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公爵家パネエって!そんなんでけへんやん、普通。

ルッキズム全開!本文と筆者はかけ離れていることをお察しください。こちとらブサイクで物覚えの悪い子供部屋おじさんですので。むのうおじには居場所はないのよね。ぴえん。ぱおん。

街中で1、2を争う大きさの屋敷、それが公爵のものであることは貧民街(スラム)暮らしのアタシでも想像に難くない。

裏口を守る衛兵にジェラルド・ファルサスの名前を出すと、渋々と言った様子だったけれど信用は得られたようで慌ただしく人が動き出した。


アタシの言葉で大の大人が動くということそれ自体が可笑しくニヤニヤ、堪えきれずほくそ笑んでいると気に障ったらしく衛兵に怒鳴りつけられた。


ーーー殺してやろうか。


とは言えアタシが権力でも腕力でも衛兵に勝てるわけがなく、自殺願望のないアタシは深々とお辞儀をして誤魔化す。


すると舌打ちをしつつもアタシは裏門を通された。


正門よりも格段に小さく、人が一人通るのがせいぜいの道。それでも実家よりも格段に立派な玄関であり、アタシは恐る恐る、細かい細工で造形が施された閂を閉める。

さっきまでいなかったはずの背後から声がかかる。

「よういらっしゃいました」

(しゃが)れぎみの、僅かに高い老人の声。



振り向くと、概ね声から想像した通りの老いた姿が腰から深々と頭を下げている。わずかの間をおいて上がった顔を見てアタシは思わずひっと声を上げた。

想像と違うのは、あの人ほどでないとは言えあの人にもそう引けを取らない体の崩れ具合。


左腕は上腕の半ばから先が絶たれ、左の耳は綺麗に失われている。また左目から頬にかけてが黒い布に覆われ見るからに目暗(ブラインド)だ。しかしその布でも隠し切れないほどに腫れ上がった肉が全体の輪郭(silhouette)を大きく崩している。


公爵家ではこんな人まで雇っているのか。


欠陥人間を。


アタシの中で、公爵家に対するイメージが大きく崩れる。


キラキラと眉目秀麗な面々が穏やかに互いを褒め合う理想郷(ユートピア)から、醜い人間が相食む地獄に。

見た目が気持ち悪く、能力も低い彼らを雇う理由が一体どこにあるだろうか?



ともあれ向こうは公爵家に仕える人間。

欠陥人間であろうと孤児であるアタシとは違って後ろ盾があるのだ。

アタシは笑顔を取ってつけて、目の前の老人に謝罪する。

「すいません、少し驚いてしまって」


「いえ、私も不躾でした」

口元の緩いカーブを崩さず劣等市民は言う。

「坊っちゃまがお帰りになったらお礼をしたいと旦那様が申しております。数十分もかからないでしょうし応接室でお待ちになるのが宜しいかと」


やはりという確信がさらなる疑問を孕んでアタシの胸に去来する。


アタシだって掃き溜め(スラム)に住まう最下層市民だが、領主貴族の情報は特にアタシ達の生活を容易く左右しうるため情報通でなくてもある程度手に入ってくる。


それでも…公爵に息子がいたということすらアタシは今知ったのだ。


つまりは誰かが隠していた。

誰かって?殺人を隠すのでもあるまいし、人が生きているという信号(シグナル)はずっと発信され続けるため、発信源にほど近くなければ有り得ない。


公爵家で隠していた。そうとしか考えられない。


アタシが前に仕事として掃除させられた死体のことを思い出す。


死後10日と言ったところか、気温が高いせいで部屋に籠った死臭と腐った血の臭いは帰って鼻を濯いでも尚、何日も鼻の奥に残っていた。


生後2週間もないであろう赤子の上に折り重なるようにしてくたばった母親の手にはナイフ。

赤子の僅かに腐ってなかった皮膚には皮膚病を示す黒い湿疹が見えた。


五体満足、皮膚の表面が爛れたようになる程度で無理心中が起きるのだ。


貴族サマのキラキラした世界などアタシは知ったこっちゃないが、外見(見た目)はより重要視されるだろうさ。


殺しはしないけれど、静かに。誰の目にも触れないように死んでくれるように。

だってそんな病気のある子供が生まれた時点で不幸だ。

その両親だけでなく公爵家そのものが。


幸せに何らかの理由があるように、不幸にも原因が存在する。

不幸には、不幸になるだけの理由がある。


公爵家はその何代か分からない年月の中で因果を積み上げてきた結果、不幸な今に至るのだ。


そして公爵家という貴族の中でも一番有名どころは噂の俎上に載りやすい。

地位が高いと言う幸福を覆す因果が存在することが望まれているから。


だから噂による害を断つための行動を取った。

臭いものには蓋をしろ。火元を抑えれば煙も収まる。誰にでもわかる。



大変だったろう、見も知らぬ他の公爵家の面々に同情するよ。生まれてすぐ殺しておけば面倒は増えなかっただろうに、成長してしまえば隠し切るのもどんどん難しくなってくる。


