第73話 王子様系TS少女は今度こそ完全無欠のメインヒロインを攻略にかかる その1
「おーい、エリカー、遊びに来たよーっ」
テスト期間を終えた翌日の土曜日。ローズはステュアート邸にアポ無し訪問していた。
某国民的アニメの眼鏡少年よろしく、門扉の前から呼び掛ける。ややあって前庭を挟んだ玄関扉が半分だけ開き、エリカが顔を覗かせた。
「なんなんですか、ローズさん」
「やあっ、エリカ。遊びに来たよ」
「遊びに来たって、またいきなり」
「テストも終わったことだし、たまには休日にめいっぱい遊ぶのも良いじゃないか」
「たまにはって、つい先週も舞台を見に行ったばかりじゃないですか」
「あれ、そういえばそだっけ」
何だか六年分くらい白昼夢でも見ていたような感覚で、アンリのご実家訪問がたった一週間前のこととはとても思えない。
「まあまあ、別に何度遊んだって良いじゃないか。僕ら幼馴染で親友なんだから」
「はぁ、また調子の良いことを。それで、他の皆さんは?」
エリカが扉から顔だけ出して、キョロキョロと左右を見回した。
「いないよ。今日は僕とエリカの二人っきり」
「……本当に、いったいどういう風の吹き回しなんです?」
「いやぁ、エリカ最近生徒会活動で忙しくて、一緒に遊ぶ機会が減ってるじゃない? テスト明けなら生徒会もさすがに休みだろうし、たまにはじっくりエリカを堪能したいなぁって」
「…………」
エリカは何やら疑わし気な表情だ。
「―――おや、ずいぶんと話し込んでいるようだから誰かと思えば、ローズ君かい」
半開きの扉の、エリカの頭の上から顔を覗かせたのは彼女の御父上だ。
この国の宰相閣下がなかなかお茶目な登場をなさる。父と娘の顔が上下に並び、シュールな絵面だ。
「あっ、ちょっと」
「やあ、久しぶりだね、ローズ君」
制止する娘を振り切って、宰相は扉を開け放つ。
「ご無沙汰しています、エリカのお父様」
「いやぁ、本当にご無沙汰だね。娘から聞いているよ、ヴィクトリア殿下やルイーズ所長のところの娘さんに目移りして、娘を寂しがらせていると」
「ちょっとっ、お父様っ」
「ははっ、冗談冗談。さあ、ローズ君、上がって行きたまえ」
言いながら宰相は前庭を横切り、門扉を手ずから開けてくれた。
「―――お邪魔します」
実際、久しぶりのステュアート邸である。
初等部の頃はほとんど休日の度に押し掛けていたものだが、中等部に入ってトリアが仲間に加わると、警護の関係もあって学外に出て遊ぶ機会はめっきり減った。高等部に進んで下宿暮らしを始めると学外での行動は増えたが、エリカが生徒会活動を始め、テレーズが頻繁に家に泊まりに来るようになってと、やはりステュアート邸を訪れる機会はなかった。
「……あら、ローズさんよね? お久しぶりね」
「ご無沙汰しております、エリカのお母様」
こじんまりとした玄関ホールに揃って姿を現したのはエリカの御母上や使用人達だ。
まずは御母上に深々と頭を下げ、次いで見覚えのある執事や侍女にも軽く会釈する。
最後にしゃがみ込んで目線を合わせたのは、ご両親からも使用人からも何故かちょっと距離を取っている小さな影。
「やあ、リオン君、大きくなったね。お姉さんのこと、覚えてるかな?」
「……ローズさん」
「うん、正解っ。よく覚えててくれたねっ、ありがとうっ」
エリカよりいくぶん明るい茶色がかった黒髪を撫でまわすと、少年は迷惑そうな顔をする。
エリカそっくりな反応をするこの男の子は、それもそのはずエリカの弟。ステュアート子爵家の長男だ。
原作では立ち絵の存在しないモブキャラの一人だが、エリカの弟だけあって綺麗な顔立ちをしている。
「リオン君はいま何歳になったのかな?」
「七歳です。騎士学園の初等部二年生になりました」
予想以上に明瞭な答えが返って来て、ローズは少々鼻白んだ。
まあ初等部の二年と言えば姉のエリカはローズとバチバチやり合っていた頃だ。これくらいしっかりした受け答えは出来て当然か。
「そっか。僕がよくエリカの家に来ていたのは初等部六年生の時までだから、あれから四年ちょっと。そりゃあ大きくなるのも当然か。と言うか、あの頃リオン君はまだ二、三歳か。よく僕のこと覚えててくれたね」
「その、たまにお見掛けしてましたから」
何やらふてくされた感じでリオンは言う。
「実は私も妻も息子も、久しぶりと言いつつ君の顔は度々目にしていたのだよ。近いところでは、それこそ昨日」
宰相が補足するように言った。
「あっ、自由課題の発表会にいらしていたんですね」
