第84話 王子様系TS少女は思わぬ伏兵と出会う
「あっ、グレースっ。久しぶり。珍しいね、こんなところで」
「べっ、別に、貴方が戻っていると聞いたから、様子を見に来たわけでは無くってよ」
少女は“おーほっほっほっ”とまたも高笑いを上げる。口元に手の甲を当て、身を仰け反らせながら。
身を包む真っ赤なドレスは昨今では貴族の晩餐会でもめったにお目に掛かれないような、言うなれば実に貴族的な代物だ。
レースやリボンをたっぷりと蓄え大きくふくらんだスカートは足元まですっぽりと覆い隠し、今にも地面を擦りそうなほど。恐ろしくつばの広い帽子にはレースで作られた造花があしらわれ、それをちょっと斜めにして被っている。
この田舎町では実に浮いた、と言って王都の貴族街でも浮かざるを得ない、そんな出で立ちである。
「そうそう、様子を見に来たと言えば、ジル達から聞いてるよ。僕が王都に行ってから、たまに子供達のことを見に来てくれてるんだってね。ありがとう、グレース」
「ふんっ、別にアンリにお礼を言われるようなことではありませんわ。私は代官の娘として、町の孤児院の視察に伺っているだけですもの。何故か私を見て泣き出す困った子もおりますから、本当は行きたくなんてないんですのよっ」
「そっか。でも、ありがとう」
「ですから、貴方からお礼を言われるようなことではありませんわ」
少女はツーンと顔を逸らした。
代官の娘。
アンリの故郷と言うことだから、この町のことは当然調べさせてもらった。代官はこの辺り一帯を治める男爵家の親類である。だからこの貴族趣味丸出しのお嬢様も正確には貴族そのものと言うより、貴族に連なる一族と言うのが正しいだろう。
「ねえアンリ、そちらの美しいお嬢さんをそろそろ紹介してもらえないかい?」
「あっ、ごめんなさい、ローズさん。さっきこの辺りに同い年の子はほとんどいないって言いましたけど、彼女は唯一僕と同い年の子で、グレースって言います。幼馴染ってやつになるのかな」
「へえ、アンリの幼馴染。―――幼馴染っ!?」
「えっと? はい、幼馴染です。ローズさんとエリカさんみたいな感じで、町の学校ではずっと一緒でした」
「へ、へえ、そうなんだ。君に幼馴染がねぇ」
「?」
初耳である。ローズ・ド・ボーモンとしても、まほ恋の一ファンとしても。
元々大量にちりばめられた末に放置された伏線や無駄に多い設定から、未完の名作などと揶揄されることもあるまほ恋だが、まさかこんな隠し玉が残されていたとは。
今時珍しいくらいの典型的なお嬢様キャラで幼馴染。デレの蛇口がぶっ壊れたトリアと違ってツンデレ構文も完璧だ。
「その、見た通りちょっと変わった子ですけど、根はとっても良い子なんですよ」
ローズが難しい顔をしていると、アンリは取り繕うように言い足す。
「ちょっとアンリ。なんですの、その言い草は?」
「あははは、ごめんごめん」
「まったくもうっ。相変わらず失礼な方なんですからっ」
「ごめんって」
幼馴染だけあって掛け合いはいかにも気心が知れた感じだ。
ゲームでも現実でも何だかんだですぐに女学園にアンリが馴染んだのも、この幼馴染の存在あってのものだろうか。
「それで、そちらの方はどなたですの、アンリ? 私にも紹介してくださらないかしら?」
「うん、こちらはローズさん。王都で出来た僕の友達だよ。その、見た通りちょっと変わった方だけど、根はとっても良い人だから」
「アンリ、擁護の台詞が使い回しになってるよ」
「あはは。そ、そうでしたか?」
「……ふーん、なかなか素敵な殿方ですわね。ローズと言う名前もなかなかよろしい。うん、私のアンリの友人として及第点を付けてあげましょう」
上から下までジロジロと不躾な視線をローズに注いだ後、グレースは言った。
「それはどういたしまして。お眼鏡にかなったのなら光栄です、グレース嬢」
“私のアンリ”と言う一節に危機感を募らせながらも、ローズは表面上にこやかに頭を下げる。
