第95話 王子様系TS少女は母との過去に思いを馳せる その1
「……うーむ、我ながら実に良い感じに仕上がっているな」
姿見の前に立ち、ぼそりと呟いた。
鏡面にはフリフリの赤のドレスを身にまとった幼女が一人映し出されている。
ドレスにも負けず目を引くのは緑の双眸だ。つり目がちで少々生意気そうだが、長い下睫毛が花を添えることでいくぶん中和されている。本人たっての希望でベリーショートに揃えてもらった髪はくすんだ金色、あるいは鮮やかな茶色とでも言うべき中途半端な色合いだが、瞳の強い印象を引き立てる助演としては最上級の働きぶりを示している。
全体としては中性的な顔立ちと言うことになるのだろうか。だからと言って男っぽいわけでもなく、あくまで中性的としか言いようのない絶妙なラインは某歌劇団のスターを思わせる。
「やっぱりこの顔、まほ恋のローズだよなぁ」
初等部入学を来年に控えた五歳にしてすでにローズ・ド・ボーモンは“あの”ローズ・ド・ボーモンであった。
「う~ん、でもこれ、余計なんだよなぁ」
頭部を飾るフリルたっぷりのカチューシャと、やはりフリフリのリボン。
上等で繊細な料理に蜂蜜でもぶちまけるような台無しっぷりだ。ローズ・ド・ボーモンにはどう考えてもこうじゃないだろう。
「よし、とっちゃえ」
リボンもカチューシャも取り払う。ついでにスカートも脱ぎ捨てる。すると現れたのはドロワーズ―――いわゆるかぼちゃパンツである。
「……うん、これはこれで王子様って感じだな。ひと昔、いやふた昔くらい古いけど」
煌びやかな上衣とかぼちゃパンツが合わせれば、それは古き良き白馬の王子様スタイル―――に見えなくもない。
「ローズ、そろそろ晩餐会へ向かいますよ。準備は終わって―――」
部屋の外から声が聞こえ、こちらの返事も待たずドアが開けられた。
「―――ローズっ、貴方って子はまたスカートを脱ぎ散らかしてっ! ああっ、せっかく整えた髪もっ!」
「やっば、逃げろっ」
「くっ、相変わらずちょこまかとっ」
母の足元をすり抜け、廊下に飛び出した。
「“炎よ”」
「おっ、おわあぁぁっ!?」
逃げ出した先、廊下に炎の壁が立ち上った。急停止するもつんのめり、危うく突っ込むところだ。
「お、お母様っ、屋敷内で火を放つのはどうかと思いますっ。と言うか、実の息子相手に魔法を使いますかっ」
「どこに息子などおりますかっ! 貴方はボーモン伯爵家の令嬢。いずれはこの伯爵家を継ぐのですよ。少しはそれらしい振る舞いと言うものを覚えなさいっ。あーあー、髪をこんなに乱れさせてっ。早く櫛を入れないと。いえ、ローズに合うウィッグがあったかしら?」
「――――――。――――。――――――。“水よ”」
一人思案する母の隙を突き、炎の壁に水魔法をぶつけて消し止める。焼け焦げ、加えてびしょ濡れにもなった絨毯の上を駆け抜けていく。
「こ、こらっ、ローズっ。―――くっ、我が家系が苦手とする水魔法を、その年でもう使いこなすだなんてっ。ちょっとっ、待ちなさいっ、ローズっ」
驚嘆する母を引き離し、廊下の角を曲がり―――
「―――わっ」
「こらこらローズ、そんなに廊下を走っちゃいけないよ」
行く手を通せんぼした陰に掴まえられた。
「はっ、離してくださいっ、お父様っ」
小脇に抱えられ、来た道を連れ戻される。
「ごめんね、ローズ。話は少し聞こえてきたけど、今回のことはどう考えてもお母様の方が正しいみたいだからね。僕としても娘にパンツ一枚で屋敷内を走り回って欲しくはないしね」
「そっ、そんなっ」
「―――あなたっ、ローズを捕まえてくれたのねっ」
「ああ。しかし、これは、……いったい何事だい?」
廊下の惨状を目の当たりにし、父が尋ねる。
「あっ、お父様っ、お母様が廊下に火を放ちましたっ。良くないと思いますっ!」
「ぐっ、この子はっ」
「そうだね、ローズ。それは確かに良くないことだ。後で僕の方からもお母様を叱っておくよ」
「ふふんっ。ではそういうことで、僕は―――」
「でもね、ローズ、お母様が良くないことをしたからって、君がパンツ一枚で駆け回って良いってことにはならないよ。それとこれとは話が別。頭の良い君なら分かるね?」
「うっ」
「さあっ、お部屋に戻りますよ。いらっしゃいっ」
母に明け渡され、腕を引かれて強引に自室へ連れ込まれる。
「まったく、貴方はいつもいつも。いったいスカートの何が不満なのですか?」
ローズにスカートをはき直させ、乱れた髪を整えながら母は小言を続ける。
「だってお母様、スカートって何だか落ち着かなくて。ほらっ、動き回るとすぐパンツとか見えちゃうし」
