第83話 王子様系TS少女は言質を得る
「―――あーーっっ!! アンリお兄ちゃんとローズお姉ちゃんっ、一緒に寝てるーっ」
翌朝、そんな甲高い叫びに目を覚ました。
「……アンリ、おはよう」
「……き、昨日、そのまま寝ちゃったんですね」
アンリは寝乱れた着衣の胸元をかき抱くようにしながら言う。―――女の子かっ。
「おいおい、な、なんだよ。お前らそういう関係だったのかよ」
「“まだ”違うよ、ジル君。昨日は会話が盛り上がり過ぎて、そのまま寝ちゃったみたいだね」
続々と子供達が集まってくる中、改めて状況をかんがみる。
昨夜アンリから拒否された同室どころか、同衾している。二段ベッドの下の段に腰掛けて話し込んでいたから、そのままどちらからともなく寝落ちしてしまった、と言うところだろう。
ローズもその前後の記憶が飛んでいるから、同衾気分を味わえたのは子供達の声に起こされた直後のほんの一瞬だけだ。一生の不覚である。
「ロ、ローズさん、ごめんなさいっ」
がばっと、アンリがベッドの上で土下座する。
「はははっ、大袈裟だなぁ。同衾くらい、そんなたいそうなことでもないじゃない。うちにはベッドは一つしかないから、テレーズが泊まりに来るといっつもそうしてるよ」
「いや、テレーズ先輩と僕とじゃ、全然話が違うじゃないですかっ。ああ、これが噂になって、貴族社会でローズさんに迷惑が掛かっちゃったらどうしようっ」
「まあまあ、僕なんて元から貴族の間では変わり者で通ってるし、そんなに気にすることないって」
さらに言えば貴族側ではアンリはアンリエッタと言うことになっているから、問題になりようがない。
安心させてあげようにも子供達の手前そのまま伝えるわけにもいかず、思案していると―――
「い、いざとなったら、僕が責任取りますからっ」
―――素晴らしい言質が取れていた。
「責任を取るって? アンリ、それについてもうちょっと詳しく―――」
「おいおい、何言ってんだよ、アンリの兄貴っ。平民にそんなこと許されるわけないだろっ。つーか、下手なことを言うなよ。口封じに消されちまうぞっ」
「そ、そうかっ。みんなっ、このことは内緒ねっ。ローズさん、僕はともかく家族を危険に晒すわけにはいきません。この件、他言無用でお願いしますっ」
アンリは指を一本立て、きゅっと口元をしぼる。至って真面目な様子だが“しーっのポーズ”が可愛い。
「ああ、わかったよ。みんな、このことは忘れようっ、ローズお姉ちゃんと約束だっ」
子供達は顔を見合わせた後、“はいっ”とひどく怯えたような顔で首肯した。
―――まあ、僕はさっきのアンリの台詞を忘れるつもりはないけど。
対照的にローズは内心ニッコニコだ。
あくまでローズの目的はアンリとのラブラブ恋愛結婚であるから言質を盾に無理に迫るつもりはない。とはいえ、いざと言う時の保険は多いに越したことはないのだった。
「―――っ、そうだっ、朝食の準備しないとっ」
「もう俺らで済ませたっての。アンリの兄貴が寝坊なんて初めてだぜ。…………本当に何もなかったんだよな?」
「だからなかったってばっ。というかジル、この話はもうお終いっ」
「へいへい。それじゃあさっさと飯にしようぜ」
そして朝食である。
「うん、おいしい。すごいなっ、僕がみんなくらいの頃は、まだ料理なんて何にも出来なかったよ」
「あっ、ありがとうございますっ」
「特にこのスープが好きだなぁ。誰が作ってくれたのかな?」
「わ、わたし達ですっ」
ちょっと年嵩の少女達が緊張した面持ちで手を上げる。
「は、はははっ、みんな、どうしたの? 表情が固いよ?」
「…………」
先刻のやり取りで“やっぱり貴族は怖い”と印象を改めてしまったようだ。昨夜あれだけ懐いてくれた子供達が借りてきた猫みたいになっている。
「……ジル君、なんとかならない?」
「知ーらねっ」
「ははは。…………はぁ」
「そのっ、ローズさんは今日はこの後っ、どうされるおつもりですか?」
寂しげな雰囲気を演出すると、釣れたのは子供達ではなくアンリだった。
「そうだな、本当は子供達と遊ぶ約束をしてたんだけど、……無理そうだしね。まあせっかくここまで来たんだし、アンリの故郷を見物でもさせてもらおうかな」
「ああ、そうですか。なら僕が―――」
「じゃあジル君、ちょっとエスコートをお願い出来るかい? 他の子達はちょっとあれみたいだし。君の紳士ぶりを見せてもらおうか」
「しょーがね―――」
「―――いえいえっ、せっかく来てくれた僕のお客様なんですし、僕が案内しますよっ」
ジルの台詞を遮るようにアンリが立候補する。
「良いのかい、アンリ? 昨日はさすがに夜遅くまで付き合わせ過ぎたし、今日は家のことをしてもらった方が良いかと思ったんだけど」
「お家のことは、ローズさんが帰られてからいくらでもやれますからっ。今日は僕に任せてくださいっ」
