毒
おはようじょ!(触発されいつ言うか考えているうちに数年経ったあいさつネタ)
ソラとかいう薬剤師を絆して接近した数日後。
アタシは再び貧民街にいた。
当然お願いしていた毒が入荷、もしくは完成すると見込んでのことだ。
昼間にも関わらず酒を飲む男共や客寄せの女共に混ざって、目の前のソラは懐から小瓶を取り出して見せつけた。
「これが遅効性の痺れ薬ですね」
アタシから突きつけた、厳しい条件。
それは、完全に無味無臭無色かつ行動の自由を奪う、もしくは殺せる薬だった。もちろん誰にも分からない毒物。
何せ誰も知らない毒による急死は毒殺だと分からないから。
「まずこれは親油性が低く、親水性が高いため水に混ぜておくと吸収率が低下しません。沸点は800度、お香で使えるかどうかと言ったところですが、温度によっては変質して効能を発揮しない場合もあるのでお勧めしません。逆に融点は低く、いつでも液体毒として使えます。沸点からわかるように分子量はそこまで大きくなくて、腎排泄型のため老人にはよく効くでしょう。経皮毒ではないので傷口でもないと全く効果が出ません。やはり一番は経口摂取、直腸摂取、もしくはナイフなどに塗り込むのがまだ効果的かもしれません。十分量となると経直腸が一番ラクですがそういったタイミングでもないと難しいですね。全身を痺れさせるとなると数時間は気づかれない必要がありますし、経口がやりやすいですかね。薬の効果を早めるためには単体で飲む方が望ましいですが、量を十分量入れることで混ぜ込んでもなんとかなると思います。薬物相互作用についてですが、最近の薬に関しては出ていないのでなんとも言えませんが20年前までに出ている薬では毒の働きを強める効果があるようです。弱める効果については何とも言えません。もういくつか毒もあるのですがそちらは味がしたり、濃い赤色だったりしたので外しました。もし必要でしたら、紹介しますが、どうですか?」
早口の呪文。
じょ……情報量が、情報量が多い……!!
「どれくらいの量なら身動きひとつ自由に取れなくできるの?」
と訊き返すのがせいぜいだった。
特定の分野に特化した、いやしてしまった男というのは承認欲求が強い。何故ならそれしかアピールする手段を持ち合わせてない雑魚だからだ。
金とその労力だけ置いて、早く死ねば良いのに。
素直にそう思うのを、目線に籠めるのをこらえる。
アタシよりも低い座高の分、流し目でその視線は誤魔化せた。
そんな殺意にも満たない欲求には露ほども気づかず、年若い少年とも言えるソラはそれに答えた。
「大体ティースプーン3杯ほどは最低でも必要です。体重が重ければ、そう、成人男性2人分ほどの巨漢であれば5杯は必要でしょうか。あとは発汗などが多ければそこからもわずかに排泄されるのでその分調節も必要でしょう」
なるほど。全身から腐臭を撒き散らしてなおも生を謳歌しているということはそれだけ新しく皮膚が生まれているということ。毒を与えても一部その腐敗物に入ってしまって効果が薄れてしまうだろう。
となれば多少練習が必要そうだった。
そうでなくても、この毒を死ぬ間際にいるそこらのジジイに飲ませて実験し、効果を確かめるのが得策だろう。
アタシだけでは殺すには手が足りない。その追加の人手を探すのも考えると必要なことが指数関数的に増えて行くのが悪魔的ですらある。
ただ一人を殺し、一人を愛したいだけなのに、その障壁はあまりにも大きかった。
「それじゃ、もう一つの毒は?」
麻痺毒は量が足りないから追加注文しないと、という計算を脳裏に描きながら放たれた本命の注文は薬のプロを唸らせた。
「そちらですが、誰にも分からない毒、は無理があります。ある鉱物から発見された毒は脱毛、皮膚炎、神経障害に始まりよくある症状でその毒によるものと分かりにくいですが、逆にそれが特徴となり得ます。疑えば髪の一房からでもわかってしまうので、絶対に分からない毒は私の知る限りありません」
暗に何かを妥協しろ、という。
自らの手で発明した物でもない限り自分以外知らないことなどあり得ないのだから、と。
しかし、だ。アタシはジェラルド様との幸せで安穏とした生活を長く過ごすために諦めるわけにはいかなかった。