来賓席に座っていればローズも気が付かないはずはないから、あくまで個人的にと言うことだろう。考えてみればこの理想的なお父さんお母さんが“授業参観”を欠席するはずがない。それも時間さえ合えば長男も引き連れて家族総出で応援に来るだろう。王立騎士学園―――魔法学園と対になる男子向けの教育機関だ―――も定期試験の日程は同じで、科目の少ない初等部の生徒は週の後半は登校の必要がない。
そしてどうやらリオン君はそういうノリが恥ずかしいお年頃らしい。
ちょっと早熟か。いや、男の子なんてこんなものか。前世の自分の時を思い出そうにも、遠い記憶過ぎて判然としなかった。
「昨日はお姉ちゃんすごかっただろ? 自慢のお姉ちゃんだ」
「まあ、はい」
何にせよ、可愛らしいのでちょっとこすってみる。リオンは照れ臭そうに答える。
「発表会以外でも、ローズ君は毎年学園祭でうちの娘と名勝負を繰り広げてくれているね。ああ、去年はエリカと当たる前に負けてしまって、残念だったね」
宰相が話を戻した。
「宰相閣下はこの国で最も御多忙な方の御一人ですのに、ずいぶんと学園にお越しのようですね」
「そりゃあ自慢の一人娘の晴れ舞台だからね、当然さ」
「ははあ、確かにこれ以上な晴れ舞台ですね。僕は毎年煮え湯を飲まされていますからね」
「ははっ、相手がうちの娘では仕方のないことだね」
宰相は上機嫌に笑いながら言う。
まあこの娘なら誇らしくてたまらないのは当然だ。
「もう、あなたったら。……それにしてもローズさん。遠くからはいつもお見掛けしていたけれど、こうして久しぶりに間近でお顔を拝見すると、ずいぶんとお綺麗に。と言うより、凛々しくなったわね」
「ありがとうございます。お母様は相変わらずお美しいですね」
三十代半ばにはなったのだろうか。
以前はただただ美しい人だったが、今はわずかに覗いたくたびれた感が逆にエロさを引き立てている。女王のエネルギッシュで毒々しい若々しさやルイーズの働く綺麗なお姉さん感とはまた違う、これぞ母親属性の美しさと言ったところか。
「うふふっ、お世辞を言っても、いつもの昼食くらいしか出せないわよ」
「いえいえ、お世辞のつもりはありませんよ。けど、お母様の昼食ですか、懐かしいなぁ。……ご馳走になっても?」
「ええ、もちろん。お昼までまだ時間がありますから、エリカの部屋ででも待ってらしてね」
「はい、ありがとうございます。じゃあ行こっか、エリカ。部屋の場所は変わってないよねっ? あっ、リオン君、また後でね」
言いながら勝手知ったる他人の家と先行して歩いていくローズに、エリカがうんざりした顔で従った。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
さすがに無断侵入まではせず、ドアの前で立ち止まってエリカに招き入れてもらう。
「…………」
エリカの部屋は、相変わらず最低限の調度しか置いていない。本棚が一台増えたくらいだろうか。
「あんまりじろじろ見ないでください」
「ああ、ごめんごめん。懐かしくってさ」
椅子も勉強机とセットの一脚しかないので、ローズは寝台の端に腰掛ける。エリカは、―――ちょっと逡巡した後、ローズの隣に腰を下ろした。
クンクンと鼻を鳴らすも、すっかりかつてのロリ香は失われていた。代わりに香って来るのはインクと本の匂いばかりと、何とも味気ない。
このまま背後に身を倒して枕にでも顔を突っ伏せば更新されたエリ香を堪能出来るかもしれないが、間違いなく怒られるので自重しておく。
「…………」
当のエリカはと言うと、何だか警戒した様子だ。
いつも以上に澄ました顔で、視線は正面。ローズを視界の端に収め、見るとはなしに―――というていで―――様子をうかがっている。
そっちがその気なら、と言う訳でもないがローズも観察し返す。
“整った顔”と言う表現がこれほどしっくりくる者も他にいないだろう。すっきりシャープな鼻のカーブに顎のラインは思わず手を伸ばして撫で下ろしたくなるほどだ。
“美人は三日で飽きる”と言うが、初等部一年生から九年間隣席から見続けても飽きが来ない横顔だ。―――高等部一年の時にくじに細工をして別れたが、それまでは席替えのたびにローズとエリカは隣席だった。考えてみるとすごい確率。もはや運命である。
「…………それで、遊ぶと言って今日はこの二人で何をなさるおつもりなのですか?」
無遠慮な視線に耐え兼ねた様子でエリカが切り出す。
「そうだなぁ」
ローズはもったいぶってちょっと考え込むふりをする。
実際、以前に二人切りで会っていた時は遊ぶと言うより大抵が何かしらの勝負であったから、改めて遊びとなると中々難しい。―――が、今日のところはすでに考えがある。
「よしっ。それじゃあお母様のお食事をご馳走になったら、街にデートに繰り出さないかい?」
エリカ攻略への第二幕をローズは切って落とした。




