第65話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その6
“八月十五日(風曜日)。今日はエリカと買い物をした。エリカは最初渋っていたけど、魔導書や杖を見たいと言うと納得してくれた。流れで押し切って雑貨屋でリボンの試着をさせた。可愛かった。午後からは学園に行って一緒に魔法の練習をした。僕の留守中にエリカは応用魔法まで使えるようになっていて、得意げだった。”
文章の上の大きな空欄に口元に手を当て胸を反らす黒髪の少女のイラストを描く。本当は押し付けられなかった大きなリボンも頭に乗せた。
「うん、こんなもんかな」
出来上がったのは夏休みの宿題の定番、絵日記である。
剣と魔法のファンタジーな世界観にそぐわない気がするが、これも日本で生まれたギャルゲー“まほ恋”そのままの世界が故か。
「―――っと」
ボーモン邸私室の寝台にボスンと身を投げると、行儀悪く横になったままローズはパラパラと自作の絵日記に目を通す。
“八月一日(風曜日)。今日は夏休み初日! さっそくクラスメイトで親友のエリカをお家に招いてお茶会をした。エリカはすぐにテーブルに教科書を広げてしまったけど、用意した紅茶は気に入ってくれたみたいだった。またしたい!”
文章の上のイラストは、ティーカップを持ってニコニコの黒髪少女。
“八月三日(土曜日)。今日もエリカを家に招待。午前中は書庫に籠って、ず~~~っと魔法の勉強。エリカの夏休みの宿題が早くも終わったので、午後は勉強から解放されてお外で遊べた。かけっこで僕に負けたエリカが悔しそうだった。”
イラストは万歳するボーイッシュな金髪少女とそれを睨みつける黒髪少女。
“八月六日(火曜日)。明日から一週間ボーモン領に行くので、今日はめいっぱいエリカと遊んだ。エリカは最初迷惑そうにしていたけど、肩を落としてしばらく会えなくて寂しいと言うと付き合ってくれた。チョロ、優しい。土魔法でのお人形作り勝負は完敗だった”
イラストは茶色の人影沢山に囲まれた少女二人。
“八月七日(水曜日)。早朝、馬車で王都を発つところをエリカが見送りに来てくれた。昨日も遅くまで一緒に遊んでくれたのにっ! やっぱりチョ、優しい。口ではお父様とお母様に言われたからなんて言ってたけど、見えなくなるまで手を振ってくれた。嬉しかった。―――あと、ボーモン領には夕方に着いた”
イラストは走り去る馬車と涙を流して―――そんな事実はないのだが―――手を振る黒髪少女。
“八月十四日(水曜日)。ボーモン領のお土産を持ってエリカの家を訪ねた。特産のブランデーをお父様に、名物のカヌレはお母様や使用人の皆様にも。エリカには領内や道中で見かけるたびに買い集めた珍しいフレーバーティーをいくつか。他のみんなは喜んでくれたけど、エリカは普通の紅茶が一番ですとツンとしていた。飲んだらそれはそれで美味しそうにしてたけど”
イラストはテーブルを囲む黒髪紳士と金髪美女、黒髪美少女にメイドさん、執事さん。
「……うん、順調順調」
ぱたんと絵日記を閉じ、ローズは独り言ちる。
ここまでは思惑通り、いや思惑以上にトントン拍子でエリカ攻略が進んでいる。これはもう誇張無しに親友と言って良いのではないだろうか。
「でもまあ、こっからだよなぁ」
ローズ一人が仲良くなったところで、エリカのシリアスパート攻略とはなるまい。
と言ってテレーズルートの母娘の和解、ヴィクトリアルートのポンコツ解消、ジャンヌルートの男装露見からの魔法習得の挫折のような山場、これさえこなしてしまえばと言うイベントがエリカルートにはない。
「……いや、あるにはあるか」
原作主人公アンリが学園の“お姉さま”と呼ばれることになるイベント。すなわち生徒会選挙だ。そこでの敗北が高慢完璧優等生を変える契機となる。