だからアタシも同情に値するはずだ。王子様が関わっていなければこんな面倒事に首を突っ込む羽目にならなかったのに、と。


王子様がアタシを掃き溜め(スラム)から連れ出してくれると言う確信が無ければアタシもここまで振り回されていない。そもそも関わってすらいない。こんな厄イベント誰がやるか。



というか、そんな厄イベの情報それ自体が厄でもある。

情報屋兼古物商のオヤジ(こう呼ばないと拗ねて奢ってくれないのだ)に売ろうかとも考えたが、おそらくその道中で、アタシは殺されるだろうな。

それにあの人が生まれた直後ならまだしも、数年数十年経ってしまえば逆に物語(ストーリー)じみてくる。

まるで、酒場の狂人(オッサン)が酔っ払って弁舌を垂れる陰謀論のように、現実味がない。


荒唐無稽で噂として消費して楽しむ分にはいいが、その程度。買い叩かれるのがオチだし噂のために命を捨てるのは割りに合わない。


やはり、墓場まで持っていくのが正解だろう。



(わたくし)の名前など覚えていただく必要はないでしょうが、御要望があれば何なりと私にお申し付けください」

無言を肯定と受け取ってか欠陥人間は続ける。

顔、その崩れたカーブを布の上から撫ぜながら市民は言った。


ああ、王子様。アタシをこの気味の悪いじーさんの前から連れ出して!

このじーさんが何の病気を持っているかも分からないし、正直言葉を交わすのさえ悍ましい。


でも、公爵家というこの上無い身分証明がある以上アタシは一定以上の対応をせざるを得なかった。


コクリと頷き、踵を返す彼についていく。


口を動かさずに呟いた、「不合格ですね」という言葉にアタシはついぞ気づくことはなかった。





◇ ◇ ◇


アタシが目にしているものはなんだ。


アタシは自問するが、そこに答えがないのも分かりきっていた。


地下の巨大空間、3m以上はあるだろうか、高い天井ではクルクルと風車のようなものが回っている。


ご存知の通り、

(わたくし)や、坊っちゃまは本来ここに存在すべきではない人間です。坊っちゃまを助けて頂いたという事実も無くなる訳で、()()()応接室にお通しすることは許されませんでした」

