知られてはならない
本当に忌々しいことだが、ゼノビアの指摘はおおむね正しい。本当に忌々しい。
人数を揃えればいいと言うわけではなく、かと言って人数を頼りにしなければならないかも知れない。その塩梅は作戦目標の立て方で大きく異なってくる。
それをペド女郎との会話でようやく気付かされたアタシは、いそいそと笑顔の仮面を貼り付け仕事の合間に情報収集に勤しんでいた。
「みなさん、おつかれさまでぇ〜す!
歯も浮くようなセリフを並べ立てて。
「
しかし媚び売りは上手くいかない。
ーーーあのクソ野郎の采配か。
証拠も、それを示唆するものも全くないが、素直にそう思えた。
何故なら全身が腐り続ける怪物の思考など、同様に腐り切ったものである筈だからだ。でなければ、そんな不幸に遭う人間など存在していいわけがない。
そのまま脳まで腐り切って早く死に去ればいいのにと正直に思う。
そうすればアタシが真正面からジェラルド様に色仕掛けを仕掛けても、問題はないと言うのに。
アタシの籠絡術は所詮猿真似。女性であることで心理的障壁を下げるが、絶世の美女でないアタシの籠絡は、そうと相手に知られたら、もしくは多少の経験があれば効果が出なくなってしまう。
故に、媚び売りを使ってもこれ以上の効果は出ない。寧ろ、警戒心を上げただけマイナスだと感じた。
経験。
貧民街に住まう男達で、アタシにとって最も近かったのは、ゼノビアに従う奴ら。彼らはあの女で満足していたらしく、アタシに全く靡くことはなかった。ーーー尤も、靡いていたらいたで、10以上も歳の離れた娘に欲情するクズであることになるのだが。
そのように、経験を積んでいると言うことは、穢らわしくも女とそう言った交流があったことに他ならない。本っ当に、穢らわしい限りだ。
閑話休題。
その程度で諦めるアタシではない。
そして、アタシにはひとつだけ、そこに穴が見えた。例えば、貧民街で最も麻薬に溺れやすいのが30歳以上でたった一人虐げられているオッサンなように、見え透いた罠であっても逃れられないものは存在する。
つまり下男でも集団から弾かれたりしている男。
ぼうぼうに伸びた庭の手入れもせず、日がな一日屋敷の隅で窓から外を眺めている庭番の男だ。確か、ロウファンとか言ったか。他所の国の血が混じっているらしく、ここらでは珍しい黒髪を白髪に混ぜている。
戦争で名誉の負傷とのことだが、右脚は膝下から失われており義足も使っていないらしい。
当然それで碌に庭師などできるはずもなく庭の木は何十年分か枝葉を大きく伸ばしており、彼も爪弾きとまではいかずとも、距離を周りから置かれている状態だ。
コミュニケーションに飢えているはずなのに、その渇きが絶望によりフラットになった状態。
アタシは覚えがある。
貧民街で運悪く貴族から切りつけられ片手を失ってしまった男がある日、首を吊って死んでいたことを。
片手を失い仕事も失った男は、片手で本当に器用に縄を結び、どうしたって届かない台を蹴って死んでいた。
それだけならよくある悲哀譚だが、アタシは連日目にしていたのだ。貧民街の大通りともなる小路でその男が物乞いをしては奪われていくのを横目で見ていた。
もちろん切られてしまったからには男に何かしらの瑕疵があったのは確定的だが、尊厳を摩り下ろされ消耗する様子は惨めに尽きた。弱者を虐めるのはやる分には愉しいことこの上ないが、されるのはとても勘弁だ。
そのように最期に自殺というわかりやすい終わりを見るまで搾取され続ける存在は、それでもその弱者性ゆえに蹴り続ける脚に縋らなければいけない。
不足を感じながらも、縋らなければ到底生きていけないために、不足を常に抱え続ける。
ーーー弱者は死ねばいいのに。
