第74話 王子様系TS少女は今度こそ完全無欠のメインヒロインを攻略にかかる その2
「それじゃあエリカのお父様、お母様、娘さんをお借りしていきますっ。リオン君も、せっかくの休日にお姉ちゃんを連れ出しちゃってごめんね」
「ああ、行ってらっしゃい。ちゃんと返してくれよ、自慢の娘なんだ」
「もうっ、あなたったら」
鴛鴦夫婦とうんざりした顔の少年に見送られて、ローズ達はステュアート邸を後にした。
「……それで、デートと言いましたけど、いったいどこで何をするおつもりなのですか?」
通りをいくつか曲がり、屋敷がすっかり見えなくなったところでエリカが切り出す。
何だかちょっぴりご機嫌斜めだ。表情も硬い。まあそれがいつも通りの平常運転と言えなくもないが。
「うーん、行先はさておき、―――まずは、はいっ」
ローズは腰に手を当て、肘を張る。
「……何ですか?」
エリカはキョトンとした顔だ。
「えっと、せっかくのデートだからエスコートしてるんだけど」
「ああ」
これがテレーズなら一も二もなく腕を組む、と言うか自分の方から絡み付いて来るのだが、さすがにエリカにそのノリを期待するのは無理があるか。
“手を繋ぐくらいなら付き合ってくれるか? その場合、恋人繋ぎはありか?”などとポーズを維持したままで考えていると―――
「……もう、仕方ありませんね」
肘の裏っ側にそっと手が添えられた。
「な、なにを目を丸くしているのですか。あ、貴方がいつまでも未練がましく肘を出しているから、こちらは仕方なく付き合ってあげてるんでしょうっ」
「う、うん、それじゃ行こっか。」
右足、左足、右足と、まるで二人三脚でもするようなどこかぎこちないエスコートになった。
王子様キャラとしては何とも不甲斐ないが、それも致し方ない。
否も応も無く肘が当たるのだ、エリカの巨乳に。もちろん、否などあろうはずもないわけだが。
かねてこうしたシチュエーションになるのは年相応のテレーズか、あるいは時に貧乳のトリアとであった。最近ではそこに爆乳のジャンヌが加わり、ローズの世界は一気に広がることとなった。
「う~ん、大海を知り、かえって井戸の良さを知る、と言ったところか」
「? 何の話です?」
「いや、何でもない」
百二十点を知ったからこそ実感出来る百点の良さもある。
大は小を兼ねると言うが、至上の大は小たり得ない。最大と言う概念のどこに小が割り込む余地があるだろうか。ひるがえってエリカの巨乳はジャンヌの爆乳に一歩譲ることで最大を脱し、“ちょっとだけ小さい”と言う要素まで内包するに至った。貧乳には貧乳の良さがある以上、小を兼ねることは新たな強みを得たと言える。
その成長をつぶさに見守って来たエリカのおっぱいが今、昨日までとは違った多角的な魅力を示していた。
「何をぶつぶつとおっしゃっているんです?」
「何でもないです」
声に出ていたらしい。危ない危ない。
「いやあ、それにしても今日は良い天気だね。これなら外でランチにしても良かったかな。あー、でもそれだとお母様の手料理にありつけないしな」
あからさまに話題を逸らしつつ、通りを歩く。
貴族の屋敷が並ぶ区画だから、人通りはちらほらあるばかりだ。
「…………」
「ん、どうしたの、エリカ? そんなじっと僕の方を見つめて」
「いえ、ローズさん、ずいぶんと背が伸びたなと思いまして。昔は私の方が高いくらいでしたよね?」
「あー、そうだったね。初等部の頃はエリカの方がちょっと背が高かったっけ。エリカってば、子供の頃からすらっとしてたもんなぁ。うん、抜群に綺麗で格好良かった」
「何ですか、それは」
「正直な感想を言ってるだけさ」
「そういうことを誰にでも言っているって、私が知らないとでも?」
「綺麗は、確かに色んな子に言ってるかな。僕の知ってる女の子達、みんな綺麗だし」
「だからそんなことは、いちいち自白して頂かなくても存じ上げています」
「でもね、格好良いは滅多に言わないよ。本当なら僕の専売特許にしときたい形容詞だからね」
「……ふん、信用出来たものだか」
ぷいっとエリカがそっぽを向く。照れているのか、本気で呆れているのか。前者だと思いたいが。
「それで、まずはどうされるのです? エスコートしてくれるのでしょう?」
「まずは四番街まで行こうか。デートだからね」
王都は王宮を中心として五つの地区に分けられている。
デートの出発点となったステュアート邸があるのは一番街。王宮の南に位置する貴族街だ。ローズが中等部まで暮らしていたボーモン伯爵家の別邸もこの地区の外れにある。
王宮の北、一番街の反対側に位置するのは二番街だ。王立魔法学園もルイーズが所長を務める魔法研究所もこの地区にある。他にもリオン君が通う騎士学園や役所など、主に公共施設の建ち並ぶエリアである。
二番街に隣接する小さな地区が三番街。学生や研究所の職員などが暮らす言わば学生街である。街中では学生たちが討論を、時に魔法を戦わせていることもある活気溢れるエリアだ。ローズの下宿やシルヴァー母娘が暮らすアパートメントもこの地区にある。
王宮の南に戻って、一番街を囲うように存在するのが四番街だ。貴族向け、平民向け、観光客向けの大小様々な商店が並ぶ商業地区だ。中にはかつての世界の百貨店のような規模の大店まである。日中もっとも人が行き交う地区で、放課後や休日に学生が遊ぶとなるとまずはこのエリアだ。
最後に、一番から四番街までをぐるりと囲んでいるのが五番街だ。王都住民の七割近くが暮らす居住区である。ジャンヌはこの地区から学園まで毎日通っている。
この王都の構造はまほ恋原作と同様で、ゲームの序盤では放課後のたびにマップから行き先を選択して物語を進める。ヒロイン達のミニキャラが表示されて誰がどこにいるか分かる親切仕様だ。
「う~ん、四番街ですか」
エリカが気の進まない様子でうなる。
ちなみに原作でもエリカのミニキャラが四番街に表示されることはない。
「人混みが嫌かい?」
「……私はめったに行かないので詳しくありませんが、テスト明けですし、たぶん学園の生徒も大勢いらしてますよね?」
ちらっと組んだ腕を見て言う。
「あー、なるほど。もっと人目を避けたいと。僕と二人っきりになれる場所が良いと。そういうことだね? いやぁ、静かな場所に連れ込んで、僕をどうするつもりだい?」
「あまり馬鹿なことを言うようなら、私にも考えがありますよ」
「怖いなぁ」
「少しは怯えた様子でおっしゃってはいかがです? ―――あっ、ちょっとっ。どこへ引きずって行こうと言うのですかっ」
「まあまあ」
デートの初手から予定を覆されてはたまらない。
ローズはがっちり腕を組んだまま四番街に足を向ける。多少、いやかなり強引だが、そうするとエリカは何だかんだと文句を言いつつも結局付き合ってくれることは学習済みだった。