第96話 王子様系TS少女は母との過去に思いを馳せる その2
「―――――。――――。――――――。“水弾”。……どうですか、お母様」
「……問題ありません」
と、言うわりに不機嫌そうに母は答える。
ボーモン家が苦手とする水魔法をローズが器用に発動して見せたのが面白くないようだ。
こと魔法に関して言えば、“手の掛かる子ほど可愛い”の真逆を行くのがこのローズである。
祖父母や親戚一同からは神童と持てはやされ、魔導書片手に自力で予習復習してしまうから今となっては母に教えを乞うこともほとんど無くなった。
「では火焔砲を使ってご覧なさい」
「火焔砲って。お母様、それって中級魔法ですよね」
「ええ、使えませんか? 水の初級魔法が使えるなら、火であれば中級魔法ぐらいまでは扱えるはずです。貴方はボーモン家の後継ぎなのですから。呪文は覚えていますね? さあ、やってみなさい」
「はーい。――――――――。――――――。―――――――――」
初級魔法が足し算や掛け算だとしたら、中級魔法は連立方程式くらいの感覚だろうか。未就学児でも足し算くらいなら出来る子は少なくないが、方程式となるとさすがに難易度が違い過ぎる。
「―――――。――――――“火焔砲”」
まあ、出来るのだが。
上空へ向けて巨大な火の玉が撃ち上げられていく。
母の言う通り、火魔法はボーモン家の得意属性だ。前世の記憶を有し、大人並みの理解力と子供の吸収力と言うチート持ちのローズなら不可能ではない。さすがに原作で主人公たちがやっていたような呪文の短縮はまだ無理だが。
「むぐぐ、やりますね」
母はやはり悔しそうに言う。
来週に迫った入学試験に向けての最終確認である。
入学試験と言っても、入学それ自体は魔力量によってすでに決定しているので、最初のクラス分けを決めるために魔法の習得状況を確認する試験である。貴族と平民の教育環境の差がもろに出るテストで、歴史ある封建貴族であるボーモン家としては娘をA組に、それも成績上位者として送り込みたいところだろう。
「ふふっ、ご安心ください、お母様。僕なら首席も夢じゃありませんから」
「またっ、貴方はそうやってすぐに自惚れるんですからっ」
「いやぁ、だって」
原作ローズは学年でも上位五位前後に位置する優秀な学生であった。そこにチートが加わった今のローズなら、学年一位も難しくはないはずなのだ。
「首席だなんて、私だって一度も取れたことがないのですよ。それを軽々しく口にしてっ」
「まあまあ、試験も近いですし、変に緊張してるよりは自信過剰なくらいの方が良い結果が出るってもんですよ、お母様」
「そういうことを自分でっ―――。……はあっ、もう良いです。確かに貴方の言うことも一理あります。試験当日は、本日と同じ気構えで臨みなさい」
「はいっ、お母様。……それじゃあ、魔法の練習はもう終わりで良いですよね? ―――あっ、せんせーいっ。ちょうどよかった、昨日の続き良い?」
折良く中庭に立ち寄った―――見回り中だろう―――男を呼び止める。
「またですか、坊ちゃん。本当に熱心ですね。―――っと、御当主様」
「貴方は守衛の、確かダニエルでしたね。…………坊ちゃんと言うのは?」
「そ、それはそのぅ」
「僕がそう呼ぶように頼んだんです。女の子に剣は教えられないなんて、意地悪言うものだから」
「なるほど、それで我が家のお坊ちゃんとして、彼に剣を教わっていると」
「はいっ」
ボーモン家守衛のダニエルは元は王宮に務めた優秀な兵士だ。
剣の腕は国で五本の指には入ると自称していて、ローズが見るところそれが自惚れとも思えない。前世で見たアクション映画もかくやと言う機敏な動きに、ローズが背後から打ち掛かってみてもするりと躱してのける剣豪小説の達人のような隙の無さ。それでいて本能任せの剣ではなく、理論立てて教授するのも上手い。魔導王国では剣の腕それ自体があまり評価されることはないが、他国であれば先生とか老子とか呼ばれて貴ばれる存在であったろう。
そんな男がたまたま屋敷の守衛に就いていたのはローズにとって幸運だった。
「何か問題がありますか、お母様? 自由時間に僕が何をしようと自由でしょう?」
