客、もしくは太客からかすぐさま瓶に入ったものが棚の下から取り出される。
「男所帯なもので、こういう保存食の類いを作っていただけるのはありがたいです」
ヲイ、アタシは。……とも思ったけど、アタシのような貧乏人は料理なんてできない。何故なら料理は人数分の食糧を一度に集められる場合のみに起こるものだから。孤児院のようなクソが付く餓鬼どもの集まりでは起こり得ないのだ。アタシは炊事の煙を上げている家に集団で乗り込んで強請るばかり。孤児院で唯一の大人も享楽に耽るばかりで料理などはなかった。
だから、アタシは女性労働力としてカウントされてないのも自然な話であった。
……でも、事実とは言えまともに扱われないのは腹が立つ。尤も労働力として扱われればそれはそれで嫌だが。
閑話休題。
出された時にもほとんど中身が動かなかったあたり、相当粘っこいものが入っているのであろう瓶になんとは無しに手を伸ばすが、
「ちなみに一つ大銀貨2枚以上は値が付きますから、落とさないように」
との言葉に慌てて手を引っ込める。貧民街とは言え1ヶ月分の食糧と等価だなんておっかなくて触れない。
「じゃあ、またこれで」
すると相当可笑しかったのだろう、クスクスと初めて笑いながら瓶と空小瓶とを受け取り、また小瓶と大銀貨2枚とを突き出した。
悪戯っ気のある表情に面食らっていると、おもむろに中身の入った小瓶を摘まんで振って見せた。
乳白色の、粘り気のない液体がシャバシャバ揺れる。
「これだけで大銀貨1枚分に相当します」
量にして一口分。腹の足しに全くならなそうな超高級食材。
拳の中や、靴の中に隠すだけでも相当な本数盗み出せそうだと反射的に考える。
アタシは生活に困ってないからやらないけど。今のところは。
「他にも日持ちするものを頂けますか?」
「試食は?」
「もちろん」
ほどなく差し出された棒状の菓子。半分に折られた片方を口に運ぶと、ツンと甘いような匂いが鼻に抜けた。しかし舌の上は甘さの中で辛さが躍っていた。
緩和しようと唾液が出る出る。
「行軍用の喉の渇き対策に試しに作ったものですが」
「うん…試しに50本貰えますか」
「大銀貨2枚になります」
それより水が欲しい。
アタシの心情をつゆ知らず、ジェラルド様は金を払い、商品を受け取って店を出る。
「またのお越しをお待ちしております」
カウンターの奥で腰を曲げる気配。
二度とくるか、こんな店。
店を出て一歩、ニ步。
「喉が渇きましたね」
アタシの内心を読み取ったかの如く同じタイミングでジェラルド様が呟く。
つまり、休憩。
丁度30mほど歩いたところに屋台があった。果実水の店だ。
そんなアタシの甘い思考は2秒足らずで崩れることになる。
ジェラルド様が足を止める。
不思議に思いながらもアタシも足を止めた次の瞬間、アタシの前に水球が現れた。
横を見ればジェラルド様の前にも水球。
「魔術にはこういう使い方もあるという一例です」
そう言い切ると、水球に噛み付く。
拳大よりもひと回り小さい水が全て口に収まったかと思うと、喉仏が上下する。
ーーー飲んだ。
目で促されアタシも齧り付くがそう思い切れず、ごく一部を食い千切るように口の中に収めた。
瞬間、輪郭を崩した水球が重力に従いアタシの胸元を濡らそうとしてーーー消えた。
口の中に残った水を嚥下する。
余りにもオトメゴコロというものに配慮のない一連の行為には辟易するが、水そのものは罪はない。
飲み終わったとみるや、ジェラルド様が煙突を指差す。
屋根に遮られて距離が掴めないが……1キロも離れていないと見た。
工業地区は街の中でも柵に覆われてアタシや孤児は入ることができない。ジェラルド様のような貴族でもないと
「道のりで言って1.6キロ。家に帰る事を考えると4キロと言ったところですが、歩けますか?」
そう言いアタシの足元を見る。
そんな遠くまで歩かせるつもりか。
無理。
黙って横に首を振ると、ふむと一人頷く気配。
「乗り合い馬車を使いましょうか」
いや、使っていいのかよ。
というか。
「最初から使えば良かったのでは?」
思わず思考をそのまま出力する。
アタシが辛いのを見て愉しんでいたってのか。