おっと、本音が漏れた。
ともあれ、その不足が限界にまで達していれば、見え透いた罠でも引っ掛かってしまう。
恋は盲目?溺れる者は藁をも掴む?そのよく分からない譬え話はどうでもいい。
本心のどこかでは相手が己に微塵も興味を抱いていないと自覚しているのにも関わらず、逆に溺れていく現象。
それを利用すれば、自分で動けない男一匹程度、オトすのにわけはない。
「
しかし、この場合に問題となるのはアタシのプライドと、人の目。
特にジェラルド様に伝わることで籠絡術は効果が低くなるし、いざ事実を創る時にそう言った処女信仰に紐づいた暗黙の了解は寧ろ障害となる。
だから、決して知られることのないよう、そしてアタシへの評価点が下がることのないように動く必要がある。そのためにはどうすればいいか。
ーーー警備状況の把握だ。
なぜアタシが好きでもない男に夜這い紛いなことをしなければならないのかと我ながら頭が痛いし、結局情報収集が難しいことに転帰するので頭が痛い。
幻頭痛となんとも言えない微妙な気分、さらにそれを近くの弱者への嫌悪感へと変換しようとする心理的反応とそれらが悟られれば得られる情報も得られなくなるという理性との葛藤。
全てごちゃ混ぜにした感情を表に出さないよう笑顔でマスクしながらアタシは問いかけた。
「
ーーーそうだ。アレを殺す時に、一緒に殺してやろうか。
自殺すらできない雑魚を生きる苦しみから解放してあげるという救い。
そう、わざわざ目に入れようともしなければ意識することもなかった雑魚でも、目に入った以上は多少気になってしまう。
証拠を隠滅することを考えれば、目撃者はアタシ一人であるべきだ。
そう言った打算もあるけれど、アタシに殺されて早く死んだ方が幸せだろうという思いもあった。
誰からも愛されず、ただ生かされているいのちになんの意味があるのかと。
愛されるためには優秀であること、他より優れていることが必要不可欠だが、身体を欠損した存在がそこから挽回できるとは到底思えないのだ。
ただしそれを暗殺と同時に決行しようとするとハードルが跳ね上がる。
どれを優先すべきか、どれなら平行できそうか。
到底知られてはならない思考を脇に置き、アタシは阿諛追従を使う。
「そんなことないですよぉ」
「……んだよ」
吐き捨てるように片足の老人が言う。その声は小さくて途中からしか聞き取ることができなかった。
「ーーーあったんだ。そして今もある。これ以上は儂に関わらん方がいいだろ」
ーーーンだよ。せっかく人が親切にしてやってるって言うのに。弱者のくせに親切を断るなどという不義理、到底許されるものじゃない。
咄嗟に脳裏にうかんだ殴って理解らせると言う選択肢を慌てて打ち消し、ニコニコと笑みを崩さない。
弱者のくせに、一丁前に警戒心を持つなんてことが烏滸がましい。自分に向かって差し伸べられた手が一つしかないのなら、結局その手が地獄行きだったとしても取るしかないのだから、さっさと騙されろ。
まあバカは、バカだからバカなのだが。
次から次へと溢れる罵詈雑言を心のうちにとどめつつ、アタシは出来うる限りの言葉を尽くす。
「まあまあそう言わず。新参者と厄介者ではぐれ同士、仲良くしませんか」
「……儂がこの瞬間激昂してお前を殺すとは考えなかったのか?」
「
「安心しろ。儂は元軍属でそこそこ戦闘訓練も積んできたとは言えそれも完全に錆びついとる。お前のところまでなら殺せる可能性は……5分ってところだな」
唐突に示された殺人予告はアタシの脳を一瞬フリーズさせるには充分だった。
3年。そのタイムリミットまでに情報を聞き出し、そしてあいつを殺すことはできるのだろうか。
地位が低く代わりがいるーーー略して“ちいかわ”