「ちょっとグレース、違うよ。ローズさんはじょせ―――」
「―――では、アンリの無事な顔も確認出来たことですし、私はこれで」
「えっ、もう?」
「ええ、実は近くで大きな獣を目撃したと言う情報が入りまして。魔物という可能性もありますから、私これでも見回りの最中ですのよ」
「魔物が?」
言われて気付いたが、少し離れたところに鎧を着込み槍を持った男達が待機していた。町の衛兵だろう。
「ああ、安心なさい、アンリ。孤児院の安全は今確認してきたところで、兵士を何人か残してきましたわ」
「ありがとう、グレース」
アンリが頭を下げ、グレースはその分だけ胸を反らした。
「では私、行きますわね」
「グレース嬢、代官様のご令嬢である貴方自ら見回りを?」
「ええ。ご心配なさらないで。これでも私、この町で一番の魔女ですのよっ。それではお二人ともごきげんようですわっ、おーほっほっほっ!」
高笑いが遠ざかっていく。
「……彼女、大丈夫なのかい?」
「ええ、町の周りに魔物が出た時は、昔から彼女か彼女のお母さんの代官様が退治してくれてるんです。この辺りには、あのワイバーンみたいなとんでもない魔物が出ることもありませんし」
幼馴染の少女をずいぶん簡単に送り出すな、と思えばそれが元々の日常と言うことなのだろう。
「まあ、それはそうか」
領主や領主に任命された代官と言うのは、要するにその武力で持って民を庇護し、その代償として税を徴収する存在だ。そしてこの世界、この国において主たる武力は剣と兵力ではなく魔法である。ボーモン伯爵家でも領地には魔法使いを配して魔物や野盗に備えている。
魔法学園の学生ではないグレースは魔力量が入学の基準に満たなかったと言うことだろうが、代官の娘であれば魔法の教育は十分に受けているはずだ。
「しかし何と言うか、……嵐のような子だったね」
「あははっ、聞いた通り、根は良い子なんですけど」
「だから、使い回しになってるって」
その後、やはり子供達の安否が気に掛かると言うことで、散策もそこそこに孤児院へ戻った。
そこにはグレースの申告通り兵士が数人と泣いている幼子達がいて、アンリは忙しくあやして回ることになった。
何でも小さな子達にはあの“おーほっほっほっ”が怖いらしい。ツンデレゆえのツン発言も子供達にはまだ意地悪としか思えないのだろう。
「ねえ、ジル君。もしかして孤児院の子供たちが貴族に過剰に怯えるのって」
「ね、根は良い人だって分かってるんだけどな」
血は繋がらなくてもやはり兄弟と言うことか。ジルはすでに何度も耳にした台詞を口にした。
「―――さてと」
手が離せないアンリや年嵩の少年少女に代ってローズは昼食の準備を買って出た。
町の人から大量に押し付けられた菓子だの果物だのをふんだんに食卓に並べる。子供達は大喜びでいくらかご機嫌を取れたが、アンリからは“お昼ご飯におやつだなんて”と良い顔をされなかった。
食事を終えると―――
「それじゃあ僕はこれで帰るね、アンリ。また一週間後に迎えに来るよ」
「本当に迎えに来てもらっちゃって良いんですか、ローズさん?」
「もちろん。と言うか、僕がそうしたいのさ。君との馬車旅は実に楽しいからね」
「ありがとうございます。あっ、町の入り口まで送っていきますよ」
ジル達に別れを告げて孤児院を後にすると、愛馬を引いて通りを並んで歩く。
馬車は院の馬屋に残し、代わりに鞍を乗せている。一人なら白馬に乗った王子様スタイルの方が手っ取り早い。
「……ん、何だろう?」
「何でしょう?」
町の入り口―――と言っても王都のような城郭都市ではないので城門の類があるわけでは無く、単に町並みの終わりと言うことだが―――に着くと、何やらがやがやと人が集まっていた。
「あれは兵士に、……血?」
人垣に囲まれているのは地面に横たえられた兵士数人。そして彼らの額や腕にあてがわれた布には赤い染みがにじんでいた。




