第9話 王子様系TS少女はロリ枠ヒロインとの過去に思いを馳せる その6
「お兄さま、これ、受け取ってくださいっ」
「いいのかい、ありがとう。綺麗なお花だね」
言いながら、渡された花束から真っ赤な薔薇を一輪抜き取り、自身の胸ポケットに飾る。
初等部の少女達はきゃーきゃーと黄色い歓声を上げた。
「どうしたんだい、これ」
「野外演習の授業で、みんなで摘んできたんですっ」
「ああ、懐かしいな。僕もエリカと一緒に摘んだっけな」
野外演習。
高等部になると大規模破壊魔法の運用実習が行われるが、初等部の間は言ってみればピクニックみたいなものだ。
もちろんエリカは他の生徒達が浮足立つ中でも魔法の練習にいそしんでいたが、無理を言って付き合ってもらったのは良い思い出だ。
「君には、―――うん、この黄色の花が似合いそうだね」
もう一輪を抜き取り、代表して花束を渡してくれた少女の胸に飾った。
「あー、ずるい。お兄さま、私にもっ」
「私も私も」
「ははっ、押さない押さない。君は水色のこの花。そっちの君は―――」
少女達にもみくちゃにされながら、ローズはまんざらでもない笑みを浮かべる。いや、本当に実に素晴らしい百合空間だ。
「お兄さま、さようならー」
「さよなら。気を付けて帰るんだよ」
やがて少女達は上機嫌で去っていく。
「……ローズは強いけど、でもそこそこなの」
入れ替わりに、遠巻きにしていたテレーズがとことことやって来てローズを見上げる。
「うん? ははっ、そこそこか。これでもテレーズが来るまでは学年で一二を争うと言われてたんだけどね。エリカにも十回に三回は勝つし」
ちょっとだけさばを読んだ。
実際にはエリカに勝てるのは十回やって一、二回がせいぜいだし、不動の一位にエリカが居座っていることもあって“二位はかたい”という評価に落ち着かざるを得なかった。あの一勝以来テレーズにも勝てていない。
とはいえ念願かなって、こうして順番待ちをしてまで話し掛けてくれる程度には彼女になつかれることが出来た。
「……なのにどうして、ローズはそんなに人気者なの?」
「どうしてって、そりゃあ―――」
テレーズのいたく真剣な表情に気付いて、ローズはいつも通り軽薄に返し掛けた言葉を飲み込んだ。
テレーズが人気者になりたがる理由、人に好かれたがる理由など、一つしか思い当たらない。
―――ああ、そういえばもうすぐ学園祭か。
体育祭と文化祭が一つになったような魔法学園の一大行事だ。
目玉となるのは初等部の生徒による魔法のお披露目会と、中等部と高等部の生徒による魔法戦のトーナメントである。トーナメントは学年別で行われ、中等部時代の三年間はエリカが不動の一位であり、ローズが万年二位であった。今年はそこにテレーズが加わると言うことで、学園内でも密かな盛り上がりを見せている。
そして学園祭は貴賓として魔法研究所所長も観覧する。母の目に留まる好機と、例年テレーズは実力をひけらかし続けてきた。初等部時代は教師陣でも単独行使は難しい大規模魔法を披露し、中等部に飛び級した昨年は全試合秒殺にてトーナメント優勝を飾っている。
要するに彼女の魔法へのこだわり、それは魔法で強くなれば魔法研究所の所長である母親の関心を引けると言う、実に切なくも可愛らしい思いから来ているのだ。
―――しかし、何が幸いするか分からないものだな。
原作では強くて人気者の主人公の存在がかえってその誤解を深めることになるのだが、“そこそこしか強くないけど人気者”のローズと関わり合う内に、強さだけが人から好かれる要因ではないと気付いたのだろう。
「……そうだね、僕の場合は、そうっ、耽美な振る舞いのお陰だね」
率直に、身も蓋もなくローズは答えた。
「タンビ?」
「ああ、意味が分からないか。まあでも、分からなくて良いよ。これは僕にだから当てはまる手だからね。こういうのは人によって向き不向きがある」
「向き不向き。ローズの真似をするだけじゃ、駄目ってこと?」
「そういうことだね。そうだなぁ、例えばテレーズが誰かに好かれようと思ったなら―――」
「べ、別に、私が誰かに好かれたいなんて話はしてないの」
テレーズは頬を染め、うつむいてしまう。可愛い。
以前なら癇癪を起して魔法を暴発させていたところだ。彼女も丸くなった、というよりも多少なりローズを友人として認めてくれたと言うことか。
くすりと笑って答える。
