第8話 王子様系TS少女はロリ枠ヒロインとの過去に思いを馳せる その5
「よし、今日こそ勝たせてもらうよ」
「まっ、せいぜい頑張ると良いの」
今日も今日とて魔法戦闘の授業だが、テレーズから意気込みがいまいち感じられない。
―――まずい、いよいよ飽きられ始めてる。
今日と言う今日は、何としても勝たねば。
「――――。―――。―――――。“飛翔”」
テレーズの小さな体が例によって浮き上がった。
ローズも魔法構成を組み立てる。
「――――。―――――。――――。“風巻け”」
右掌の上で一瞬小さな竜巻が生じ、それが収まった時には右手に不可視の剣が握られていた。
圧縮空気で作られた剣である。いや、何かを斬るほどの鋭利さはないから、バットとか杖と言った方が正しいか。
「ん、その魔法、“初めてっ”、“見た”、“のっ”」
「僕のっ、独自っ、魔法さっ」
剣を振るい、飛んできた圧縮空気弾を打ち落とす。
この剣は一度発動させてしまえば相殺されるか、最初に込めた魔力が尽きるまでは存在し続ける。圧縮空気弾もそれ自体は同様だが、撃ったら撃ちっ放しの弾とは異なり、剣は手に握って物理的に操作できる。
「ふ~ん、独自魔法ね」
テレーズは興味を失った顔で言う。
オリジナルと言えば聞こえが良いが、ある程度魔法の仕組みに理解が及んだ中等部の学生なら大抵一度は“自分だけの最強魔法の創造”に手を出す。言うなればガチの中二病だ。
そして考えれば当たり前のことだが、古の偉大な魔法使いが編み、長い歴史の中で最適化されてきた既存の術式に学生の浅知恵が太刀打ちできるはずもない。
この圧縮空気剣も体術にはまったこともあって考え出したのは良いが、魔法戦は基本的に遠距離攻撃の撃ち合いであるからそもそも使いどころがほとんどない。作るだけ作ってお蔵入りさせていたものだ。
ちなみに当初は得意の火魔法で炎の剣を作ろうとしたのだが、そちらは上手く形にもならなかった。
「そんなもの、“私にはっ”、“通用っ”、“しないのっ”」
「どうかな? とっ、やっ、はあっ」
が、防御法として使うならこの剣には一つの大きな利点がある。ローズは再び襲い来た空気弾をさばいた。
風の障壁や圧縮空気弾で真正面から相殺する場合と違って、横から弾いて攻撃のベクトルを逸らしてやるだけなら剣は一度で消失することはない。つまり同じ魔力量で、何度も使い回しが出来る。
そしてすでにそこに剣として存在しているのであるから、飛翔魔法のように常時魔力制御が必要とされるわけではない。故に―――
「“気砲”」
「く、“小賢しいのっ”」
ローズでも同時に別の魔法を発動させることが出来る。
考え抜いた作戦の一つが、この中二病時代の産物の解禁だった。
「“気砲”、“気砲”」
「“甘い”、“のっ”」
テレーズの魔法を弾き、攻撃の切れ目を狙ってこちらも圧縮空気弾を撃ち込んでいく。瞬時に対応し相殺されるも、剣が手数の不足を補ってひとまず互角の勝負になっている。
とはいえこのままでは剣は擦り減りいずれ消失し、そこで攻勢を掛けられて詰むだけだ。
―――気は進まないが、やるしかないか。
剣だけでは勝てない。ならば覚悟を決めて作戦第二弾だ。
魔法構成を練る。いつもとほんの少しだけ異なる構成を。
「“気砲”」
圧縮空気はかざした左の掌からではなく、ローズの背後に生じた。
「うっ、わああああぁぁ~~~っ!」
気砲はそのまま背中にぶち当たり、ローズの身体を乗せて宙を飛んだ。
結果、身体をくの字に仰け反らせたまま、ローズは一直線にテレーズの元へと迫る。
とはいえ、方向転換も一時停止も出来ない片道特急だ。テレーズがほんのわずかに横へ避けるだけで無謀な突撃、とすらも言えない無意味な自傷行為に終わる。
しかし彼女の性格なら―――
「くっ、“無茶”、“するのっ”」
「つっ、くうっ」
テレーズはその場に留まり迎撃の魔法を放つ。気砲二発をローズはかろうじて剣で弾いた。
こちらからも弾と同じ速度で距離を詰めているから、体感速度は当然いつもの倍だ。
「……“こんのっ”」
三発目。無詠唱だが、ほんのわずかに構成を編む時間があった。
―――くる!