毒だと疑われればその疑いの目がアタシに向いてしまうことは避けられないのだ。
「じゃあ、これまでに薬とされてきたものを転用できないの?」
諦めきれない感情を声音から脱臭できないままに言い募る言葉も、敢えなくかぶりを振ることで撃沈した。
ーーーチッ、能無しが。
アタシは舌打ちを心の中にとどめた。
なら、どうするか。殺すための毒が必要なのは変わりない。問題はどんな毒を使うか。できる限り苦しんで死んでほしいが、そうすると助けを呼ぶ時間が長く取れてしまい、より助かるリスクが上がってしまう。
ーーーチクショウ。
「なら、入った時にはもう手遅れになってしまう毒は?」
僅かに瞑目、アタシは大きく譲歩することにした。
アタシに疑いの目が向くのを妥協してでも掴みたい幸福がそこにあるのだから。
「候補がいくつもありますが、それでも10種類もありませんが」
「それで問題ないわ」
更なる妥協を迫るセリフにアタシは迷わずNOを突きつけた。失敗して警備の穴を埋められては殺せなくなる。
身体に入った時にはもう手遅れとなる猛毒ならば、それこそ毒がすり替えでもされていないかぎりは有効だ。目的の一つである抹殺が達成できることになる。
「予算の範囲で、成人致死量の数倍は欲しいんだけど、できる?」
「ヒ素など有名な『相続の粉』では?」
「分かりにくい薬でお願い」
貧民街でも使われるほど有名過ぎる毒薬は、その死体反応もよく知られてしまっている。
多少のリスクは許容するが、わざわざ有名な毒で殺してやることもない。
自殺志願者じゃないんだから。
帰りにそこらの老人を捕まえて試してみようと痺れ薬の入った薬壺に手を伸ばすが、ソラの手で掻っ攫われ懐に収められてしまう。
「まだ、代金を貰ってませんから」
一瞬の思考の空白。
怒りの感情も湧くが、それなら、という考えも湧いてきた。
なるほどベンソンのオヤジが斡旋するだけ契約関係は叩き込まれているらしい。
それは同時にアタシの魅力がその思考を歪めるほどには籠絡しきれていなかったということだ。
生意気なその様子にむしろ、嗜虐心がメキメキと湧き出る。
籠絡され翻弄された挙句、遊びでしかないと気付いた顔はどんなものだろう?
アタシはそれをいつか見届けることを楽しみにしている。
「あぁ、そうでしたね」
それから次に会う日取りを決めて。アタシは一足先にと路地を出た。
例の水薬の店に向かいながら、アタシの殺人を助ける人材に心当たりを付ける。
薬剤師の世間知らずではそういった後ろ暗い人間には縁が薄いだろう。そして、その斡旋元であるベンソンのオヤジに話せばまず間違いなく真相に気付き、公爵にタレこんでアタシは一巻の終わり。
アタシにはもう一つーーー忌々しいながらもーーー選択肢がある。
男を籠絡し、その暴力を背景に貧民街を牛耳っていた女。
彼女に頭を下げれば、いくつかの伝手は手に入る。
全くもってアタシの思い通りには運ばないものだ。
◇ ◇ ◇
権力者が転げ落ちるのは一瞬だ。
そして、それこそがアタシたちが求めるもの。
散々足蹴にして、挙句は踏んでいたことすらも忘れてしまう恩知らず。
その地位が失墜し、空気のように思っていた相手から見下ろされる。
アタシたちが手を回さなくとも手に入るガス抜きはとんでもなく甘美だ。
アタシのかつての上司・ゼノビア・クローディアは孤児院の院長を辞めることを上層部に願い出た結果、目出度くその申請は受理され別の教会へと配置換えと相成ったのだ。
引き止められることすらなかったという事実が物語ることが分かるだろうか?
上層部にとっては所詮換えの効く人材に過ぎなかったということだ!
なにそれ滅茶苦茶笑える。
ーーーとは言え、アタシはしてもらう立場。
住宅区画の端、利便性も低い教会分会で、一人寂しく十字架を磨くゼノビアを見つけた瞬間、気を引き締めるように心の中で呟いた。
「何か用?」
「孤児院長だった貴女に助けて欲しいことがあります」
「そう、ね……私はもうただの修道女。貧民街とはもう関わり合いはないわ」
無駄に肉感的なボディを揺らしてゼノビアは話し合いすらも断る雰囲気。
なめてんのかテメエ。アタシへの当てつけか?
