第82話 王子様系TS少女は男の娘部屋にて大いに盛り上がる
「どうぞ、ローズさん」
「……お邪魔しま~す」
意味も無く声をひそめ、忍び足で踏み入る。
「えっと、ごめんなさい。帰ってからまだ空気の入れ替えとかも出来てなくて、ちょっと埃っぽいかも」
「ずっと子供達の相手をしていたから仕方ないよ。それに、特に気にならないよ。綺麗にしているね」
埃臭いどころか、むしろ甘く香しい匂いがするのは何故だろうか。
喩えるなら、思い切り糖度を高めた上質なデザートワインのような。これが二週間前の帰省時からこの部屋で熟成された男の娘の香りか。
「灯りを付けますね。……あっ、マッチを使う必要はないのか。―――“炎よ”」
アンリが小声で発動式を囁くと、燭台のろうそくに火がともった。
「小さい火を狙った一点に出すのはけっこう難しいものだけど、まったく問題なさそうだね。トリアだったら今ごろ部屋中が火の海だよ」
「ははは、いくらトリアさんでもそこまでじゃないでしょう」
「どうかな? ついこの間も自由課題の発表会で危うく大惨事になるところだったじゃない?」
「むっ、確かに。……今度トリアさんが孤児院に来る機会があったら、魔法は使用禁止にしてもらおうかな」
「うん、それが良いかもね」
真剣な顔で頷き合う。冗談のノリで始めた会話だが、よくよく考えると笑えない問題だ。
「それはそうと、どうも僕は光魔法の次に火魔法が合ってるみたいです」
「そっか、そういうところも国父様と同じなんだね」
「そうみたいです」
国父―――ファリアス魔導王国初代女王ヴィルヘルミナ・ファリアスも光と火を駆使して魔族を焼き払ったと言われている。
王族の血から光魔法の才は失われたが、トリアや女王らの得意魔法も火である。火魔法は単純な火力を出すのに最も適した属性であり、ローズのボーモン家のような戦場で国父に従った古い貴族達にも火を得意とする家系が多い。
「アンリは成長目覚ましいけど、火魔法のことならまだもう少しは教えられるかな。これでも火魔法ならエリカを抑えて学年で一番の自信がある」
“学園で”と言えないのは上の学年にマーガレット会長がいるからだ。
エリカやテレーズ、トリアの派手な活躍―――あるいは失態―――に隠れがちだが、王家由来の火力を学年首席の優秀な知性で操るのだからローズにとってははるか高みの存在である。
「いえいえ、もう少しだなんて、そんな」
アンリは顔の前でぶんぶん手を振って謙遜すると、真剣な口調で続けた。
「……正直、今の学園に通うのはちょっと、いや、かなり不安だったんです。でもローズさんが勉強でも普段の生活でも色々面倒を見てくれて、本当にすごく感謝してるんです。―――だからもう少しだなんて言わず、これからもどうぞよろしくお願いしますっ」
「こちらこそ末永くよろしく、アンリっ」
アンリのちょっとすがるような目が可愛く、一も二もなく即答する。もちろん仮に熟考したところで答えが変わるはずもないが。
「え、えっと。……と、とりあえずどこか座ってください」
何となく気恥ずかしい空気を払拭するように、アンリが言った。
「ああ、それじゃあ―――」
一人部屋だが家具の配置は他の部屋と同じだ。二段ベッドに学習机が二つ、本棚が一つに長持が二つ。
つまり選択肢はベッドの下段か、机に備え付けの椅子二脚。―――ここは慎重な立ち回りが要求されるところだ。
「…………」
ローズの選択はベッド。それも真ん中ではなく、あえて机に近い側を広めに開け、端に寄る。
「……じゃあ、僕もお隣失礼しますね」
少し考えてアンリもベッドに腰掛けた。
椅子に座ると、二人で会話するにはちょっと距離が離れる。そして目を向ければ、ベッドには十分なスペースが。―――心理戦の勝利だった。
「……それにしても、こうして君のお部屋に初めて入らせてもらったわけだけど、……何だか男の子みたいな部屋だね」
さり気なく距離を詰めつつ、気取られないように話しかける。
「―――っ、そ、そうですかね? ああ、いや、そうなんですっ。孤児院では僕は男を装っていたわけですからねっ」
「ああ、そう言われてみれば当然か。―――おっ、あの本、僕も持ってるよ、怪傑ビル」
「えっ、本当ですかっ」
