第64話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その5
「お父様っ、こんな時間にどうして?」
「屋敷で昼食を取ろうと思ってね。最近はエリカは学園だからご無沙汰だけど、昔からそうしているだろう?」
「そ、そういえば、そうでしたわね」
エリカの父親―――この国の宰相は供も連れずに一人だった。仕事の合間のお昼休憩に帰宅したと言うことらしい。
スラッとした長身に、娘と同じファリアス魔導王国では珍しい黒髪をぴしっとオールバックで固めている。如何にも仕事の出来る男と言う感じだ。実際、辣腕政治家として名高い。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
「クラスメイトのローズさんです」
「エリカのお父様ですね、初めまして。娘さんの“友人”のローズ・ド・ボーモンと申します」
「ああ、君が最近娘の話によく出てくる“ローズさん”か。そうか、ボーモン伯爵家のご令嬢だったのだね。―――まあ、こんなところで立ち話も何だし、どうぞ、中へ」
「お父様、よろしいのですか?」
「娘の友人を家に招くのに、何か躊躇う理由があるかい、エリカ」
「いえ、お父様がそれでよろしいのでしたら、私から口を挟むことは何もありません」
「うんうん。さあ、ローズ君、どうぞ」
エリカの父親はにっこりと微笑むと手ずから門扉を開ける。そのまま前庭を先導して突っ切り、玄関扉も自ら開けて招き入れてくれた。
そこでようやく使用人が一人駆け寄って来た。宰相の手荷物を受け取り、いくつかの指示を受けるとささっと去って行く。
「ボーモン家のご令嬢には、見慣れない光景かな?」
「……ですね。こんなに違うものなんですね、“うち”と“あなた方”とでは」
「貴族の格式を軽んじ過ぎだと感じたかい?」
「いいえ、かたっ苦しくなくて良いと思います」
例えばボーモン家なら、ローズが門扉の前に立った時点で人が走り、専属の使用人が整列して迎え入れてくれる。毎日毎日、学園から帰る度に。
そもそもからして、当主である宰相が徒歩で、それも一人で帰宅と言うのがまずありえない。
伯爵家と子爵家。五爵―――公・侯・伯・子・男―――の第三位と第四位の差と言うことではない。
昔ながらの封建貴族と宮廷貴族の違いだ。
前者は王権の一部を譲渡された領主であり、格式と伝統と血筋を重んじるイメージ通りの貴族である。一方後者は女王の手足となって働く官僚集団であり、効率と実務能力に重きを置く優秀なお役人様だ。
「かたっ苦しくないか。エリカ、ご友人はなかなか率直な物言いをするお嬢さんのようだね」
「え、ええ。学園でも一番の変わり者ですから」
「さて、せっかく来てくれたのだから、一緒に昼食でもどうかな、ローズ君? まだ食べていないのだろう?」
「……ご馳走になりますっ」
ちらっとエリカの方を確認してから―――案の定、嫌そうな顔をしていたが―――、ローズは年相応の子供らしさを前面に押し出し元気に返事をした。
「―――娘がお友達を家に連れてきたのは初めてよ」
「エリカのお母様、食事時に押し掛けてしまってすいません」
案内された食卓には、他に妙齢の女性が一人。原作ではエリカには年の離れた弟がいたはずだが、まだ生まれていないようだ。
「お気になさらないで。急なことでいつも通りの食事しか用意出来なかったから、お口に合うと良いのだけど」
供されているのはパンに肉料理にスープと、実に一般的な昼食だ。
貴族の会食と思うと確かに少し寂しいが、エリカの育ったこの家のいつもの食事と言う感じが悪くない。うん、まったくもって悪くない。
「美味しいです。もしかして、このお料理はお母様が?」
「ええ、使用人の手もいくらか借りていますけど。お口に合ったのなら良かったわ」
うふふと口元を隠して笑う。
原作では台詞だけで立ち絵の表示が無かった人物なのだが、エリカの母親だけあって美人だ。
黒髪は父親の家系の特徴なのだろう、母親はこの国に多くいる茶色がかった金髪である。まだ二十代半ばであろう。未来の娘に似て胸もでかい。いわゆるお母さんキャラのニッチな魅力ではなく、ド直球の美人さんだ。
「うん、いつも通り美味しいよ」
「ありがとうございます、あなた」
ご両親が微笑み合う。
―――う~ん、良い家族だ。
料理上手で愛情豊かなお母さんに有能で仕事が出来る上に家庭人でもあるお父さん。原作で主人公アンリが訪れた時にも思ったが、実に理想的なご家庭である。
「そうだ、エリカ。いきなりお邪魔しちゃったから、まだお父様とお母様に試験の結果を教えていないよね。ご報告しては?」
「いえ、すでに返却された解答用紙は見せていますから」
「……ああ、満点なのだから、結果発表を待つまでもなく一位は確実だものね。でもほら、同点で一位が他にもいるって可能性もあるからさ。―――あっ、もしかして次席の僕に遠慮してる?」
エリカらしくもない気遣いだ。
「ローズ君が次席、と言うことは……」
「はい、エリカが単独の首席です」
「おおっ、よくやったね、エリカっ。さすが私達の娘だ」