坊っちゃまの部屋ですが(わたくし)どもで掃除をするにも危険で。

平にご容赦を、と背後で腰を曲げ礼をする老人の気配。


危険なところにアタシを連れて来るなと言いたい。



くるくる。くるくる。



「坊っちゃまは椅子やソファと言ったものを使いませんのでありませんが、ご入り用でしたら遠慮なく仰って下さい。すぐにお持ち致します」

再び腰を曲げる気配。



くるくる。くるくる。



屋敷の面積丸ごと一つ分はあろうかという広大な面積と、3m以上あると考えられる『部屋』にはアタシと老人しかいない。


もっと近づけば明るいだろう光も天井3mも離れれば薄暗くなる。


部屋のそこかしこにはどう見ても人が間をすり抜けそうな、目の荒い檻と、何かの機械(マシン)や工具がぼんやりと影を落としていた。



(ゴシップ)にもならねえよ、こんなスケール。


最高位の貴族は桁が違う。

やばいですねっ☆と心の中で嘯いてみるが虚しいだけだった。



「旦那様が直にいらっしゃいますが、閣下も危険に晒されうるので、お迎えに行って参ります」

そう老人は言って、連れて来た時の倍以上の早足で鉄の箱に乗り込んだ。


危険なのに放っていくつもりかと荒げかけた声も、かける相手がいないのでは無駄でしかない。

伸ばしかけた手と合わせて、息を下ろすとその衣擦れがいやに反響しない。

多分それは…広すぎるせいだとアタシは思った。

広い空間では音は反響せず拡散する一方で、目を閉じれば前後不覚にも近い。



くるくる、くる。



……怖い。

本能的な恐怖をかき消すように再び目から情報を取り入れる。しかし恐怖のせいか、どこかその景色はつい数秒前のそれとは違っているような気がした。


危険地帯で下手に動くわけにもいかず、すんすんと空気を嗅いでみるが全くの無臭。

犬か何かでもあるまいし、さんざ汚い場所も歩いてきたからアタシの嗅覚は麻痺気味だ。でも快不快で言えば臭い匂いなんてない方がいいに決まってる。




そうやって全身の感覚が鋭敏になっていたからか、ポーンと鳴る音より先、シャーっという金属製のワイヤーが鳴らす音に気が付いた。


老人を後ろに連れた威風堂々。

腐臭を身に纏わせていないのなら当然選択肢は残った一つだ。


アタシはすぐさま地に伏して殿上人たる公爵閣下を待つ。

腐った液体がばら撒かれていないだろうあたりを選んでいたアタシの慧眼である。


あ、床には流石に腐臭が染み込んでるや。前言撤回。

老人と何やら示し合わせる気配がしたかと思うと、アタシの前に立つ気配。

その物理的圧力の大きさから件の公爵閣下であることは想像に難くない。


「私も脱法(アウトロー)に身を染めている前提だ、細かい貴族慣習は抜きでやっていこう」


は、はあ。

お貴族様の思いつきに付き合わされるのにもある程度経験がある。狼狽(うろた)えながらもアタシには余裕があった……海千山千の老獪貴族には赤子同然だろうが。


ならば適当に話題を振って相手を満足させた方が良いだろう。

「まず疑問なのですが、地下空間で、手元も満足に見えない程暗くしてある理由はなんでしょうか?」

底辺(スラム)育ちで夜目がきくから何とかなっているものの、金はうなるほどあるはずの公爵家の一室が暗いなんておかしい。


「その辺りは…本人から説明してもらうとしようか。ひとまず公爵家の決戦兵器、その危機を救ってもらったことには礼を言う」

歯切れが悪い応えを返して、更なる爆弾をぶち撒けた。


アタシの上に疑問符を大量に浮かべさせておきながら、答え合わせをご自分でなさろうとするマッチポンプを作るが、アタシからは何も言えない。

「アレは人間ではあるが同時にあの風貌だろう?」

思わず頷く。

腐った身体。


とてもまた嗅ぎたいとは思えない悪臭と合わせて、到底人の前に出せたものではない。


「そこで、だ。少ない額ではあるが金を用意した。帰りに受け取るといい」

その言葉を待っていたように、背後で気配を消していた老人が私の前に進み出る。


でも、アタシはフルフルと首を横に振った。


「恐れながら、額面が足りません」

アタシの人脈を舐めるな、黙らせたければもっと金を寄越せという含意だったが、さらに言葉を紡ぐ前に閉じさせられる。


本能的な反応。

今、一瞬だけだが、首元にナイフが押しつけられているかのような感覚を覚えたからだ。

殺気。



アタシが殺されれば、孤児院を敵に、ひいては教会を敵に回すことになるが、そのためにアタシが殺されるのは割に合わない。死ねばいかなる財貨も持ち越せないのだから。




降参と死にたくない口が言葉を紡ぎ、命乞いを繰り出そうとするが更なる異物で有耶無耶になった。

ばちんという音が起きたと同時下がる光量。

カラカラと回る車輪の音。

ツンと(かお)る死臭染みた臭い。


車輪のついた椅子に荷物の如く載っけられた異物。

アタシは反射的に鼻呼吸を止めた。薄く開いた口から吸い込む口呼吸により、臭いは弱まる。

「これはこれは、お久しぶりです、公爵殿下」


「おお、久しいな」

椅子の背部に付いた手すりをジェラルド様に押させて、腐臭が近づく。


が、臭いはさほど強くならない。


気流を感じて天井に目を向け、そして気づく。

天井に据え付けられた風車が倍化する速度でくるくる空気を攪拌し、速やかに腐臭を吸い上げているのだ。


ソレを太陽光で殺さぬように、自身が発する臭いで死なぬように。


殺さないための檻。




……一人のためにここまで金をかけられるのか。アタシにはほとんど金はかかっていないというのに。

アタシは嘆息する。


二度と見てられないようなブサイクで、健康不良児であろうとも、その生まれだけで全てカバーできてしまうのだと。アタシのようにそれなりに美しく、健康優良児は生まれが孤児というだけでこんなにもクソみてえな生活を強いられているのに。