「公爵家にはつながらないようなルートを選ばせているので日常使いには向かないんですよ」
ゆるゆると首を振って否定される。
多少気になるところがあったが、まあいい。
「なら早速行きましょう」
アタシがそう伝えると、いきなりジェラルド様はアタシの手を引いた。
何かと眼を剥いたが、ジェラルド様の目線を辿ってみれば、なんのことはない。
すぐそこに馬車が歩いていたのだ。
ベストとも思えるタイミング。
アタシははしたなくも馬車の中で靴を脱ぎ、治癒魔法を唱えた。
◇ ◇ ◇
え、えぇぇ〜……
アタシは再び、想定外のスケールの大きさにただただ圧倒されていた。
鍛冶屋で受け取った金属塊が大き過ぎたのである。
デカい。説明不要。
ジェラルド様は魔術で運ぶために用意された人員なのだとすぐに知れた。
金属は重いため動かすにも人員が要る。
それが浮遊魔術で通りの邪魔にもならず完遂できる。
「危ないので此処にいて下さい」
反射的にアタシは振り返り、鍛冶屋のオヤジのムサ苦しい顔を視界に収める。
と、同時に後悔する。
金属を叩く甲高い音を意識せざるを得ないから。
五月蝿いクソッタレな男共と一緒になんていられるか。
ジェラルド様に着いていく以外ない。
◇ ◇ ◇
工業地区には珍しい女が鍛冶屋を出た後。
人を何人も殺してきたのではないかと思わせる眼を思い出し、背中の毛が逆立つのを感じながら鍛冶屋のオヤジが呟く。
「いやー、おっかなかったな。殺されるんじゃないかってブルっちまった」
「ありゃ貴族じゃない。公爵家って、平民でも出入りできたか?」
そう言うのは同僚。しかし鍛冶技術に大差はないとしても、人間に対する観察眼は関係ない。
どんな状態でも人間がわざわざ蟻1匹に威嚇をしないように、貴族様は平民に対してわざわざ示威行為などしない。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。
「面倒ごとには関わらないに限る」
「……そうだな、忘れよう」
貴族特有のややこしい事情があると感じて、口を噤んだ。
自己紹介もされていない、平民の娘なら尚更だが、長く出入りもしていない客を覚える必要を感じなかった。
それよりも覚えるべきことは山ほどあるがゆえに。
次の作業の工程表を組み始めた時にはもう、彼女のキッッッッッツイ眼のことは頭から消えていた。
◇ ◇ ◇
水道局とやらは工業地区の中、鍛冶屋の3つほど向こうの通りにあった。
機密上の問題とやらで正門前にほっぽり出され、なんとはなしに水道局の構造を眺める。
一番入りやすいだろう正門には門番が一人がいるばかり。それも身なりが貧相で、賄賂も多少で済みそうだ。
また塀は低く、アタシが少し背伸びをするだけで中の構造も拝めるくらい。
結論。アタシでも入れそうだ。
広さから考えて裏口を抑えるのに3、4人、表を抑えるのに10人くらいかな。
そうして右往左往していて目障りだったのだろう、
「ウロチョロするなッ!」
門番に一喝される。
殺すぞ貧民が、アタシは公爵家付きだ、とも思ったけれどアタシの殺意が実際に影響力を持つ前に動く人影があった。
「わかりますよぉ、侵入ってくださいと言わんばかりに警戒が薄いですから」
左耳に息と一緒に吹きかけられる。
貧民街で食うか食われるかの生存競争を繰り返してきただけの気配察知能力はあると自負していた。
それが簡単に死角に回られて、気配も感じなかった。
家無しのオッサンなら首をナイフで掻っ切られて一撃死に至ってもおかしくない。
ひっと喉から漏れる悲鳴を噛み殺し右へと距離を取る。
それをよそに、アタシに鳥肌を立てさせた元凶は呑気に門番と挨拶をしていた。
どうやら門番と知り合いらしい。
工業地区にいると言う事それ自体が一定の身分を保証するが、その中でも水道局に近しいらしい、と言うことが確定的になる。
しかし見ればソレが着ている服はアタシが昔着ていたようなツギハギだらけのシャツにーーー
「アハハ、そんな警戒しなくていーよ。気づいてるでしょ?今の一瞬で命も奪えたってこと。逆に私にとって殺しがデメリットになると判断したってコト。警戒したってムダ。だからそんな眉吊り上げないでよ、オ バ サ ン」
ーーー今何つった?