「すごいわ、エリカっ。お夕飯はご馳走にするわねっ」
「エリカ、おめでとう」
便乗して、ローズもパチパチと手を打ち祝福の言葉を送っておく。
エリカは居心地悪そうな顔だ。―――なるほど、ローズを気遣ったのではなく、ご両親から褒められる姿を見られるのが恥ずかしかったわけか。
「しかし、ローズ君も次席か。将来有望な生徒さんだね、……うちの娘には負けるようだけど」
「もうっ、あなたっ。―――二人とも、すごいのね。私も魔法学園の卒業生だけれど、エリカやローズさんと違って成績はまったく振るわなかったのよ」
「あっ、ご先輩だったんですね。それじゃあ、魔法言語学のクロエ先生や水魔法基礎のシモーヌ先生なんかはご存知ですか?」
「ああ、懐かしいわね。あのお二人、まだ現役なのね。私の在学中もおばあちゃん先生だなんて呼ばれていたけれど」
「お二人ともお元気ですよ」
「そうなのね。エリカったら、今日はどんな魔法を習ったとかは教えてくれるけど、そういう話はぜんぜんしてくれないから」
名物教師や食堂の人気メニューなど、他愛のない会話に花を咲かせる。
宰相は学園での娘の様子を聞きたがり、“非常に優秀な生徒で皆の模範となっている反面、やや協調性に欠けるところが”などと家庭訪問に来た教師のようなことをローズは答えておいた。
そうこうしているうちに食卓の料理もあらかた片付き―――
「食後のお茶でも―――」
「さあ、食べ終わったのなら、私の部屋に行きましょう。お母様、お茶は私が淹れますので、ティーセットだけ私の部屋に運ばせてください。ほらっ、ローズさん、立ってください。行きますよ」
エリカが手を取り、ぐいぐいと引いてくる。
「なんだい、エリカ。そんなに早く僕と二人きりになりたいのかい?」
「そうやって、すぐに馬鹿なことを口走るからですっ」
ぴしゃりと大きな声で言い放つエリカに、ご両親が目を丸くしている。娘のキャラ崩壊に戸惑っているようだ。
「待って待って、エリカ。まだ肝心の許可を得ていない」
エリカを押し留めると、改めてご両親に向き直る。
「エリカのお父様、お母様、夏休み期間中、エリカを我が家に招きたいのですが、問題ないでしょうか?」
「……それは“ボーモン家”にうちの娘を招いて構わないか、と言う質問かい?」
「はい」
有名な恋愛劇“シャーロットとジャック”にも描かれているが、ファリアス魔導王国は数世代前から女王の君主権の強化―――つまりは中央集権化が推し進められている、その原動力が宮廷貴族であり、既得権益を維持しようと足を引っ張っているのが封建貴族だ。
要するにステュアート家とボーモン家とは政治的に対立関係にある。
女王のお膝元の魔法学園では子供達は親の政治的立場を超えて自由に切磋琢磨しているが、一歩学園を出ればそういうわけにもいかない。
宮廷貴族の領袖たるステュアート家の娘が封建貴族の屋敷に通っていると知れれば、要らぬ腹を探られることにもなりかねない。
「それは、―――別に問題ないんじゃないかしら? ねえ、あなた」
「まったく、子供らしくない心配をする子だね、君は」
「それじゃあ」
「そんなことで揺らぐほどこの国の宰相は弱くはないよ。好きにすると良い。」
「やった」
エリカの手を取って―――すでに片手は掴まれているから、もう一方を―――喜ぶ。
「はいはい。お話が終わったのなら、早く私の部屋に行きますよ」
「―――あっ、エリカのお母様っ、ご馳走様でしたぁ」
手を引かれ、挨拶もそこそこに食卓を辞した。そのまま連れていかれた先はエリカの私室である。
「へえ、ここが」
寝台は天蓋付きだが、派手な刺繍や飾りは無くシンプルなものだ。他には勉強机に本棚と、女の子の部屋としてはひどく味気ない。
スンスンと鼻を鳴らすと、ほのかに甘いミルクのような匂い。赤ちゃんや小さな子供特有の、言うなればロリ臭。いや、ここはロリ香と言うべきか。
「はぁ、まったく。お父様とお母様の前でよくもまあべらべらと」
スーッと深呼吸して胸いっぱいにロリ香を堪能していると、子供らしからぬとげとげしい物言いが刺さる。
「ごめんごめん。でも、エリカが普段から学園のお話をご両親にしていれば、あんなに盛り上がることも無かったんじゃないかな?」
「別に学園の話だなんて、特に話すようなことはありませんから」
「もう、魔法の勉強だけしに行ってるんじゃないんだからさ」
「勉強だけしに行ってるんですっ」
「ははっ。―――あっ、でも僕の話はしてくれてたみたいだね」
「いや、それは」
「どんな話をしてくれてるのかな? 格好良いクラスメイトがいるとか? 素敵なお友達が出来たとかかな?」
「―――わっ、悪口ですっ」
軽口のつもりが、まったくの的外れと言うわけでもなかったのか、エリカが強い口調で否定する。
「ふ~ん」
「な、何ですか、その顔は?」
「いや、べっつにー。ただ、悪口を吹き込むなんてひどいなって。僕なんて家ではいっつも自慢してるよ。とっても綺麗で魔法も完璧な、奇跡みたいに素敵な女の子と友達になれたって」
「―――っ」
エリカが赤面する。
精神的に優位に立ったローズは、その後夏休み中の遊び、もとい勉強会の約束を山ほど取り付けるのだった。