「でもそこまで待ってられないもんなぁ」
原作開始以降までメインヒロインを放置などもっての外である。
お姉さまこと生徒会長は基本的に高等部二年首席の生徒が就くのが慣例であり、前倒しは出来ない。
「まあ、とりあえずは明日か」
悶々と悩んでいても仕方がない。ローズは企画したイベントに向けて頭を切り替えるのだった。
「―――今日はお茶会にお招き頂きありがとうございます、ローズ様。……よろしくお願いします、エリカ様」
「エリカ様、夏休みにお会い出来てうれしいですわ」
クラスメイト達が頭を下げる。
「え、ええ、皆様、ご無沙汰しております。―――ちょ、ちょっと、ローズさん、こちらへ」
ボーモン邸の貴族趣味で無駄に広い中庭の片隅まで、ずるずると引っ張って連れていかれる。
「ローズさんっ、他に人を呼ぶだなんて、聞いておりませんよ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてませんっ」
ローズとはすっかり打ち解けてくれたエリカだが、他のクラスメイトとの間にはまだ深い溝がある。それを埋めないことには、彼女のシリアスパートを終わらせたとは言えないだろう。
学園ではすっかり遠巻きにされがちなエリカだが、それでも彼女を慕う者は少なくはない。魔法至上の王国であり、学園でもあるから、学年首席の魔法の腕はそれだけで人を惹き付けるのだ。加えてこの美貌である。お近づきになりたがる少女がいないはずはないのだ。
ボーモン領に滞在中、旅先からの暑中見舞い兼近況報告というていで、クラスメイト達の中から特にエリカびいきと見込んだ少女達と連絡を取っておいたのだ。
「ははっ、ごめんごめん。君がそんなに僕と二人きりで遊びたがっているとは思わなくてね」
取られた腕をこちらからきゅっと絞めて、エリカを捕まえ、正面から顔を覗き込む。
初等部一年生にしてすっと通った鼻筋、怜悧な印象の薄めの唇、切れ長で黒目がちな双眸。完成され尽くした美貌だ。
「もうっ、自意識過剰もたいがいになさいっ」
強引に腕を振りほどき、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
さらされたシャープなあごのラインが美しく、そんな顔も魅力的だ。さすがメインヒロインと言うことか、どんな表情も非の打ちどころなく百点満点に可愛いロリカだった。
例えば原作トリアの通常立ち絵が百点の可愛さとすると、怒った立ち絵もそれはそれで可愛いから百点で、笑った立ち絵はちょっとアホっぽいけどやっぱりそれはそれで可愛くて百点で、まじめな表情もギャップがあって百点。―――あれ、テレーズのふくれっ面もジャンヌの男装も可愛いし、他のヒロイン達も常時百点か。
「う~む、恐るべし」
「?」
恋のライバル達のポテンシャルに身を震わせたローズをエリカが不思議そうな顔で見つめる。
「さて、あんまり他のみんなをお待たせするものじゃないし、戻ろうか」
少女たちの待つ中庭の中央、―――お茶とお茶菓子が用意されたガーデンテーブルの元へ今度はこちらから腕をとって気乗り薄なエリカを引きずっていく。
その後開催されたささやかなお茶会は“まだ宿題も終わらせていないのですか?”とか、“普段授業を受けているのと同じ時間だけ勉強にあてれば、すぐではないですか”とか、“それならお茶会などしている場合ではないのではなくて”とか、エリカの空気を読まない発言のオンパレードだった。
―――ま、まあ、幸い時間だけはあるし、焦らずやるか。
自分もエリカもまだ初等部一年、原作開始まであと十年もあるのだ。
「ところでみんなはこの夏休み、どこか遠出はしたかい? 学校があると出来ないことが出来るってのも、長期休暇の意義だよね。僕はつい先日まで領地に行ってきてね」
楽観的に構えると、ローズはエリカの口撃に割って入った。