アタシの嘆息をよそに、心温まる(ハートウォーミングな)会話を繰り広げる健康不良児(ブサイク)と偉丈夫だったがひと段落したか椅子の向きが変わる。人力駆動のそれを操るのはアタシをクソみてえな環境から連れ出してくれる王子様、ジェラルド様。



「申し訳ないね、恥ずかしながら日光過敏症というのかな、光に当たると肌が壊死してしまうから、特殊な光にしてもらっている」

目線を下げれば腐臭をぶら下げた汚物(ゴミ)


手元がやっと見える光量の中金と蒼のオッドアイを光らせ、ソレは続ける。

「まずはお礼を。名も知らない人。お陰で助かりました」

欠陥人間(クズ)が。正常人間に対してなんて口の利き方だ。

修正してやろうかとも思ったが、王子様、そしてこの部屋の主。

怒りを後ろに隠した握り拳に込めることで発散していると、この部屋の主は背後の私の王子様に目線を遣る。


「礼金は閣下から渡されているだろうから省くとして、水の魔石程度でいいだろうか?」

「は。問題ないかと」

健康不良児(ブサイク)が満足そうに頷いて返すと、ジェラルド様が懐から石ころを取り出した。



ジェラルド様に比べてひと回り小さいアタシの手でも覆い隠せてしまうほど小さな、石。

透明で色のついた宝石でもなく、大方灰色な、街中でも見かける石だ。

「これも貴女ならば使えるでしょう」

ジェラルド様はそう仰って文字通りのゴミと、老人が先ほど渡そうとしていた金とを押し付けてくる。


「ちょ…ゴホッ」

いくら王子様と言えどゴミを押し付けるのは頂けない。と、呼吸が乱れた拍子に鼻呼吸をしてしまい、いきなり強くなった腐敗臭に吐き気が込み上げる。


「彼女を玄関まででいい、送ってあげて」

「は」


酸っぱいものを敢えて飲み込まずに堪えている傍でそんな会話がなされ、アタシの手が引かれる。

憧れの王子様とは言え、むしろ、だからこそ、醜態を晒すわけにはいかない。


畜生、一丁前に気なんか遣いやがって。汚物(ゴミ)のくせに生意気だ、腹が立つ。

「僕の見送りはナシにさせて貰えるかな、病弱な肌なもので」


言って、軽く微笑んだ。




ああ、吐き気がする。






あと、どこかで石ころ捨てないと。



◇◇◇

「あの(アマ)ァ…」

一本の拳が机に叩きつけられると、酒を注いだ器が跳ね、できた波が杯とぶつかって更に高さを得ると、そのまま重力に従って杯へと帰る。


モノに当たることは、良いことだ。少なくとも、ヒトに当たるよりかは。

一撃でそう言った感情を発散できるのであれば、以降それを引き摺らないのなら、破壊する方がよほどマシだと言える。

破壊行為は他人を挑発・威圧するためそう多用するべきものではないと苦言を呈したいが、そうは問屋がおろさない。

話題は既に別へと移っているのだから。



「あんなちんちくりんを贄として扱うつもりですか?」

ちんちくりん言うな。まあ気持ちは分からないでもない。

武人としての経験と、貴族の顔色を読み続けた経験を持つ彼ならば成人前後の少女程度読み切るのは容易い。まして貧民街(スラム)という分かりきった環境だ、背景が同じならば育つ精神性もパターン化されて来る。

これが貴族位であれば多種多様な環境を用意できるため読みの確度は下がってしまうだろう。


あの小娘の人間性は底辺に落ちぶれている。


最底辺(アウトカースト)に落ちることを恐れるがためにむしろ彼らよりも(いや)しくなっているのだ。所詮は人間、皮を剥けばすべからく醜い血と肉と脂肪の塊に過ぎないと言うのに。


人間の本性は変えるのが難しく、死ぬような思いでもしなければ変えられぬ。それ程の機会をわざわざ平々凡々の小娘のために作ってやる労力と成果についての議論は明後日の方角へ放っておくとして。


閑話休題。


私よりも確実に早く死ぬ我が子に用意してやれるものといえば、あの程度が精々だ。


生まれてこなかったことにされているあの子にしてやれるのは、あの子の狂った母親を消してやることと、その最期をより良いものにしてやること。それだけしかない。


「これが最善だろうよ」

私は他に良い人材を見つけることできないと告げる。

それは果たして本当である。


何故なら最底辺に落ちぶれた人間性を回復させるのは金であり地位であり教育であり、安心に他ならないのだから。

成人前後ともなれば教育による効果は著しく減退し身体能力を除けば滅びいくのみだ。


しかし、その下劣に過ぎる精神性はある程度貧困に共有される価値観であり、その要素を全く持たないとなれば貧民街(スラム)では逆に貴族関係の誰かという可能性が高まってくる。