こめかみに青筋が立ちかけるがこれからの問答に思考を向けることで自分の中の怒りを誤魔化し、気焔を鼻から吐き出す吐息に溶かす。
「そんなことはないでしょ。昨日今日で世代交代が進み切ったとも思えない。その人脈は今でも使える筈ですよ」
「……で?私には何のメリットがあると?」
公爵閣下の前では猫を被っていたが、正体はこれだ。
自らよりも立場が下の人間に対しては徹底的にドライ。
上の人間には積極的に媚び、下の人間に手を貸す時には必ず同等以上の対価を求める。
その貧乏性というべきか、尻の穴が小さいと言うか。
その根性で引き立ててもらって、回復魔法が使えないにも関わらず貧民街の一大勢力を手にした女。
もうすぐ礼拝の時間だから、と教会の奥、ゼノビアの私室前の廊下へと案内された。
「対価として公爵家の内部情報はいかがですか」
「要らないわよぉ、そんなの。どーせお前のしみったれた一目惚れのためにその情報も無駄になるでしょう?」
それよりも、と30にも近い年齢に見合った諦めたような表情を今日初めて浮かべる。
「お前のしょーもない一目惚れとやらが失敗した時、私に従い修道女として生きなさい。貴女が持っている回復魔法はそのまま野に放つには惜しい」
「……そんな簡単なものでいいんですか?」
正直予想外だった。なにしろアタシが貧民街の餓鬼どもの制御を失ってから相当時間が経ってる。理に聡い人間がわんさかいるあそこならばそこでまた権力闘争が起こり、新たなボスが生まれていてもいい頃だ。
公爵家付きと言う立場を離れればアタシは無一文同然であり、ボスが確定し権力体制が固定された所に付け入る隙は少ない。
アタシが今更孤児院の院長として入ったところで、以前ほどの権力は振るえないのだ。
「勘違いしないで頂戴。お前を修道院に送り込みます。そこで回復魔法の上位魔法、範囲回復や再生を習得し、そしてここへ戻って来なさい。もちろん私以上にお前を上手く扱える人間が居るのなら、それに従ってもいいけれど」
お前みたいな何処の馬の骨とも知れない女、しかも修道院に入るには少々と言う言葉ではヌルいほど歳を食った女なんて誰が手間暇かけて扱いたいと思う?
小さな窓から入るわずかな光の中に顔を浮かべ、悪徳はそうアタシに問いかけた。
修道院は修道士や修道女を集めて修行させるところ。しかし、その年齢層は著しく低いと聞く。早くから神の教えに目覚めたエリートを養成するためだ。
以前にゼノビアから逃れたい一心で修道院入りを請い願った時には「お前程度の回復魔法で修道院に入れるとでも思ったのか」と一蹴された。
それは貧民街での権力争いに使いたいのかと黄昏れていたが、何のことはない。アタシが歳を食って、市場価値が低くなるのを待っていたのだ。
そうすればアタシはもはや抵抗できなくなると狙って。
ーーー歯噛みしようとも戻らないアタシの日々。
「これでも結構譲歩してる方なのよ?こうして修道女としての仕事もあるし。お前が要らないと願ったものが、誰かが死んでも欲しいと思ったもの。お前がどれだけ欲しいと願っても手に入らなかったものが、誰かにとってはゴミの価値もないもの。こればっかりは時の運よ。拾われたのが私だったのが運のツキだったわね」
言い訳がましくそう述べたてられるが、その説教臭さが神経を逆撫でる。
「……で?この条件なら聞いてやらなくもないけど、私に何を手伝って欲しいと言うの?」
そう、まだこちらが求める要件すら伝えていない。
息を大きく吸い荒ぶった精神を強引に落ち着かせようとしながら、瞑目。
「公爵閣下の息子を殺そうと思います」
相手を見ると腹が立ってくるため、目を閉じたままでその要件を伝え終えた。
そこに驚きの色はない。むしろよく我慢していたと言う風さえあった。
「で?」
突慳貪な返事に再び怒りが湧き出すがつとめて無視した。
「ーーー暗殺「どれくらいの人数が欲しい?」っ……は?」
思わず目を開く。
「どれくらいの人数が必要なんだと聞いているの。公爵家屋敷丸ごと潰すなら相応の人数が要る。一人だけ殺すならむしろ少人数の方がいい。当然それだけ見込みを立ててから教会に来てるのよね?」
お前がくることで事前に察知されるリスクも上がり、自然失敗どころか実行にすら移させてもらえない可能性すら出てくる。
故に接触は必要最小限にするべきだ、とソレは言った。
「で、どうなの?そうね、1分だけ時間をあげるから説明してみなさい。ほら」
ぐ、と音が狭い廊下に響く。
その発生源はまごうことなきアタシの喉。
何も言えず佇むアタシをたっぷり10秒は眺めた後で悪女は言う。
「計画を詳細に、侵入から殺害、脱出までを人の動きも含めシミュレートしてから出直しなさい」
詰めが甘いのよお前は、などという言葉まで付け加えて。
”お前の薫陶を受けたアタシだから、むしろお前が悪い“
そんな反論が脳裏を過るがまさかそれをそのまま言い出す訳にはいかない。
歯を食い縛る。
「お前のように直情的な人間は貴族では真っ先に狩られるイイ鴨よ。精々その性格を治すといいわ」
そう言い捨てて、ブスが廊下を礼拝堂へと歩いていく。
扉の向こう、礼拝堂へと消えた後ろ姿を見送った後で、アタシは壁に拳を打ちつけた。
握り過ぎた拳の中で、爪が食い込み血が腕を伝う。
そのセリフ全てが正しいからこそ腹が立つ。
アタシはあの女を縊り殺す妄想をした。
こんな上司の下につきたくねえ……ロジハラこゎぃ……




