籠絡
媚薬の類い、もしくは麻痺毒で四肢の自由を奪う。
それがアタシの取れる唯一の手段。
手段が限定されてしまっているのは間違いなくアタシの向こう見ずな行動による失策に他ならず、アタシが過去に戻れるならその瞬間のアタシの頭を殴りたい……尤も、そんなことをすればアタシが死んでしまうのでこう考えているアタシも消えてしまうが。
閑話休題。
「ーーーつまり?」
アタシは日を改めて、水薬を受け取るついでにオヤジに話を聞いていた。
「薬師じゃあなく、薬剤師だが、話を聞くだけ聞いてくれるそーだ」
途端に立ち込める暗雲だが、続いて放たれた「お前よりも若いヤツだが、見立ての立て方は師匠にきっちり仕込まれてるから心配するな」との言葉に雷雨へと変わる。
「あんまり若いと、信頼できないんだけど」
「お前がそう言うと思って、向こうも診るだけなら無料だってよ」
それなら、と思う。
あまり時間をかけてはいられない。
貴族教養を軍人式で叩き込まれるのも、腐臭を嗅ぐのも、召使いとして労働するのも。
もうごめんだ。
事実を創らなければならない。
どこまでも強固な事実を。相手の仲を引き裂く楔を。
アタシが幸せになるには他の誰かを蹴落とさなければならない。
既成事実を作ることで身分的にも上昇し、労働からも解放されるステキなプラン。
向こうでオヤジが用意しているのを眺めながら、アタシは独りほくそ笑んだ。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、心臓の病で苦しんでいる患者さんはいないってことですね?」
「はい。私には薬師が必要なので、ウソをつきました」
すみません、と下げた頭の頭上にて、おろおろと狼狽える気配。
ソラ、と名乗る少年はアタシより幼い……いや、おぼこいと表する方が正しいか、いやそれにしたって世間慣れしていない様子は嗜虐心を掻き立てられる。また、その楽しみを抜きにしてもスレていないということはアタシが主導権を握りやすいと言うことだ。
逃がすかよ。
それまでのわずかな問答の中で、アタシは幼い少年のおおよそ為人を把握し切った。
ならば次は利用して搾取するだけ。
「それじゃあ、どうして薬が欲しいのか聞いても?」
のろのろと混乱した思考から回復したらしい少年が予想していた問いを発する。
「私の夫となる人ですが、良人にはなって頂けませんでした。私は、彼を殺そうと思っています」
そう切り出したら、小心者らしく周囲を見回している。
ーーーやはり、慣れていないらしい。
貧民街の空気も、常識にも。
殺人は意外と身内による犯行が多い。
その日を生き抜くのに汲々としていれば、時には身内を殺した方が生き延びられる。
犬も食わない痴話喧嘩の末、つまらない刃傷沙汰だけではなく、他人の手をも利用した計画的殺人が行われていることも厳然たる事実として存在する。
もはや働けなくなった人間を殺す、なんてよくある話を持ち出すまでもない。
そう言った規律に反することも、経験を積み重ねた薬師であれば相談されたことがあるはずだ。
自然な死に装うことができれば首謀者への追及の目が止むのだから、それこそ需要がそこらじゅうにある。
逆に言えば、規律に反して殺人に協力してきた経験がないということを、ひいてはそれほど客を相手にした経験がないということをその一連の反応で見せてしまっていた。
人に慣れていないのなら、付け入る隙はいくらでもある。
「聞かれている心配はありません。どうか私の話を聞いてください」
幼い薬剤師の手を取り、上目遣い。
どれだけ悪虐非道かを説くにも文法が必要だ。アタシと同じ感情を抱かせるための文法。アタシの敵をそれとなく刷り込むための文法。
手汗のかき方、目の動き、相槌の打ち方。
どうして孤児院で幼女趣味を拗らせた女が大人数の男を侍らせ従えることができたのかと言えば、この手法が使えたからでもある。
肉体関係だけでなく、プライドをくすぐり、おだて、こちらの望む方向へと誘導する話術。
アタシに対する好感を利用することで可能となる話術は、初心な精神に入り込む。
「ーーーだから、私は、生きるためにあの人を殺さなければいけないんです」
ほうら、バカが。
ハニートラップとすら呼べない簡単な接触に心理的抵抗が緩んでいくのを見ながらアタシは舌舐めずりをするのをこらえた。
それは世間を知らぬ人間の理想からは遠い行為だったためだ。
ほら、男って馬鹿ばっかり。
笑いを堪えるのに大変な苦労を要した。
ソクラテス「結婚しなさい。 もし良い妻を持てば幸せになるだろう。 もし悪い妻を持てば哲学者になるだろう」