忌子たる我が子の存在を貴族関係に知られることは、あってはならないのだ。


貴人であるはずの我が子には申し訳ないが、小娘が妥協点。

アレ以上を、貴族に悟られることなく求めるとなれば、今度はあの子の残り寿命や適齢期が限界を迎えるだろう。



仕方ないのだ、全て最善を尽くしたのだから。


酒杯を煽り仕方ないと告げると、目の前の老人は苦り切った表情を浮かべる。

「そも、あの方に必要なのでしょうか。あのような小娘が」

「そもそも論は必要ない。最後は本人が決めることだろう。選択肢を提示してやるのはあのような身体で産ませてしまった…そう、贖罪だ」


酒が回ったせいか、口が軽くなっている。


そのことを自覚しても口を止めたくないと感じるのは、二十年以上かかって来た贖罪の気持ちを誰かに理解されたかったのだろうか。


いや、そんな簡単に救われていいわけがないと、冷静な部分が言う。


私は、妻を殺したから。

忌子となることがわかっている我が子を救うために、我が子を殺そうとしている妻を止めるために。



妻を、殺したから。



私の口が回る方が言葉を生み出す。

「かつて、‘アレは人間としての運用はしておらん’とは言ったが、最期くらいは、誰に喪に服して欲しいかくらいは選ぶ権利はある。いやそうあってほしい。私の我儘(エゴ)なのかもしれん」


「後3年。墓の前で後悔したくないのだ。出来ることはなるべくしておきたい」

そろそろと見てとってか老人が酒瓶を振って見せると中身がチャプチャプと水音を立てる。

私は首を振りお代わりを断ると、酔い覚ましの水分代わりに無花果を千切り口の中に放り込む。



思ったよりよほど水分のあったそれは酸味を凝縮したようで、ぷちぷちと口の中で弾けた。



以下駄文。

裏とは言えない程度の設定ですが、輪廻転生が信じられている世界観です。

それも「徳を積めば来世はいい生まれになれる」程度の。

その価値観で言えば現世で悪い生まれ、例えば戦災孤児だったり生まれつき病気があったりで不利益を被ったとすれば前世で悪いことしたんだな、となるわけで。被った不利益の全ては自身に原因があるということ。

そうなれば前世に悪いことした人にわざわざ救いの手を差し伸べるモチベーションは心理的には生まれないわけです。前世に自分が何をしていたかなんてほぼ誰にもわからないが故に、ある種の自助努力で全ての不利益を片付けることができてしまうという凶悪な理屈です。


難しければハロー効果万歳、ルッキズム万歳でオールオッケー。これが大体根幹を成してます。ブサイクは辛いよね(経験談)、中学校の同級生にひたすらキモがられてた記憶が蘇る。


誰だって汚いカッコのグレたオッサンを相手になどしたくないわけで、青年でも終わりの見えない全介助を続けたくはないわけで。徳を積むといっても誰だって尻尾を振る相手は選びたい。それを正当化する理屈ができてしまっています。


孤児院を作ったり福祉の概念があるのは犯罪の増加を反映した予防策。これも運営する教会や国が“徳を積む”名目がありますが、もちろんそんな悪徳を積んだ彼らに差し伸べるのは彼らから搾取する悪意が裏にあります。

だって悪い奴らには正しく罰があるべき。悪い奴らに救いがあるのっておかしくない?それならずっと正しい人間がもっと富むべきでは?


可哀想、が魅力ある相手にだけ集中し、ナチュラルにブサイクなおっさんに生きる価値はない、とされる世界。でも自殺は来世でまた不遇な生まれになるから大自殺時代は到来してない。障碍者は皆んな前世で大罪犯したからそうなったのよ!一人で苦しみながら生き、そして死になさいよ!私達から搾り取った税金をそんなところに投入するなんて間違ってる!


地獄かな?


オッサンにとっても自分によくしてくれる人は全員徳を積むという目的があるように見えるわけで、利得目当てに行動しているように見えてくる。かすかにあり得た善意に裏を見てしまう悪意の自家中毒発生です。


地獄かな?!

でも大丈夫、生まれが良ければそんなことならないから。


さあみなさん今日も一日徳を積みましょうね!ブサイクは前世から悪人なんだから悔い改めるのよ!(はぁと)悔い改めようとも現世での扱いは変わらんけどな!イケメン万歳!


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