「まあ、良いでしょう。国父様も剣の達人でらしたという話もありますし、体力は付けておいて損はないですし」
「あれ?」
「なんです、その“用意していた言い訳を先に言われてしまった”という顔は?」
「あ、あはは」
「貴方の考えることくらい分かります。母なのですよ、私は。―――ダニエル、こちらから教えを乞う以上、手加減は無用です。存分に鍛えてやってください」
「はい、御当主様」
「それとお坊ちゃんはやめなさい。良いですね?」
「は、はいっ!」
有難くもしんどいことに、お嬢様の手遊びに付き合う程度だったダニエルはこの日から本格的にローズに教えを授けてくれるようになった。
そうして魔法学園の入学試験に剣の鍛錬にと、実にファンタジー世界どっぷりの生活を二ヶ月ほど送り、ついに入学式当日。
「新入生代表、エリカ・ステュアート」
「はいっ」
ローズは原作とつながる確かな証拠を得るのだった。
「―――ただいまー」
「お帰り、ローズ」
入学式を終え、上機嫌で帰宅したローズを父と母が出迎えてくれた。
「ずいぶん遅かったね、ローズ。一緒に帰れないかと思って、実は校門前でお母様としばらく待っていたんだけど」
「あっ、ごめんなさい。同じクラスになった子達とお喋りしたり、学園を探検したりしていたものですから」
「なるほど。相変わらず女の子と友達になるのが得意だね」
「へへんっ、それほどでもっ」
「褒めたつもりではなかったんだけど。まあでも、友達を作るのが上手いと言うのは良いことだね」
「はいっ。ただ、せっかくお隣の席になったエリカ・ステュアート様には逃げられちゃったんですけど」
「ああ、あの新入生代表の挨拶をしていた―――」
「―――エリカっ、ステュアートっ」
ここまで無言で父の隣に立っていた母が叫んだ。
「ステュアート家の娘が、いったいどんな手を使ってうちのローズを差し置いて首席にっ」
ダンダンと地面を踏み鳴らし叫ぶ。目は据わり、額にはビシビシ青筋が立っている。―――怖い。
「ま、まあその、努力したんじゃないかい? しっかりした子みたいだったじゃないか?」
恐る恐ると言う感じで、父が言う、
「努力ですって? ちょっとやそっと努力したくらいで、ローズが負けるもんですかっ。ボーモン家の跡取りが、どこの馬の骨とも知れない新興貴族などにっ」
「…………うわぁ」
分かってはいたことだが実に貴族的、いや封建貴族的である、この母親。
ステュアート家が宮廷貴族としてファリアス魔道王国に仕えてすでに数世代。現当主である宰相含め、何人も国の高官を輩出した家柄だ。それを“どこの馬の骨とも知れない新興貴族”扱いとは。
「いえっ、そうねっ、きっと母親の血が良いんだわっ。あそこの奥方はどこの家の人間だったかしら?」
母はぶつぶつと言い募る。
入学式の会場でひそひそしていた者達のように不正やら忖度やらを疑わない当たり、まだ品が良いと思うべきだろうか。
「リリ、次席だって十分な成績じゃあないか」
「それは、……まあそうですけど」
まだ試験結果が発表されていないので次席も確定ではないのだが、黙っておく。
父が母を愛称の“リリ”で呼び始めたら、静観するに限る。
「そうだ、思い出したよ。まだ交際した始めたばかりの頃、君は魔法学園の最後の試験で三位になったと喜んでいたじゃあないか」
「ぬぐ。確かに私の学園での最高成績はその時の第三席でしたけど」
「だったら首席を逃したことを悔やむんじゃなく、次席を取ったローズを誉めてやろうよ。ね、リリ」
「……はぁ、そうですね。あなたの言う通りです。―――ローズ、良くやりましたね」
「はい、ありがとうございます、お母様」
繰り返しになるがまだA組になっただけで次席は確定ではないのだが、言わないでおく。代わりに別の質問を口にする。
「ところでお母様、僕はお母様とお父様は学園卒業後に親同士の勧めで婚約したと聞かされていたのですが、今の話からすると学生時代からお付き合いがあったということですか?」
「えっ、いやっ、それはっ」
「いやぁ、意外だなぁ。これまでお話に聞いていた学園時代のお母様は、魔法一筋の真面目な生徒ということでしたのに。そうか、もうお父様と」
「おっ、お黙りなさいっ、ローズっ!」
今日一番の大きな声で母は叫んだ。