「20歳未満だクソガキ」
「気にして声を荒げる時点でオバサン認定でいいと思うよ。ガワの取れたオバサン」
凄んでみせるが効果はない。
よくよく見れば減らず口を叩くのは身長140センチにも満たないチビだった。
あーくそ、調子が狂う。
「税金じゃなくて、財テクで生み出した利益によって運営してるから、どうしても警備面を疎かにしちゃってるけど防衛能力は随一だから安心してね」
だから侵入しようなんて真似はやめようね?
ーーー上等だ、クソガキ。
「どちら様だクソガキ」
「名乗らないオバサンに名乗るほどの名前などありませーん」
バカにして。
「ーーーッ!!」
拳を振り上げようとしたが寸での所で思い出す。アタシは公爵付でクソガキなどよりも身分が高いのだ。
ならアタシが手を上げるのは間違ってる。相手が手を出してきたところで、殴り殺せばいい。ごめんなさいと繰言を言うまで痛めつけてやろう。もちろん言っても拳は止めず、可愛らしいツラが完全に変形し切ってまともな食事が取れなくなるまでやってやる。
ふぅと一息。
不思議そうな表情を浮かべる幼女に微笑む余裕すらあった。
「……まぁいいや、ジェラルド様に呼ばれてるからいかなくっちゃ」
アタシが冷静になったことで興味を無くし、踵を返して塀の中へと消えていく幼女。
今何つった?
「待てや!」
追いかけようとするが、門番に止められる。
貧相な身なりの男とアタシが至近距離でかち合う。
睨みつける瞳と、睨み返す瞳。
集団で立ち回れないアタシは弱者だ。
クソッタレ、ああクソッタレ、クソッタレ。
門番に突き飛ばされるようになりながらも意地で倒れずに踏ん張る。
私刑にかけたい。その顔面が歪む様を見たい。
その思いはジェラルド様が戻ってきたことで中断される。
運が悪い。もっと早ければ幼女を断罪できたと言うのに。
ああクソッタレ。
「ジェラルド様!」
駆け寄るも、彼のアタシを見る目は冷たい。
あの幼女とはどう言う関係?
それを間接的に示す言葉が返ってくる。
「見た目で貴族かどうか判別していませんか?」
ええと、つまり?
察しのいいアタシはすぐに思いついた。
襤褸を身に纏った二人のうちどちらかが貴族なのだと。
そんなこと誰も教えてくれなかったじゃないか。
しかし門番などと言う誰にでも務まる仕事、貴族サマなんぞが手を上げるとは思えず。
アタシは消去法的に答えを出す。
あの幼女、貴族だったか。
泣いて謝るまで責め立てても良かったなどという思いと同時に、貴族の外交沙汰にならなくて良かったと言う安堵が同時にアタシの胸に去来する。
アタシは公爵家付きとは言え、守ってくれるとは微塵も思っていないからだ。
チッ。
全ての内心を口の中の舌打ちで誤魔化す。
「取り成しておきましたが、次からは気をつけて下さい」
チッ。
「あのク…いえ、幼女はどなたなのです?」
「私の義妹に当たりますね、フィクトゥス家の三女だったはずです」
どうしようもなく端的な答え。
「…どうしてあんな衣服を身に付けて」
「貴族と言えど上があれば下もあります。そうなれば貴族という身分であることが分かれば私刑に遭ってもおかしくない。カモフラージュですね」
少し面白いことが聞けた。
アタシ達は鼻持ちならない奴らを物陰で殴ってきた。
しかし、貧民街の中にも貴族がいるのならそいつらから先に殴らなければ。
顔に影が差し、ジェラルド様は続ける。
「私達貴族を憎んでいる人が出るのは仕方のない事ですから」
「そんな」
ジェラルド様以外であれば、アタシは大きく頷いただろう。
貴族など全員殺してアタシ達貧民街が権力を握れば全て解決する。
貴族サマがこれまでために溜め込んだ財を貧乏な平民にばら撒けば貧乏と富豪の差はなくなり、権力の差もなくなる。面倒な法律も全て壊して仕舞えばいい。
「考えてみれば当然の話だったんですよ。私達は市民から税を巻き上げて、その上労働力の面で負担を強いる、民から見たら極悪人です。恨まれて当然の存在です。軸が壊れた時の、人々の顔、アレは忘れません」
初対面のきっかけとなった事故。
あの時、周り皆全てが嘲笑っていた。
いつも見下している偉い身分が今度は見下される立場になって、滑稽だと。
俺達がいつも這いつくばって見ている景色を精々拝めと。
その皆には、アタシも入っていた。