先日食らった気砲のライフル弾だ。すでに何度も圧縮空気を打ち払い、消耗している剣で弾くのは不可能だ。
「“気砲”」
ここでもう一度圧縮空気弾。
ただの気砲ではライフル弾に太刀打ち出来ないのは前回で学んでいる。だから今度もかざした左掌ではなく、そして背後からでもなく、自身の足元に。
空気弾を足場に跳躍した。圧縮された空気の塊は強い弾性を持ち、あたかもトランポリンのようにローズの身体を跳ね上げた。
直後にライフル弾が足元を掠め、ローズをここまで運んでくれた気砲を容易く打ち砕いていく。
「とうっ」
そして、ローズは空中でとんぼを切った。落下する先は―――テレーズの背後だ。
「―――――。―――。“浮遊”」
テレーズの背中を正面に捉えたところで、魔法を発動させる。
風の中級魔法だ。飛翔と比べるとはるかに単純でただその場に浮かぶことしか出来ないが、その分ローズでもほんの数節の呪文詠唱で発動させられる。
「むぐっ?」
振り返り、すぐさま発動式を紡ごうとしたテレーズの小さな唇を左手で塞いだ。
こちらも浮遊魔法の制御でこれ以上の魔法は発動出来ないが、―――右手にはまだ圧縮空気剣が握られている。
「―――っ!?」
右手を振り被ると、テレーズはぎゅっと目を閉じた。
この小さな暴君にとって魔法とは相手に食らわせるものであり、自身が食らうことなど久しくなかったはずだ。
「勝負ありだよ、テレーズ」
振り下ろす瞬間、ローズは剣を霧散させた。
代って中指を親指の腹に引っ掛け力を溜め、―――テレーズの額の前で解放する。
「あうっ」
いわゆるデコピンだ。
さすがに恐怖に目をつぶる少女相手に、魔法を叩き込むことなど出来ようはずもない。
ちなみに原作主人公の真似っこでもある。
「とっとっ、落ちる落ちる」
とはいえアンリほどには締まらない。
浮遊魔法の制御が乱れ、ローズは涙目の暴君に慌ててしがみついた。
「……」
テレーズはすんっと鼻を鳴らすと、ローズに抱き付かれたままゆっくりと地上へ降下した。
「最後は君に助けられちゃったけど、それはそれとして僕の勝ち、だよね?」
地面に降り立つと、ローズは問う。
「こんなのっ、魔法戦って言わないのっ。剣を使ったり、デコピンしたりっ。私は魔法で負けたわけじゃないのっ、ローズの作戦に負けただけなんだからっ」
「つまり、一応僕の作戦“勝ち”ってことは認めてくれるんだね」
「むーっ、納得いかないの。もう一回勝負なのっ」
「はははっ、了解。……と言いたいところだけどね、いつつつつっ」
自ら圧縮空気弾を撃ち込んだ背中に嫌な痛みが走る。ここまでよくぞもってくれたと言うべきか。
まあ、覚悟の上だ。主人公でもないサブキャラが最強ヒロインに勝つには、体を張るしかない。
「わ、悪いんだけど、テレーズ、このまま保健室まで連れてってくれないかい?」
「……もうっ、仕方ないの。――――。“飛翔”」
「あっ、もう少しゆっくりっ。テレーズ、ちょっと、速いっ」
「ふふっ、ローズ、私に勝ったくせにだらしないのっ」
暴君は何やら上機嫌に構内を爆翔する。振り落とされないよう、ローズは小さな体に必死でしがみついた。