アンリはぐっと拳を握って意気込んで見せる。たかが道案内にえらい気合だ。
「そっか、それならアンリにお願いしようかな。ジル君、悪いけどまた今度ね」
「……お前ら、ほんとに出来てるってわけじゃないんだよな?」
「だから、そんなんじゃないって」
「そうだよ、“まだ”ね」
そうして子供達の緊張が悲しい朝食の場を乗り切り、アンリと二人で町へ繰り出す。その前に―――
「悪いね、アンリ。お洋服借りちゃって」
再びアンリのお部屋にお邪魔した。
「いえ、確かにローズさんの言う通り、その服だと人目を引き過ぎちゃいますから」
シャツにジャケットを羽織っただけの比較的カジュアルな装いだが、王子様キャラとしてはどうして袖口や襟元に貴族趣味な刺繍や装飾は不可欠だ。
「王都だとこの格好もそう目立たないんだけどね。―――よっと」
「―――っ、ちょっとロ、ローズさんっ、いきなり脱がないでくださいっ」
「ん、ああ、ごめんごめん。ここでは“アンリ”だもんね。また子供達にあらぬ誤解を与えてしまうか」
「も、もうっ、そういう無防備なところ、気を付けないと駄目ですよ。僕、外に出てますからねっ」
視界を両掌で塞いだアンリは、部屋を出て行く。
「……指の間から覗く、なんてことも無しか。アンリが紳士的なのか、僕に女の魅力が足りないのか。割といい線いってると思うんだけどなぁ」
我ながら形の良い乳房を見下ろしつつ着替えを済ませ、今度こそ町へと繰り出した。
「この町の人口は千人ちょっと。ファリアスの町としては一般的な大きさですね。南北と東西に走る大通りで四つの区画に分かれていて、院は北西区の西の外れに位置してます」
これがアンリなりのエスコートと言うことなのか、町の大きさや成り立ち、物産品などを語り始める。おらが村の観光プロモーションと言う感じだが、必死に解説するアンリが何だか可愛いので大人しく聞き役に回った。
「おや、アンリじゃないかい。こっちに戻ってたんだね。騎士学園はどうだい?」
「おばさん、おはようございます。はい、楽しくやってます」
東西に走る大通りに出ると、町はすでに動き出していて露店がいくつも並んでいた。
アンリの姿を目に止め、声を掛けてくる人間も少なくない。
ちなみにこちらではアンリは才覚を認められ王都の“騎士”学園に引き抜かれたと言うことになっているらしい。
「おうっ、アンリっ。相変わらずべっぴんさんだなっ」
「もうっ、やめてくださいよ、おじさん。僕は男ですよ」
「はははっ、そうだったな。おや、そっちの兄ちゃんはどなただい?」
「ちょっとちょっと、よく見なさいよ。こちらはお嬢さんだよ」
「おお、こいつぁ失礼した。確かにお嬢ちゃんだ。それもよく見りゃえらいべっぴんさんじゃねえか」
「えっと、彼女は王都で出来た友人で―――」
「はじめまして、おじさま、おばさま。アンリの友人でローズと申します。どうぞよろしくお願い致します」
さっと頭を下げる。貴族っぽくなり過ぎないように注意して。
「はぁぁ、何と言うか絵になるお嬢さんだねぇ。王都の子って言うのはみんなこんな風なのかね」
「いや、ローズさんは特別」
「ふぅん、その特別な子を射止めたってわけかい? やるねぇ、アンリ」
「まったくだ。さっそく女を連れ帰るだなんてやるじゃねえか」
「だ、だからそういうのじゃなく友人ですってば」
「アンリが女の子を連れてきたお祝いだ、ほら、こいつを持っていっておくれ」
「はははっ、ほれっ、こいつも持ってきな。べっぴんさん二人にサービスだ」
「だからもうっ、僕は男だってば」
大通りを歩いていくと、財布の口を開いてもいないのに荷物がどんどん増えていく。
「いやぁ、アンリは町の人気者ってやつだね」
「人気者と言うか、皆様には可愛がっていただいてます。ほら、この町って王都からけっこう近いけど、毎日通うのは難しい距離じゃないですか?」
「そうだね。馬車を飛ばして三時間。乗り合い馬車を使うとなると、その倍は掛かるかな」
「ええ。だから若い人たちはみんな王都に出て行っちゃって。そうすると当然新しく子供も生まれてこないわけで。だからこの町に同い年くらいの子供ってほとんどいなくて、皆がずいぶん可愛がってくれて」
「なるほどね」
確かに先刻からアンリに声を掛ける“おじさんおばさん”は正確には“おじいさんおばあさん”と呼んでもおかしくない年代の人間が多い。王都で暮らす息子や孫代わりに、地区全体でアンリを可愛がってきたと言うところか。
まあそれは理由の半分と言ったところで、実際にはアンリ自身のこの容姿と性格があってのものだろうが。―――だってこんな子、可愛がらないはずがない。
その後も少し歩いては誰かに呼び止められ、を繰り返していると、
「―――あら、そこにいるのはアンリではありませんのっ。こちらにお戻りでしたのね。お久しぶりですわっ、おーほっほっほっ」
学園でも耳にしないようなコテコテのお嬢様弁と高笑いが町に響いた。