「ああ、分かってるよ。これは単に例え話さ。身近な人を例に挙げた方が分かり易いだろう? ―――テレーズの場合は、そうだね、にっこり微笑んで甘えてみれば良いんじゃないかな」
「ふ、ふ~ん、……それだけで良いの?」
「テレーズならそれで十分だと思うね。試しに僕にやってみてくれないかい?」
「むっ。…………なんだか照れ臭いの」
テレーズは唇をまごまごと揺り動かした後、また頬を染めてうつむいてしまった。これまた何とも可愛い。
「……ローズ、今日おうちに遊びに来ない? おうちで練習するの」
「それじゃあ、今日もお邪魔しようかな」
魔法戦闘で勝利したあの日以来、何度か家に誘われることがあった。
一応は魔法のお勉強と言う名目で誘われているのだが、実際は一人の家が寂しいためだろう。彼女の母親はこの国有数の多忙な人間だ。
「―――どうぞ」
「お邪魔しまーす」
一度下宿先に戻って、改めてテレーズの家を訪問すると、扉を開け出迎えてくれたのは彼女一人だった。他に人の気配もない。やはりルイーズは今日も不在らしい。
ちなみにテレーズは原作でもお馴染みのうさ耳フード付きのパジャマにすでに着替えている。可愛い。可愛過ぎると言っても良い。
「んん、やめるの」
思わず頭を撫でると、うざったそうに首をフリフリ振り払われた。人に懐かない小動物と言う感じで、それはそれで可愛い。
「テレーズ、家だといつもそれだね。お気に入りなのかい?」
「ママがこればっかり買ってくるの」
「―――っ、そうか、ルイーズ様の趣味か」
となると、テレーズが毎度毎度パジャマに着替えているのは、いつルイーズが帰って来ても彼女好みの自分を見せられるように、ということか。
「どうしたの、ローズ、いきなりうずくまって」
「君は僕を悶え死にさせる気かい」
「? ローズはたまに意味の分からないことを言うの」
健気過ぎる。
そしてルイーズ様、良いご趣味です。
「私の服のことはいいから、早く中に入るのー」
「あ、ああ」
まだ玄関先だった。
室内に入ろうとしたところで、―――はたと思い付いた。
「テレーズ、早速だけど練習してみないかい? 僕が家に帰って来た人を演じるから、ちょっと甘えてみてよ」
「……」
何やら胡散臭そうな目で見つめてくる。放課後から少し時間を置いたことで、普段のローテンションを取り戻してしまったか。
とはいえ帰宅した人―――二人暮らしだからルイーズ一択だ―――を想定しての練習は、彼女にとって渡りに船の申し出のはず。あとほんの少し背中を押してやれば。
「……上手く出来たら、お土産に買ってきたお菓子を僕の分もテレーズにあげよう」
「ん、わかった」
「―――よし、それじゃあ帰ってくるところからやるね」
こっくりと頷いたのを確認すると、有無を言わせず扉を閉める。年齢相応に甘い物には目がないテレーズだ。
「……テレーズ、ただいまー」
しばし間を置いて、扉を開ける。
「……ん、おかえりなさい」
実戦形式と言うことか。わざわざ一度部屋の奥まで戻っていたテレーズがとてとてと玄関先までやって来る。場面設定はルイーズとの日常だろう。
「…………」
テレーズはローズの正面に立つと微笑む。“にっこり微笑めば良い”と言う、ローズの助言通りだ。
笑みは少々ぎこちないが及第点、いやさ百点満点の可愛さだ。
「いいね。それじゃあ、もうちょっと甘えてみようか」
「甘えるって、何をすれば良いの?」
「そうだな、帰りが遅かったのをちょっと責めるみたいな感じで、僕の袖を引いてみて」
「…………こう?」
袖をくいっと掴んで上目遣いに見上げてくる。髪と同じ銀色の長い睫毛がふるふると震え、もはやこれは神々しいと形容されるべき可愛らしさだ。
動揺を鎮め、さらに指示を続ける。
「じゃ、じゃあ、そこでちょっと頬をふくらませた後、もう一回“だけどやっぱり帰って来てくれたのが嬉しい”って感じで微笑んでみようか」
「んー、ローズは注文が多いの。…………これで良い?」
「はうっ」
心臓を撃ち抜かれ、ローズは崩れ落ちた。想像以上の破壊力だ。
「ちょ、ちょっと、ローズ、どうしたの?」
「か、完璧だよっ、テレーズ。断言しよう、これで落ちない人間はいない」
ぐっと親指を立てて言う。
まあ、そもそもルイーズは内心では娘にデレデレの子煩悩なのだから、何の心配もなく無責任に太鼓判を押せると言うものだった。