「そんなことを気にする子が、パンツ丸出しで廊下を走り回りますかっ!」
「うぐぅっ。……で、でも、スカートで走り回るのがはしたないのは事実でしょう? 他国と違い我が国は女性が活躍する社会なのですから、古い価値観に囚われずむしろ我々女性こそが動きやすいズボンを着用するべきですっ。そもそも女性はスカートをはくべしと言うのは男性による押し付け―――」
「―――おだまりなさいっ。本当に貴方は、変に口が回るんですからっ。良いですか、ローズ。我がボーモン家はファリアス魔導王国に栄えある武門の一族。口舌ではなく武力、すなわち魔法を持って陛下に奉公することこそ我らがお役目なのです。つまらない言い訳など口にしている暇があったら、代わりに呪文の一つも練習なさいっ」
「でもお母様、もうお母様からやるように言われた魔導書は全部覚えてしまいました」
「むっ、嘘おっしゃい。あの中には我が一族が苦手な水魔法も―――、……そういえば、先ほど発動させておりましたね」
「はい。他にも水弾の魔法も覚えましたし、土魔法もいくつか。あっ、なんなら今やって見せましょうかっ」
「屋敷の中で魔法を使う者がおりますかっ。―――っ、そ、それより、早く晩餐会の準備をしますよっ」
“どの口がそれを”とジト目を向けると、母は露骨に話題を逸らした。
「―――こんにちは、ローズ様。ようこそおいでくださいました」
会場に足を踏み入れるとすぐに、今回の晩餐会の主催である子爵家のご令嬢が他の少女達も引き連れてやって来た。
「やあ、みんな。……おや、レティシア嬢、今日はいつもと雰囲気が違うね。ああ、そうか、髪のまとめ方をいつもと少し変えたんだね。うん、良く似合っているね」
「ほ、本当ですか、ローズ様?」
「ああ、もちろん。いつもの君はお日様みたいに元気で可愛らしい印象だけど、今日はちょっぴりお姉さんって感じだね。ほら、窓から外を見てごらん。月の女神様も君の美しさに恥じ入って、今日はすっかりお隠れだよ」
「も、もうっ、ローズ様ったら」
「ロ、ローズ様、私は、今日の私はどうですかしら? 実は―――」
「待って、言わないで。もちろん分かっているよ。そのドレス、いつもとは趣が違うね。いつも君はもっと淡い色を好んでいたはずだけど、今日は鮮やかな黄色だ」
「はっ、はいっ、そうですのっ。以前ローズ様が、私ならもっと鮮やかな色を着こなせると言って下さったので、今日は思い切って」
「うん、やっぱり似合っているね。でも僕なら―――。あっ、ちょっと、あちらを一輪もらっても構わないですか?」
給仕係を呼び止め、晩餐を彩る飾りから薔薇を一輪受け取る。
「僕と同じ名を持つこの花で、君を飾らせて頂いても良いかい?」
「はっ、はい」
「では失礼。うん、これでいっそう映える」
「あ、ありがとうございます、ローズ様」
髪飾りに薔薇を添えた。ともすればドレスの黄色に奪われてしまう視線を自然と引き上げ、少女の愛らしい顔付きをさらに引き立てる。
「まあっ、素敵ですわっ。ローズ様、私にもお願い出来ますかっ」
「わ、私にも」
「待って待って、順番だよ。さあ、どの花が良いか考えるから、落ち着いて僕に可愛い姿を良く見せてくれるかい?」
「はいっ」
少女達をたぶらかすこの王子様ムーブは、たゆまぬ予習復習の成果である。
今日は月初めで新月だからこんなフレーズが使える、とか。逆に満月の日はこんなのはどうか、とか。
あるいは会場の子爵邸は色とりどりの花々を揃えた庭園で有名だから、晩餐にも多くの花が飾られるはずだ、とか。
「まったく、貴方と来たら何をしているのです?」
「お母様」
少女達に囲まれていると、母がやって来て呆れ顔で言う。
「もちろん、お母様が日々言われている通り、伯爵家の令嬢として相応しい振る舞いを。見てください、彼女達を。僕の友人たちです」
キラキラした目で自分を見つめる少女達を示して言う。
子爵家や男爵家のご令嬢を取り巻きとして侍らせる。実に伯爵令嬢らしい行いと言えよう。
「……はあぁ、もう少し普通のやり方は出来ないのですか、貴方って子は」
「何か問題でしょうか、お母様?」
「……もう良いです」
額に手を当て、首を振り振り母は踵を返した。
母には母の取り巻きのお姉様方がいて、彼女達に愚痴でもこぼしに行くのだろう。
―――申し訳ありません、お母様。
胸中で頭を下げつつも、改めるつもりは一切ないローズであった。
この世界はたぶん“あの”まほ恋の世界。
であれば王子様キャラを演じ続けていれば、やがて魔法学園で主人公と出会い、その親友ポジションにまでは自動的に収まれる。母には悪いがこの足掛かりを逃すつもりはなかった。