「うん。子供の頃はよく読んでたよ。この怪傑ビルってのは国父様のエピソードなんかを元に作られた架空のキャラクターだけど、子供の頃は本当に実在してると思ってたっけなぁ。真似したりもしたもんだ。こう―――」
手にした架空の剣で虚空を斬り裂いた、アンリも一緒になって。
袈裟に斬り下げ、斬り上げ、もう一度斬り下げ、斬り上げる。
「必殺W字斬りっっ! ―――ぷっ、あはははっ」
声を揃え、そして笑い合う。
出自不明、性別すら不明―――作中では魔法を使うシーンがあるが、一方で毎度麗しの貴族令嬢だの純朴な村娘だのとラブロマンスが展開される―――な怪傑ビルが国父ヴィルヘルミナをモデルとした人物とされる理由の一つだ。Wはヴィルヘルミナの頭文字だし、ビルはヴィルヘルミナの男性系ヴィルヘルムの愛称である。
「君も真似した口みたいだね。……へえ、一巻から最終巻、それにビルの相棒の異邦人サトーが主人公の番外編まで全部揃ってるね。けっこうな怪傑ビルファンと見た」
「ローズさんこそ、本棚の並びを見ただけで分かるあたり、なかなかのビルファンですね」
「はは、このシリーズ、通し番号がないからちょっと分かり難いよね」
「ですよねっ。実は僕、ずっと第三章の髑髏島編を読み飛ばしてて。最終章で過去キャラが一斉に駆け付けたところで、ようやく読み飛ばしに気付いたんですよ」
「あるある。基本一巻で物語完結するから、飛ばしても違和感無く読めちゃうんだよね。そのくせ、過去作を読んでると“あー”と思える仕掛けもあったりして」
「そうなんですよっ。だから後から読み飛ばしに気付いた時は、何て言うか悔しい気持ちになりました。怪傑ビルの面白さを自分だけ十分に堪能出来てなかったみたいで」
しばらく怪傑ビルの話で盛り上がった。“好きなキャラクターは誰?”だとか“好きな章はどれ?”などと。
国民のだれもが知っているような古典かつ人気シリーズであるが、基本的には男児向けの児童小説なため学園では語り合えるような相手はいなかった。
―――馬車での道中も思ったけど、話が合うんだよなぁ、僕とアンリ。
要するに男同士と言うことだろうか。
学園で女の子達に囲まれている時には感じられない、妙な居心地の良さがある。もちろん、視線を向けると溜息が漏れるほどの美貌がそこにあるのだが。
「思ったんだけどアンリってさ、ちょっとビルに似てるよね」
「思ったんですけどローズさんって、ちょっとビルに似てますよね」
「―――へ?」
「―――え?」
二人、目を丸くした。
「僕とビル、似てるかな?」
「僕とビル、似てますかね?」
またも台詞が被った。
“お先にどうぞ”とローズは視線でアンリに発言を促す。
「似てると思いますよ。女の子との掛け合いなんて、学園でのローズさんみたいじゃないですか」
「あ、ああ。そういうところか」
似てると言うよりも似せたと言うべきか。
舞台“シャーロットとジャック”の貴公子と同じく、怪傑ビルはローズが王子様キャラに成り切る上で参考にしたキャラクターの一人だ。言い換えれば女性でありながら多くの美女と浮名を流した国父ヴィルヘルミナこそ、ローズの目指した人物像と言える。
「ねっ、似てますよね?」
「そうだね。否定出来ない」
「ローズさんはどうして、僕がビルに似ているだなんて思ったんですか?」
「それは単純に見た目の話さ」
「ああ、言われてみれば」
各巻の表紙に描かれる怪傑ビルは穴の開いたハチマキのようなもので目の周りだけ隠しているのだが、アンリと同じく見事なゴールデンブロンドと碧眼の持ち主だ。
「でもそれを言うならトリアさんや女王陛下だって似てますよね」
「ああ、確かにそうだね。二人とも見事な国父様カラーってやつだからね」
王族や王家の血を引く公爵家の人間で、国父ヴィルヘルミナと同じ鮮やかな金髪と青い目を併せ持つ者を指す言葉だ。例えば王族でもマーガレット会長のようにプラチナブロンドの場合は国父様カラーとは呼ばれない。
要するに怪傑ビルもトリアも女王も国父に起因する金髪碧眼であり、アンリもそれに似ていると言うことだ。
「あ、あともう一つ、アンリとビルが似てるところがあった」
「何ですか?」
「二人とも性別不祥なところ」
「―――っ、い、いやだな、ローズさん。ぼ、僕の性別ははっきりしているじゃないですか」
アンリはもごもごと誤魔化すように言うのだった。