勿論アタシはゴミクズが死んでくれた方がよかった。
アタシは貴方さえいれば、全部壊してやるのに。前に脅しをかけた公爵殿だって人間だ、袋叩きにして殺してやるさ。
その思考から、ジェラルド様の言葉で現実に引き戻される。
「感情の前に理屈は無意味です。何の意味もないどころかさらなる怒りを招きかねず、有害ですらある。だから、力づくで抑え込む。完膚なきまでに反抗の芽を叩き潰さねば私達の方が生きていけません」
増長した市民程度、虐殺できるほどでなければならぬ、と。
その口から物騒なセリフがスラスラっと飛び出る。
それは、常から考えていたということをこの上なく端的に表していた。
勿論、と彼は続ける。
「貴女や働いている下男などが手引きしたとしても変わりません。私と、旦那様。そして下に住まう主の三人だけでこの国は滅ぼせますから」
これは、牽制だ。
それは、潜在的な敵と見做しているということ。アタシを含めて敵になっても構わないと思っている。
妄想だ、と否定したかったが、安易に切り捨てづらいところがあった。何せつい先日その戦力差を見せつけられたところだから。それに、その戦闘すらも目で追えなかったアタシが否定したところで、どれほどの価値があるだろうか。
「まあ、少し話しすぎましたね。暗くならないうちに、帰りましょうか」
穏やかに微笑んだ。
◇◇◇
「つい先日出兵から戻ってきたところなのに?」
「ああ。公爵家が再度派兵を命じられたのだ」
言い含めるように、公爵が同じ言葉を繰り返す。
「前回から半年ほどしか経っておりませんが」
それはまあ、そういうことだ。
王国で随一の超広範囲殲滅魔術の使い手ーーー尤も対外的なカバーストーリーとしては生体魔導兵器という触れ込みなのだがーーーを頻繁に用いなければならない事態とは、つまり戦況の逼迫とイコールだ。
のべつ幕なしに降り注ぐ殲滅魔術で敵兵を砦ごと、あるいは田畑ごと掘り返せばせっかく手間暇かけて整備された補給線も破壊される。王国軍はその機に乗じて領土を掠め取るどころか、半年で元々の国境線程度まで追い込まれているのだ。
端的に戦略上の失敗を戦術で穴埋めしようとする悪例だが、それでも貴族の中の貴族、貴種の中の貴種である公爵家は王家の号令に従う必要がある。公爵家は王位継承権を放棄しているが、そこらの貴族などよりよほど王家の血は濃い。国家転覆の旗頭に担ぎ上げられることは十分あり得るため、逆に従順に振る舞うよう努めねばならない。
問題は従軍する中身、数百どころか数千の兵士でもなし得ない大量虐殺を行える魔術師を如何に止めるかであった。
ソレが魔術で一振りするごとに敵が消し飛ぶ。それは本来公爵家兵士が積むべきだった実戦の機会を奪うことに他ならない。『決戦兵器さえ出せば勝てる』という状況は油断にも繋がり、練兵もうまく機能しないのだ。実戦に勝る訓練はなしといえば聞こえはいいが、練兵ノウハウを新たに生み出せないがための弱みであった。
「説得は出来そうか?」
「3連敗の身ですが、努力はします」
うむ、と頷き、退出する姿を見送った。
公爵家に仕えるに、王家に拝謁を賜るに相応しいだけの教育を施してきたつもりだがいかんせん騎士、法衣貴族がやるように都合のいい記録を持ち出されれば勝ち目があろうはずもない。
それでも説得を行うのは体力にまかせた長期的な説得により譲歩を引き出すことができるから。
特に直近の、半年前などは威力を調節して砦の6割消失にとどめてもらうなど、実戦の機会を増やし、かつ勝利できるだけの壊滅になるよう調整を重ねることができた。
ーーーできるだけ早く折れてくれるといいのだが。
そんなことを思う。
最強兵器に頼るほど逼迫している戦況、さほど余地は残されていない。
もしさらに押し込まれてみろ、領土に何をされるかわからない。優れた魔術師ならば気づいてしまうだろう、そして掘り返され、再度敷設するのに手間がかかる。
国土全てを領域とした魔術は、逆に一部が壊れれば機能不全に至るだろう。
実は国防の危機はかなり喫緊の課題なのだ。
ふと、見られている気がして口を開く。
「聞いていたろ?」
虚空に向かって語りかけるも応えはない。
カマをかけたが恥ずかしい思いをする羽目になった。
釣られてるのがわかる…悔しい!でも釣られに行っちゃう(釣り上げられた魚の如く跳ねる




